124.湖畔の七人
前回の話
イスラはミレイヌの抱える家族との不和の問題を解決した。
私が二度目の転生を果たしてからかれこれ一年以上の時が流れた。
前世ではただ利用するだけだった令嬢たちと交流を重ね、真剣に向き合ってきた。
その甲斐あってかここ最近は今世に転生した目的を忘れるほどに楽しい日々が続いていた。
しかし、そんな日々も長くは続くことはない。
ある初夏の日、レティシアから一通の手紙が届いた。
内容はレティシアの別荘に皆で旅行に行かないかというものだった。
普通に考えればただのバカンスのお誘いだが、前世での記憶がある私には分かる。
(馬鹿王子のゴリ押しか……)
前世ではレティシアの婚約者であるアバン王子がレティシアの変化を好ましく思っていまかったことをきっかけとして、レティシアを私たち取り巻きから引きはがすための命令を下した。
別荘への旅行はその最後の思い出としてレティシアが考えたものだ。
今回の提案も同じ背景があるように思えて仕方がない。
(私は一体、どうすべきだろうか)
前世では狂言誘拐を仕掛けてレティシアをアバン王子の婚約者という立場から引きずり下ろした。
それは私自身がアバン王子の婚約者となるため暗躍していたからであり、今世では他にもいろんな可能性がある。
私はどの選択をすればレティシアの幸せを守ることができるのだろうか。
悩みは尽きないまま、あっという間に旅行の当日となった。
集合場所であるレティシアの屋敷に着くと、見慣れない大型の魔動車が止まっていた。
「イスラ様、おはようございます! どうですか、この車!? 今日のために長旅使用にカスタムしたものですよ!!」
私の到着に気が付いたミレイヌがすぐにその答えを教えてくれた。
この魔動車はどうやらミレイヌが用意した今回の旅行の移動用のものらしい。
「父がせっかく令嬢のみなさんと旅行に行くなら、新しい車を売り込んで来い、ってうるさくて。でも、これはいろいろ改良を重ねたタイプなので、きっと貴族の方でも満足いく乗り心地だと思いますよ!」
私がミレイヌに魔動車の技術を教えてから、彼女は父と協力して数か月で王都内の循環車両を用意し、瞬く間に平民の間にその存在を広めた。
平民に寄り添う姿勢は人々の間でも評価され、リベール商会は更なる発展を遂げており、一方で魔動車の貴族向け販売も検討しているという噂は聞いていた。
今回ミレイヌが用意したものはその試作品とも言えるもののようだ。
新しい魔動車を私に見せるミレイヌは生き生きとした顔をしており、事業が順調に進んでいることを伝えるには十分だった。
全員が揃ったので、車に乗り込み目的地であるレティシアの別荘へと向かう道中、アンリが小さな包みを全員に配った。
「クッキーを焼いてきたので、良ければ食べて下さい」
リボンで可愛らしく包まれた袋を開けると、ふわりとバターの香る美味しそうなクッキーが入っていた。
アンリは昨年、私がお菓子作りの才能を磨くことを提案してから、時折こうしてお菓子を作って持ってきてくれるようになった。
その出来は店で買うものにも引けを取らないクオリティで、毎回皆の賞賛を持って受け入れられている。
今日も早速一ついただいたところ、いつも通りの素晴らしい出来だった。
車中も終始和やかな雰囲気で過ぎ、いよいよ目的地の別荘に到着した。
私達は避暑地の涼しい空気を堪能していたが、何やらユフィーとノインが話をしている。
「なあノイン、この辺りは山や湖が多くて夏でも涼しい地形だったよな?」
「……はい、正解です。よく覚えていますね」
「ノインの教え方がいいからだな!」
会話の内容を聞いていると、この辺りの地理に関する話題だった。
ユフィーは以前よりも勉強に積極的になり、ノインはユフィーを始め他の令嬢との会話も増えた。
お互いに良い影響を与え合っているのは素晴らしいことだ。
皆、自分の個性を伸ばしたり欠点を克服したりしながら、より良い関係性に近づいていると私は感じている。
そんな中で決行された旅行が楽しくないはずはない。
しかしレティシアだけは湖の湖畔で遊んだ時も、その後の夕食の間も心からの笑顔を見せなかった。
「今日はみんなに大切な話があるの」
夕食の終わり際、レティシアが全員にそう切り出した。
突然の申し出に全員何の話かと耳を傾けたが、私だけはその話の内容を知っていた。
「私はこうしてみんなと一緒にいられる時間が、とっても大好き。ずっとこのままでいられたらいいのにって思う。だけど、みんなとこうして会ってお話できるのは明日で最後になるの。こんな形での報告になってしまってごめんなさい」
前世と一言一句変わらないその報告はレティシアがどれだけ考えて言葉を紡いだかを裏打ちするようだった。
「なんで……」
「私はこれから王妃として相応しい人間になるための特別な勉強に集中しなければならないの。そのためにはみんなと会う時間も作れない。だから、今日は最後の思い出を作ろうと思って誘ったの」
ユフィーの悲しげな呟きも、レティシアの答えも全ては決まっていたかのように前世と同じ流れに進んでいる。
しかし、だからといって全てが同じ結末になるとは限らない。
私はレティシアと話をするため、彼女に湖畔に一人で来るようこっそりと手紙を渡した。
「こんな時間に呼び出して、どうしたの、イスラちゃん?」
約束の時間に湖畔へとやって来た私を迎えたレティシアは悲しいほどに美しかった。
