121.食欲の秋(3)
前回の話
イスラはアンリと美味しいケーキを食べた。
「イスラお嬢様、アンリ様がお見えです」
「ありがとう、メッツ。今行くわ」
アンリ・ランカスターと一緒にケーキ屋に行ってから数日後、私は有言実行で彼女を自分の屋敷に招いた。
前回に引き続きあまり特徴のない私服姿で現れたアンリは来て早々に困ったような顔をしている。
「ねえ、イスラ。ここまで来た私が言うのもなんだけど、この前のあなたのアレは本気なの?」
「あれ、とは?」
「その……私には何もないっていうのことはないっていう……」
「はい! アンリ様には素敵なところがたくさんあります。それをアンリ様ご自身にも理解していただきたく思います」
今日のアンリは妙に歯切れが悪い。
仕方がないので話を遮って今日の本題を改めて伝える。
「もう好きにすればいいわ。イスラが突然おかしなことを言うのは今に始まったことでもないし」
諦めたような仕草でやれやれと首を振るアンリだったが、嫌そうな感じはしない。
今日のために用意したプログラムを遠慮なく実施させてもらおう。
Lessom 1 容姿について
まずは見た目を褒めることで自己肯定感を高めてもらおう。
「アンリ様は可愛いです!」
「いきなり何!?」
「アンリ様のいいところの一つです」
アンリは驚いているが、実際にアンリのいいところの一つとして、可愛いという点を挙げることができると思う。
顔が小さく、全体的に整った目鼻立ちをしており、長めの髪はゆるいウェーブがかかっていてフワフワした印象だ。
自分の容姿のことは中々自分では気が付かない部分なので、他人からの指摘は有効なはずだ。
しかしどうにもアンリは渋い顔をしている。
「どうかされましたか?」
「どうもこうも……イスラ、それは嫌味かしら? あなたの方がよっぽど顔がいいでしょう? そのくらい私でも分かるわ」
アンリからの指摘で改めて思い出したが、確かに私は絶世の美女である。
それは決して肥大化したナルシズムからの思い上がりではなく、この世界に転生する際に自称女神によってそのように生まれ変わらせてもらったのだ。
初めは鏡を見るだけでもテンションが上がったものだが、数日も経てばすっかり慣れてしまっていたので、そのことをあまり意識することはなくなっていた。
自分の容姿のことは中々自分では気が付かない部分であることを再認識しただけで終わってしまったが、まだ次がある。
Lessom 2 教養について
……これも私やノインのことを引き合いに出されるだけで終わりそうなので、話題には出さないでおこう。
Lessom 3 特技について
「アンリ様は何か得意なことなどございますか?」
「そういうのがあれば良かったんだけどね……」
誰にも負けないような分野があればその一点で他の人よりも勝てることができる。
そういったものがないか聞いてみたところ、アンリに心当たりはないようだ。
自虐的な笑みを浮かべていたアンリだったが、思い出したかのように聞いてきた。
「そういえばイスラ、あなたは私の良いところを知っているのよね? どんなところ?」
冷静を装いつつも何かを期待したような目を向けてくるアンリ。
私はその期待に応えるべく、待ってましたとばかりに熱弁した。
「アンリ様の良いところは、ギャップです! ねじ曲がった性格なのかと思いきや、実は素直なところもあったり、強気な性格なのかと思いきや、実は臆病で自信なさげなところがあったり、冷酷なのかと思いきや、実は面倒見のいいところもある。そんなところがアンリ様の魅力だと思います!!」
「ちょっと待って、あなた私のことを馬鹿にしてない? してるわよね!?」
どうやら私の想いは上手く伝わらなかったみたいで、アンリは不満そうにしている。
想いを言葉にするのは難しいものだ。
「はあ、もういいわ。無理に私に構わなくてもいいのに」
「そんなことは仰らないでください。少し休憩しましょう。……メッツ、お茶の用意を」
失敗続きなせいでアンリの顔から生気が消えかけている。
これはまずいと思い、一旦仕切りなおすためにもお茶休憩を挟むことにした。
侍女のメッツは私の突然の指示にも狼狽えることなく対応し、すぐに温かいお茶を用意してくれた。
私とアンリはテーブルに向かい合って座り、まずは私からお茶を一口飲んだ。
