126.レティシアの作戦当日 Sideレティシア
前回の話
イスラはレティシアとの駆け落ちの準備をしていた。
※この話は主人公のイスラではなく、レティシアの視点での話です。
「…………今日の講義はここまでです」
「はい」
「明日はいよいよ王子との婚約のお披露目の儀がございます。くれぐれも粗相のないように今日はゆっくりと休んでください」
「はい」
最近の私の生活は常に誰かに命令され、監視され、自由な時間などほとんど存在しない。
アバン王子は私が王妃になるために相応しい素養を身に着けさせるためと称して私から友人達と過ごす時間を奪った。
彼は私が澄ました顔で隣にいるのが好きなのだ。
そのことは何となく気づいていたが、以前の私は気にしないようにしていた。
何故なら、アバン王子がどんな人であったとしても、私が彼と結婚することは変えようのないことなのだから。
変えられないのならば、相手のことを気にしても仕方がない。
全てを受け入れるだけだ。
今の状況も同じ。
自分では変えることなどできない、まるで籠の中の鳥。
夜も深まりつつある時間までみっちりと講義を受けて、ようやく就寝が許された。
この生活の中でほとんど唯一に近い自由な時間。
それでも夜更かしをして翌日に欠伸でもしようものなら、寝るときにまで監視が付きかねない。
だから私が自由に使える時間は眠りに落ちるまでの、そのほんの僅かな微睡みの中だけなのだ。
ベッドに入って横になり、天井を見上げる。
毎日変わらない景色。
王妃となったらきっと毎晩この景色を死ぬまで見続けることになる。
永遠に続く自分の意志が存在しない人生が繰り返されることに諦めを感じていたし、かつてはそのことを覚悟し受け入れていた。
しかし、今は違う。
(イスラちゃんに、会いたい)
最初はおかしなことを言う子だとしか思っていなかったが、彼女は瞬く間に私の日常を変えていった。
同じグループに所属している子たちもイスラちゃんの影響を受けてか、良い方向に変わっていったような気がする。
『私はきっと、レティシア様のことをもっと幸せにしてみせます!』
彼女が宣言した言葉通り、私は本当に友人と過ごす楽しい時間という幸せを知ってしまった。
しかし一度その味を知ってしまうと、元々覚悟してたはずの無限に続く無味な日々への絶望がより深く私に絶望を与えた。
それでも、イスラちゃんはその絶望すら晴らそうとしてくれた。
『レティシア様、私と一緒に貴族をやめてどこか遠い場所で暮らしましょう!』
私には全く思いもつかない方法で私を救いだそうとしたイスラちゃんは、嘘を言っている気配のない、真剣な眼差しだった。
私は昔から他人の嘘には敏感で、半端な嘘はすぐに見抜けると自負しているけれど、その私の勘がイスラちゃんはどうしようもなく本気だと訴えていた。
それほどまでに私のことを想ってくれる人なんて今まで誰もいなかった。
私の肩書や属性、上辺だけを愛した人たちとは違う。
私自身を欲してくれる存在。
貴族という身分を捨てた先に何があるのか、私にも予想はつかないけれど、それでも私はそんなイスラちゃんの言葉に心を奪われてしまったのだ。
(イスラちゃんに、会いたい)
もう二ヶ月近くもイスラちゃんに会っていない。
きっと今頃、私を連れ出す準備をしているに違いない。
会いたい想いを胸に秘めつつその日は眠りに落ちた。
次の日は朝から誰もがせわしなく動き回っていた。
私もまた式典のために着飾ったが、使用人のされるがままになり、他人事のように従うだけだった。
「よくお似合いです、レティシア様」
「ありがとう」
誰かがそう言って褒めたが、全く興味が湧かない。
そのまま控室をいくつか連れまわされたと思ったら、最後には式典会場の舞台袖に私はいた。
大勢の貴族たちが集まった会場を見渡せるような特設舞台の上にはアバン王子が経っており、挨拶をしている。
「…………それでは改めて余のパートナーを紹介しよう。レティシア・フローリア公爵令嬢だ!」
その声を聞いたら思考の前には体が反応し、勝手に舞台上に歩き始めていた。
何度か行ったリハーサルの賜物だ。
割れんばかりの拍手に迎えられ、舞台の中央へと歩き全員の前で会釈をする。
「ご紹介に預かりました、レティシア・フローリアです。この度はアバン王子との婚約に選んでいただき、誠に嬉しく思っております」
講師に何度も感情が籠っていないとダメ出しを受けたスピーチを反射的に口から流す。
当然、その内容は用意された台本であり、私の意志など全く反映されていない。
「…………以上を持って挨拶とさせていただきます。ご静聴ありがとうございます」
スピーチは無事に終了し、改めて会場から拍手が起こる。
会場の誰もが私の方を見ているが、私自身のことは見ていないような気分だった。
しかし、そんな中に一人の顔を見つけた。
(イスラちゃん……!!!)
昨日の夜、あれほどまでに会いたいと思っていた女の子がこんなところで見つかった。
そしてすぐに彼女がこの式典で行動を起こすことを確信した。
ならば、私もその心意気に応えたい。
「レティシア、余はお前を伴侶として迎え入れて未来永劫幸せにすると誓おう」
アバン王子が私に誓いの言葉をかけた。
これも式典のプログラム通りの進行で、私もそれに応えて婚姻の意志を確認する場面だ。
当然、これも王子が考えたわけではなく台本があってその台詞を読んでいるだけだ。
イスラちゃんと同じことを言っているが、その言葉の真剣さや重みがまるで違う。
(この人と一緒では私は一生幸せになれない)
元から分かっていたことではあるが、改めてそのことを思い知るには十分だ。
ならば私の返事は決まっている。
「…………」
「レティシア、どうした?」
沈黙を続ける私に苛立ち交じりの声をかけるアバン王子と、異変を察知した会場のざわめきが実に不愉快だ。
深呼吸をして、大きな声ではっきりと自分の意志を言葉にした。
「私は王子のことを全く愛しておりません。申し訳ありませんが、婚姻はなかったことにしてください」
その瞬間、世界の全てが静止したかのように静かな時間が流れた。
そして誰もが混乱し、動けないでいる中で一人の人影が舞台の上に颯爽と上がり、私の元にやって来て手を差し出した。
「レティシア様、迎えに来ました。行きましょう」
「うん!」
私はためらわずにその手を取った。
私よりも一回り小柄で2歳ほど年下のとびきり可愛い女の子。
そして私をこんな場所から救い出してくれる本当の王子様。
彼女こそが、私の愛しいイスラ・ヴィースラーちゃんだ!!
次回投稿予定日:本日夕方(18時過ぎ)予定(最終回)




