127.平民、二人
前回の話
イスラはレティシアを連れ去るため式典に乱入した。
アバン王子がレティシアを婚約者として紹介する式典は定刻に始まり、特に問題なく進行しているように見えた。
レティシアが完璧な作り笑顔でスピーチを終えると会場からは大きな拍手が沸き起こる。
会場の誰もがレティシアの美しさに魅了されている。
そんな中、一瞬だけレティシアが私の方を見た気がした。
その後、彼女の纏う雰囲気が変わったのを感じた。
(まさか……私に気づいた?)
気のせいかとも思ったが、その疑念はすぐに本当のことだと分かった。
「私は王子のことを全く愛しておりません。申し訳ありませんが、婚姻はなかったことにしてください」
レティシアが放った言葉は会場を一瞬で凍り付かせた。
やはりレティシアは私が行動することを確信してこのような暴挙に打って出たのだろう。
元々終わり際に行動開始しようと思っていたが、こうなったら仕方がない。
作戦を前倒ししてことを進めるだけだ。
私は壇上のレティシアの元に向かって駆け出し、勢いよく登壇した。
「レティシア様、迎えに来ました。行きましょう」
「うん!」
差し出した手は力強く握り返され、ようやく私はレティシアと再会できたことを実感した。
後は彼女を連れて逃げ出すだけ。
「おい! お前は確か、ヴィースラー子爵のところのイスラとか言ったか。こんなことをしてただで済むと思うな!」
レティシアとの再会を喜ぶ間もなく怒りで顔を歪ませたアバン王子が私を睨みつけてくる。
貴族として生きていくならばこれほど恐ろしい場面はないだろうが、身分などどうでもいい今の私にとってはただ滑稽なだけだった。
「アバン王子、申し訳ありませんが、レティシア様は返していただきます」
「ふざけるな! 返すも何もレティシアは元々余の婚約者だ!」
「失礼しました。そういえばそうでしたね。ならば訂正します。レティシアは私が奪わせていただきます。……私、悪役令嬢ですので」
「貴様ぁ!!」
怒り狂ったアバン王子が私の方に向かってくる。
取り押さえられたら面倒だ。
「行こう、レティシア」
私はレティシアの手を引いて走り出す。
会場には大勢の人だかりがあり、王子を支持する者も大勢いる。
この中を走って逃げるのは通常であれば不可能に近い。
しかし、人だかりの中で、不自然に人が少ない道ができており、その道は会場の出口まで続いている。
「イスラさん、こっちよ」
「ありがとう、ラスカル様、ノイン様、アンリ様」
この道はラスカル、ノイン、アンリが使用人や、協力者を用意して周囲の人を押しのけて無理やり作った道だ。
こんなことをして彼女たちも無事では済まないだろうが、全て覚悟の上で私達に協力をしてくれた。
だからこの先失敗は許されない。
決死の逃避行の始まりだ。
「何をしている、お前たち! あいつらを逃がすな!!」
三人のおかげで難なく会場からは出ることができたが、その直前にアバン王子の怒声が背後から聞こえてきた。
私達は構わず王城の長い廊下を走り続ける。
背後からアバン王子が差し向けたであろう人たちの足音が聞こえる。
レティシアは大丈夫だろうかとチラリと様子を伺うと、彼女は楽しそうに笑った。
「なんだか楽しいね」
こんな状況だというのにそんな軽口さえ言えるほどレティシアはこの状況を楽しんでいるみたいだ。
これならきっと大丈夫。
事前に決めていたルート通りに進行し、私達はようやく王城の庭までたどり着いた。
私達が庭に出た瞬間、城内と庭を仕切るための扉がバタリと閉じられ、追手たちは城内に閉じ込められた。
扉を閉めたのはノインであり、外側からも閂を刺して容易に扉が開かないようにしてくれた。
「ありがとう、ノインさん」
「……お二人とも、お達者で」
もっとたくさん感謝を伝えたいのは山々だが、庭に出るための通路は一つではない。
追手たちは回り道をしてすぐにここに来るだろうから長居は禁物だ。
短いやり取りを済ませて私達はなおも走る。
そして遂に王城を囲む高い塀までたどり着いた。
そこで待っていたのはミレイヌだった。
「お待ちしていました。さあ、こちらへ」
ミレイヌは塀に梯子をかけて待ってくれており、私達が無事に登りきれるよう梯子を下から支えてくれた。
私とレティシアが塀の上まで登り切り、梯子を敷地外に向けて下ろした頃、ようやく追手たちの足音が聞こえてきた。
「ミレイヌさん、ありがとう」
「イスラ様には貸し一つですね。いつか利子をつけて返してくださいね」
