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125.イスラの作戦前夜

前回の話

イスラはレティシアを救い出すべく”湖畔の七人”作戦の結構を決意した。

湖畔での約束があったあの日から2か月ほどの時間が経った。

その間、レティシアはアバン王子の婚約者としての素養を深めるという名目で王城に籠りっぱなしになっていた。


私達はその間もレティシアを救い出すための準備を水面下で静かに進めた。

そしてその機会はもうすぐ訪れる。


アバン王子の婚約者お披露目会だ。

その日は久しぶりにレティシアが人々の前に姿を現すことが確定している。


その好機を逃すわけにはいかない。

私達は当日のスケジュール、事前の準備を綿密に話し合い、いよいよその全ての準備が済んだ。


そして当日を翌日に控えた作戦前日。

明日作戦が成功すれば私は貴族ではなくなってしまうのだが、その前に一つやらなければならないことがある。


「イスラお嬢様、こんな時間にどうされましたか?」


夕食と水浴びを終え、いつもであれば後はもう寝るだけの時間。

私は侍女のメッツを自室に呼び出していた。


前世でも今世でも常に私のことを慕い、どんな時も味方でいてくれたメッツは、私にとっては家族以上の存在であり、母親と姉と友人を混ぜたような親しみを感じていた。

そんなメッツに私は別れを切り出さなければならない。


「メッツ、申し訳ないのだけれど、あなたは明日からクビよ」

「…………申し訳ありません、イスラお嬢様。よく聞こえませんでした。もう一度お願いします」

「あまり何度も言いたくはないけれど……メッツ、あなたは明日からクビよ」

「…………」


メッツは表情を固まらせて絶句した。

私の言葉の意味は当然理解できているはずだが、受け止めることができていないのが見て取れる。


「私に……何か至らない点がありましたら謝罪します。申し訳ありませんでした。……ですから、もう一度だけチャンスをください」


普段は冷静なメッツだが、言葉を詰まらせながら深く頭を下げた。

痛々しいその様子は見ていて心が痛む。


これは私にとっての禊なのだ。


「メッツ、頭を上げて。あなたには何の落ち度もないわ。すべては私の問題なの」

「でしたら、私にもお話ください! お一人で抱え込まないでください!」

「ごめんなさい、それはできない」

「どうして!! どうしてですか……」


メッツは私への抗議をして食いついてきたが、最後には静かに涙を流しながらその場に座り込んでしまった。

何の非もないメッツを泣かせてしまったことに対して罪悪感が募る。


しかし、そんな感傷は何の意味もない。

感情に流されずに伝えるべきことをしっかりと伝える必要がある。


「これはあなたのためでもあるの。詳しいことは言えないけれど、明日の朝一番に王都を出てほしい。私の近くにいると、余計なことに巻き込まれるかもしれないから」

「構いません。例えどんな目に遭うとしても、最後までお側で仕えさせてください」

「メッツ。私はあなたに酷い目に遭ってほしくはない。だからお願い、私の言うことを聞いて」


私もメッツも互いの主張を一歩も譲らなかった。

私は心のどこかでメッツは私の言うことなら何でも従うと思い込んでいたが、私の側を離れろという命令にはこれほどまでに拒絶をするとは思っていなかった。


できればあまりこういう手は使いたくなかったけれど、仕方あるまい。


「メッツ。これは命令よ。あなたは私の侍女としてではなく、自分のためにこれからの時間を使いなさい」

「………………………………………………………………………………はい」


メッツの中での葛藤を感じさせるには十分な間を置いた後、小さく消えそうな声で肯定の返事を返した。


彼女の想いを無視した卑怯な物言いにはなったが、これから私がしようとしていることは王子に対する反逆、ひいては国に敵対するのも同じ行為だ。

そんな無謀な愚行に付き合わせる義理はない。


私がこの先どうなろうと、メッツには私の行動による不利益が生じてほしくないというのが本心だ。


メッツは放心状態のまま床に座り込んで動かない。

ひどく傷つけてしまったせめてもの償いに、私は彼女の頭を優しく抱きしめた。


「メッツ。さっきの命令と合わせて、もう一つだけ命令。……幸せになりなさい。あなたにはその権利があるのだから」


優しく囁くように声をかけると、メッツは私の胸の中で静かに泣き声を上げ始めた。

彼女が泣き止むまでそのまま優しく抱きしめ続けた。

それが私の主としての最後の仕事となった。


翌朝。


「今までお世話になりました」

「こちらこそ。あなたがいなくなるのと思うと、とても寂しいわ」


朝一番に手配していた馬車にメッツを乗せて最後の別れを告げた。

質素な私服姿に小さなカバン一つで出ていくメッツはいつもと同じ調子で馬車に乗り込んで屋敷を去った。


御者には近くの町まで送るよう伝えているので、私が行動を起こす頃にはもう王都にはいないだろう。

これで後顧の憂いなく事を起こせる。


最後に朝食を摂ろうとキッチンに入ると、メッツが用意したであろうパンとスープが残されていた。

私の行動を読んでいるメッツの気遣いに感謝しながらこの屋敷で最後の食事をした。


「メッツ、お茶を……」


食事の後にお茶が飲みたくなって思わずメッツの名を呼んでしまったが、その声は無人の屋敷の中に消えた。

気を取り直し、黙って自分の手でお茶を用意したが、同じ茶葉のはずなのに微妙に美味しくない。


今更になってメッツにもっと感謝を伝えればよかったと後悔した。


そして朝食の後、私は手筈通りに王城へと向かった。


アバン王子がレティシアを婚約者として改めて披露する式典が開かれるということで、多くの人で賑わっている。


今更緊張してきたが、ここまで来たらやるしかない。

王子から婚約者の公爵令嬢を奪うなど前代未聞だが、それでいい。


何故なら、

「私は悪役令嬢なのだから」

他人には聞こえないほどの小さな独り言。


自分自身を奮い立たせてその時を待った。

次回投稿予定日:9月7日(土)AM 幕間のエピソード

               PM 最終回

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