「今日も美味しいわね。ありがとう、メッツ。アンリ様もどうぞ召し上がってください」
メッツはいつも通りの美味しいお茶を淹れてくれており、誰に出しても恥ずかしくない一杯だ。
「イスラお嬢様、今日は焼き菓子も用意しています」
「そうなの? これは……スコーンね」
おまけに今日のお茶菓子もメッツのお手製のようだ。
早速手に取って真ん中から割り、ジャムをたっぷり付けていただく。
甘いスコーンとお茶の香りが相乗効果でそれぞれのおいしさを引き上げるような感覚。
とても優雅なティータイムだ。
「ありがとう、イスラ。私もいただくわ」
アンリもお茶とスコーンを手に取り、口に運んだ。
しかし、その顔は自然な笑顔ではない。
「うん、美味しいわね」
「アンリ様、何か気になることがございますか?」
「いいえ! 別にそんなことは……」
私の指摘にアンリはあからさまに驚いたようなリアクションをした。
口では何もないと言っているが、何かあるのは明らかだ。
私は何も問題ないと思っていたけれど、気が付かなかっただけでミスがあったのだろうか。
無言でアンリを見つめていると、観念したかのように教えてくれた。
「お茶もお菓子も美味しいのは本当よ。だけど、スコーンの方は作る時にもう少し水を減らして、焼き時間を低温で長めに取る方がいいんじゃないかしら?」
アンリの言葉に今度は私が驚く番だった。
スコーンを食べただけで、作り方のアドバイスができるなんて。
これは私やレティシアにもできないことだ。
「アンリ様、すごいです! 一口食べただけでそのような的確なアドバイスができるなんて!」
「イスラ、大げさよ。レシピを知っていれば、完成品がどんな味になるかって大体分かるでしょう? 実際できたものと理想の味の違いを考えればどの工程をどうすればいいかなんて誰でも分かるわ」
驚くべきことにアンリはかなり鋭い味覚を持っており、レシピさえ知っていれば作りたい料理の味を想像することができるようだ。
しかも当の本人はそれを誰でもできることだと思い込んでいて特技だと認識すらしておらず、キョトンとした顔をしている。
「アンリ様、これです。これですよ!」
「えっ、何!? どういうこと!?!?」
事情を呑み込めていないアンリをよそに私は一人で盛り上がっていた。
後日。
レティシア主催のお茶会の場で私は唐突に皆に告げた。
「実は今日はお茶菓子を持参させていただいたのですが、皆さまにもぜひ召し上がっていただけないでしょうか?」
本来、こういったお茶会ではホスト側がお茶やお菓子を用意するのが常であり、持ち込みはあまり歓迎されない行いだ。
だが、事前にこっそり相談していたこともあり、レティシアは快く私の提案を受け入れてくれた。
「あら、珍しいわね。せっかくだから皆でいただきましょう」
レティシアからのお許しも得られたことで私は個包装した手のひらサイズの包みを全員に配った。
その中身は一見何の変哲もないクッキーだ。
皆、どうして私がこのような普通のクッキーを持参したかが分からず、不思議そうにしていたが、口にした者は目を見開いた。
「とても美味しいわね。どこのお店のものかしら?」
レティシアも絶賛してくれ、店で購入したものだと疑っていない様子だ。
十分に場は温まったので、満を持してネタばらしをさせてもらおう。
「じつはこちちらはアンリ様の手作りです。サプライズのために私から配らせていただきました」
私の言葉を聞いた皆の視線は一斉にアンリに向けられた。
そしてハチの巣をつついたように賞賛の言葉がかけられる。
アンリは慣れていないからか、恥ずかしそうに小さくなっているが、時折嬉しそうな顔をのぞかせている。
思えば、前世で私とアンリはお菓子作りで競ったことがあった。
あの時はアンリが不正を働くよう挑発をしたため、真の意味でのお菓子作りの勝負にはならならず、その実力は分からず終いだった。
(あの時、実力勝負になっていたら、あるいは……)
思わず考え込んでしまいそうな思考を現実に戻す。
皆の中心にいるアンリはもう何もない令嬢などではない。
私も彼女の作ったクッキーを一口齧る。
この味は誰にでも出せるものではなく、アンリ・ランカスターという令嬢だけのものだ。
次回投稿予定日:8月27日(火)
続きが気になる方は是非ブックマークしてお待ちください。
高評価、いいね、感想をいただけたら励みになります。