ミレイヌは最後まで塀の下から私達を見送ってくれた。
その笑顔を目に焼き付けてから塀の反対側へと梯子を降りた。
ようやく王城の敷地外に出たが、後は用意していた馬車で隣町まで逃げるだけだ。
その馬車に乗り込もうとした瞬間、怒声が聞こえた。
「いたぞ! こっちだ!!」
どうやら王城の敷地外を捜索していた王子の刺客に見つかったみたいだ。
ここまで捜索の範囲が広いことは想定外であり、ここで見つかるのは非常にまずい。
「すぐに出して!」
私はレティシアと急いで馬車に乗り込み、御者に出発を命じた。
しかし、私達を見つけた男が駆け寄ってきており、このままでは荷台の部分に飛びつかれてしまう。
万事休すかと思われたその時、突然現れた人影が男にぶつかり、二人とも地面に転がった。
その人影は今朝王都の外に向かったはずのメッツだった。
「メッツ、どうして……」
「イスラ様!! これが私の選んだ道です!!」
メッツは最後まで私のために働くことを選んだ。
私がその忠義に報いることはもうできないかもしれないというのに。
「メッツ、ありがとう!」
私は大声で大切な侍女に向けて感謝の気持ちを叫んだ。
馬車は加速し、もう歩行者が追い付くことはない速度になった。
ここまで来たらもう安心だ。
走りっぱなしだった疲れがどっと押し寄せて来る。
「みんな、大丈夫かしら?」
先ほどまでは楽しそうにしていたレティシアだったが、アバン王子への反逆に加担した仲間たちのことを案じていた。
私もそのことは心配でならないが、皆そのことも含めて同意した上で協力してくれた。
「きっと大丈夫です。それに私もほんの少しですが保険をかけてきました」
皆、最悪貴族の身分を捨てる覚悟でいてくれていたが、最終的にどういった身分になろうと食い扶持は必要だ。
私はこの作戦の前に密かに孤児院の情報屋であるリウラと交渉して仲間たちの安全をできるだけ確保するよう依頼していた。
私は前世でリウラが使っている薬の流通ルートを知ったので、そのことでリウラを交渉のテーブルにつかせた。
相変わらず品性と性格の終わっている女だったが、最後にはいざという時には私の仲間を孤児院の職員として雇用すると約束してくれた。
その約束にどれだけの意味があるかはリウラ次第だが、ないよりはマシな保険だろう。
私達はその後は仲間の無事を祈りながら長い時間馬車に揺られた。
「お嬢ちゃんたち、降りな」
御者に言われて降り立った場所はどこか分からないような一面の草原の道だったが、遠くに町が見える。
理由は分からないが、町の近くで降ろすと面倒があるのだろう。
私達が言われるがまま大人しく馬車を降りると、御者はそそくさと来た道を帰っていった。
何もない場所に私達二人が残された。
「本当に私、公爵令嬢じゃなくなったんだね」
レティシアがポツリと呟く。
没落したというのに顔と声から嬉しさが滲んでいる。
「それを言ったら私ももう子爵令嬢ではありませんよ」
「そうだね。だったらイスラちゃんももうため口でいいよ」
「そっか。それもそうだね、レティシア」
前世でもレティシアに無理やりため口を強要されたことがあったが、あの時とは違い、今は本当に対等な関係になってしまった。
やはり慣れない気持ちもあるが、あの時よりもすっと言葉が出て来る。
「それで、ここからどうするの、イスラちゃん?」
「まずは町に行きましょう……コホン、行こうか。ここからのことは何も決まっていないけど、二人ならきっと大丈夫」
「二人なら、か。そうだね」
二人、の部分をやけに協調してレティシアは私の手を取った。
「これからも私のこと、いっぱい幸せにしてくれるんだよね?」
「もちろん!」
レティシアの質問に力いっぱいの肯定で返すと、今までで一番と言っていいほどとびきりの笑顔を私に向けてくれた。
それは私が一番望んでいたものであり、これからはこの笑顔は私だけのものになる。
今世に生まれなおす時に、私が心の底から欲しいと思ったものが今目の前にある。
その幸せを胸に私はレティシアと二人で歩き出した。
公爵令嬢でも子爵令嬢でもない、ただの平民二人。
この先に続く幸せな未来を信じて。
転生詐欺師は悪役令嬢となって暗躍する 完
最後まで読んでいただき誠にありがとうございます。
ここまで続けてこられたのは読者の方がいたおかげです。
どんな形であれ、リアクションを残していただけると非常に嬉しく思います。




