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12.温泉旅行(2)

前回の話

イスラとレティシアは温泉旅行の最中である。

「ここが目的地?」

「はい。お待たせしました。間もなく馬車を降りることができます」

長い長い馬車の旅はようやく終盤に差し掛かり、窓の外に温泉の湯けむりや宿泊施設の建物が見えてきた。


「このあたりの建物は木組みが多いのね」

「はい。東方のとある地方では石組みではなく、木組みの家の方が好まれるところもあるようで、この周辺はその地方の街並みを模しているそうです」

「そうだったのね。王都も素晴らしいところだけど、ここはそれとは違った良さがあるわ」


レティシアは温泉地の街並みを興味深そうに眺めていた。

この温泉地の開発には俺も口を出させてもらったことがあったが、特に重要視したのが『非日常感』だった。


このような僻地にわざわざ足を運んでもらう以上、ただ温泉と宿泊施設を用意すればいいというわけではない。客がここに来て良かったと思うには付加価値が必要不可欠だ。

その付加価値として選んだのが、この異国風の街並みというわけだ。

レティシアもすっかり気に入ったようで掴みは上々だ。


宿場が集まっている区画を抜けて、一番奥にある一際立派な建物の前で馬車が停まった。

俺は先に馬車を飛び降り、レティシアに手を差し出した。


「お嬢様、お手をどうぞ」

「まあ、ありがとう、イスラ」


今は『金持ち商人の娘と、その付き人』という設定のため、俺はいたずらっぽい笑みを浮かべて、あえてレティシアをお嬢様と呼んだ。

レティシアもその意図をすぐに察したのか、使用人を呼ぶように俺を呼び捨てにしつつ、澄ました顔でアドリブを受け入れ、俺の手を取り下車した。


俺はレティシアの手を引いて宿に入ったが、内装も外観の立派さに負けない意匠を凝らしたものとなっていた。

貴族の屋敷は絵画や壺などの芸術品をこれ見よがしに配置したり、宝石や金を使用することで金を持っていることを誇示することが多いのだが、ここは無駄な装飾は一切なく、しかし柱の模様や壁紙の素材、塗料の色など全ての要素が調和されていて、落ち着く空間を演出している。


「不思議ね。物は少ないのにとても心が安らぐような感じがするわ」

レティシアはこのような作りの建物は初めてだったようで関心しながら周囲を見渡している。

俺は帳場で受付を済ませて、レティシアを部屋まで案内した。


今回はレティシアと同室で寝泊まりするということで、この温泉街で最も高価な部屋を取った。そのお値段、1泊で金貨10枚。宿泊費に関してはナスルに頼んでも割引はなかったので、全額俺の負担だ。


いよいよその部屋の前にたどり着いた。一見すると他の部屋の入り口と変わりはない質素な雰囲気である。

この部屋に関しては俺も中身がどうなっているか詳しくは知らないが、これだけ大枚をはたいて用意したのだから、部屋のクオリティに問題はないはずだ。


意を決して中に入ると、いい意味で俺の期待を裏切ってくれた。

まず部屋の広さだが、リビングが3部屋、寝室が4部屋もあり、さらに専用の庭も付いていて、細かい砂利で川の流れを模したような美しい景色が作られている。その周囲には竹や松が植えられていて色彩が添えられている。


極めつけにその風光明媚な庭を一望できるように露天風呂まで完備されている。

室内の調度品も一級品で揃えられており、文句の付けようのない素晴らしい部屋だ。

流石は1泊金貨10枚。


これだけの部屋であればレティシアも喜んでいるに違いないと思い、彼女の方を確認すると、嬉しそうにはしていたが、

「景色が良くていいわね」

といった感想であり、広さや高級感には言及されなかった。

公爵令嬢ともなればこれくらい高級な部屋に泊まるのには慣れているのだろうか。

流石は貴族の中でも最上位の爵位持ちといったところか。


「そんなことよりイスラちゃん、少しいいかしら?」

「……何でしょうか?」

ただでさえ金持ちの生活と自分の生活を比べてショックを受けていたところに、この部屋の感想を“そんなこと”と言われてしまい、柄にもなく少し凹んだ。


「さっき私のことを『お嬢様』って言ってたわよね? あれって私が商人の娘という設定だから普段と違う呼び方をしたのよね?」

「仰る通りです。不快でしたら申し訳ありません。調子に乗り過ぎました」

「ううん、責めているわけじゃないの。むしろすごく良かったなって思って」

「そうでしたか」


レティシアは先ほどのロールプレイについて言及してきた。

好意的に受け取ってくれたようで良かった。


「さっきはイスラちゃんが作った設定に私が乗ってあげたのだから、次はイスラちゃんが私の考えた設定に付き合ってくれるよね?」

「……どのような内容でしょうか?」


一安心したのもつかの間で、レティシアはまたもや何か良からぬことを言い出しそうな雰囲気だ。

しかし分かっていても俺にはどうすることもできない。

覚悟を決めて彼女の次の言葉を待った。


「今からこの部屋の中ではイスラちゃんは私を対等な友人と思って敬語はやめてほしいの。もちろんできるよね?」

「……かしこまりました」

「早速敬語になってる! そこは『分かった』でいいよ」

「ワカッタ」

「すごく不自然! けどイスラちゃんのこんな姿は初めて見るかも」


レティシアはやはり突飛なことを言い出した。

今日と明日、この部屋の中だけという条件ならば付き合うしかないが、今後うっかり他人の前でレティシアにため口を利いたら面倒になりそうだから気を付けなければ。


言い出しっぺの本人は新しいおもちゃを買ってもらった子供のようにはしゃいでいる。

「ほら、次は私のことを呼び捨てで呼んでみて」

「レ……レティシア……」

「ぎこちない。もう一回」

「レティシア」

「うん。まだ少しぎこちないけど、合格かな」

「ありがとうございます」

「……違うでしょ?」

「ありがとう、レティシア」


こちらもこうなってしまった以上は全力で対等な友人を演じることにしよう。

もし仮に多少失礼になってもレティシアはそのことで怒るような狭量な性格ではない。

俺は一度深呼吸をして気持ちを落ち着けてレティシアに微笑みかけた。


「上手くできるか分からないけど、頑張ってみる」

「ありがとう、イスラちゃん。……それともう一度私のことを呼んでくれる?」

「分かった。レティシア。……これでいい?」

「ありがとう。今日はできるだけたくさん名前を呼んでほしいな」

「分かった。レティシアの言う通りにする」

「うん!」


レティシアは名前を呼び捨てにされるのがよほど気に入ったのか、おかわりを要求してきた。

偉い人の考えることはよく分からないが、レティシアが満足そうなので良しとしよう。

色々あったが、なんとか今日一日を乗り切れそうな予感がしてきた。


「そうだ、イスラちゃん」

「どうかした、レティシア?」

しかしこういう時に限ってレティシアは余計なことを思いつく。

またもや俺の中に嫌な予感が沸き上がってきた。


「せっかく温泉に来たのだからお風呂に入ろう!」

「そうだね。先に入ってきていいよ。私はレティシアの後に入るから」

「何を言っているの? 一緒に入ればいいじゃない?」


レティシアはさも不思議そうに一緒に風呂に入ることを提案してきた。

嫌な予感とは当たるものだと我ながら感心する。

どうやらまだまだ俺の心労は続くらしい。

温泉旅行(3):明日

温泉旅行(4):明後日か明々後日


※活動報告で4日連続投稿と言いましたが、最後の日だけ1日ずれる可能性が生じました。

 すいません。


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