満月の光に優しく照らされて薄着のままで立っているだけでどんな絵画よりも絵になる姿だと見とれるほどだ。
ここまでは全て前世と同じ。
ここからが“私”の本領発揮だ。
「レティシア様、私はあなたと出会った時言いました。私はきっと、レティシア様のことをもっと幸せにしてみせます、と」
「そうだったね。あの時は本気にしてなかったけど、イスラちゃんが来てから私の毎日は本当に楽しいことが増えた。ありがとう。本当に感謝してる」
「今に満足してはいけません。これからも、もっと楽しい日々が続くんですから」
「残念だけど、それはきっと無理だと思う。私は公爵令嬢で、アバン王子の婚約者だから。この先の人生はこの国のために過ごさなければならない運命なの」
レティシアは全てを達観したかのような無表情を崩さず、無機質な声で私に自分の役割を語った。
当然、それはレティシアの本心ではない。
そのことは私が一番知っている。
前世ではレティシアを利用し、蹴落とすことばかりを考えていたつもりだった。
だけど、気が付けば私はレティシアの幸せな姿をもっと見たいと願ってしまった。
そのために何ができるかごちゃごちゃと色んなことを考えていたが、もう迷わないし、回りくどい真似はしない。
真正面から突き進む。
「無理なんかじゃありません!」
「無理よ。イスラちゃんはどうするつもりなの?」
「レティシア様、私と一緒に貴族をやめてどこか遠い場所で暮らしましょう!」
「えっ……?」
無表情だったレティシアの顔に驚きが滲む。
ようやく牙城を崩せた。
「ちょっと待って、イスラちゃん。あなた自分が何を言っているのか理解できてるの!?」
「はい、もちろんです! レティシア様のこの先の人生に希望がないというのなら、私が希望のある場所へと連れ去ります」
「そんなことしても、イスラちゃんが幸せになれないじゃない!」
「なれます! 私はレティシア様の笑顔をもっと見たい。そのために生きていこうと決めたんです!」
「っ…………イスラちゃんのバカ! そんなこと言われたら、その言葉に縋りたくなっちゃうじゃない……。だけど、私達だけで逃げていいわけがないわ! 残されたみんなは辛い思いをするはずよ!」
「それは……」
建前で抵抗するレティシアを気持ちで説き伏せた結果、レティシアはようやく本心を漏らした。
先ほどまでの無表情は完全に消えて、今は目に涙を浮かべながらも必死に感情の決壊を抑えてように見える。
後一歩で上手くいくと思われたが、残された者の気持ちを語る資格は私にはない。
思わぬところで言葉に詰まってしまった。
「イスラさん! レティシア様!」
そんな時、背後から私達を呼ぶ声が聞こえた。
声のした方を見ると、ラスカル、ユフィー、アンリ、ノイン、ミレイヌの五人が私達の方に歩いてくるのが見えた。
そういえば前世でもユフィーだけは私達の逢瀬に気づいていた。
今回は全員で来たが、これはラスカルとアンリもいたことで運命が変わったのだろうか。
五人が私達の近くに来ると、ラスカルが私に鋭い視線を向けてきた。
「話は何となく聞こえていました。イスラさん、声が大きいわ」
どうやら私とレティシアの会話は彼女たちにも丸聞こえだったようだ。
気持ちの昂りに任せて大きな声を出し過ぎてしまった結果だが、他人に聞かれていたと思うと急に恥ずかしくなってきた。
アンリは続けてレティシアに向き合った。
「まあいいわ。それよりレティシア様。私達もイスラさんと同じ気持ちです」
「それは……どういうことかしら?」
「私達もレティシア様が不幸になることは望みません。もしイスラさんと二人で逃げるとしても、その決断を尊重します」
「嘘よ! そんな決断をどうして許すの!」
「当たり前です! レティシア様の……友人の幸せのためですから! 実を言うと私もアバン王子のことは嫌いなのです。レティシア様の良さを全く理解せず、言いなりにさせようとするなど性根が腐っています! あんな男と結婚するくらいならイスラさんと逃げた方がよっぽどマシだと私達全員そう思っています! そうでしょう、みんな!」
ラスカルの呼びかけに残りの四人も一様に首を縦に振った。
かつては爵位や立場に固執して他の令嬢を威圧することしかしなかったラスカルも、レティシアを友人だと公言するほどに変わった。
この場面でこれほど頼もしい存在はない。
「……みんながそこまで言うなら、私も好きにさせてもらうことにしようかな? いいんだよね、イスラちゃん?」
「もちろんです! さあ、行きましょう!」
ラスカルの援護もあり、レティシアはようやく素直になってくれた。
私の差し出した手を強く握り返したレティシアは公爵令嬢ではなく、一人の少女の顔をしていた。
後はレティシアを攫うだけだが、ただ逃げるだけでは面白くない。
どうしようか考えていると、ラスカルが口を挟んだ。
「それで、イスラさん。一体どうやってレティシア様を連れ出すつもりなのかしら?」
「これから考えますが、みんなにも協力してもらうことになると思います」
「それなら作戦名は“湖畔の七人”作戦ね」
具体的なことはまだ何も決まっていないが、作戦名だけは先に決まってしまった。
安直な名前だが、分かりやすくていい。
月だけが静かに私達を見下ろしていた。
次回投稿予定日:9月6日(金)次回投稿予定日
7日(土)最終回投稿予定日
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