11.温泉旅行(1)
前回の話
イスラはレティシアの提案でお泊り会をすることになった。
年の瀬が迫り人々が慌ただしくなる時分、俺は馬車に揺られていた。
馬車の窓から外を見ると街道の殺風景な景色が続いており、この先2、3時間くらいはこのような荒地が続くことを知っている俺は内心げんなりしていた。
しかし目の前の女はそんなことはないようだ。
「あとどのくらいで着くのかしら。イスラちゃんと旅行に行けるなんてすごく楽しみ」
「私もレティシア様とご一緒できて光栄です。まだ目的の温泉地までしばらくかかります。しばしお待ちください」
ことの発端は先日レティシアが俺とのお泊り会を提案してきたことだった。
レティシアは一人で勝手に盛り上がり、こちらが断れる空気ではなくなったため、泊まりに付き合うことはやぶさかではないのだが、あろうことかレティシアは自分の屋敷に俺を泊めようと計画していたのだ。
レティシアの屋敷に泊まるということは当然に当主である公爵にも話は通るだろう。
娘が他の貴族を差し置いて子爵の娘を厚遇していたら普通はおかしいと思うものだ。
その結果、公爵から目を付けられる、といった事態になることは避けたいので、俺はなんとかレティシアを説得してナスル商会が経営している温泉地へとお忍びで旅行に行くことになるよう方針転換することに成功した。
そこまでは良かったものの、今度はレティシアにも満足してもらえるような温泉旅行の計画を急ピッチで立案、準備せねばならず、ただでさえ忙しい年末にとんでもない仕事が増えてしまったのだった。
今回もナスルにはかなり無理を言ってしまったので、直接会って頼み事をした際も露骨に嫌な顔をされた。
しかし何とか全ての準備を今日という日に間に合わせることができた。
「レティシア様、念のために確認なのですが、今回の旅行の件はご家族には内密にしていただけておりますか?」
「うん。イスラちゃんに言われた通り、お父様にはナスル商会の事業説明会に参加して接待の一環で宿泊施設に泊まらせてもらうって説明したわ。お父様は反対していたけど最後は納得して許していただけたから大丈夫」
「それはよかったです」
レティシアがうっかり公爵に俺との泊まりのことを話さないかが最大の懸念であったのだが、何度も念押しして内密にするよう言い含めたので、こちらも大丈夫そうで一安心だ。
「けどわざわざそんな嘘を言わなくてよかったと思うのだけど。私はイスラちゃんのことお父様に紹介しても恥ずかしくない、素晴らしい友人だと思っているのに」
「ありがとうございます。しかし、公爵様に私を友人としてご紹介いただくのはもう少しお待ちください」
「よく分からないけれど、イスラちゃんがそう言うなら仕方ないか」
俺が今日のためにどれだけの労力を割き、また、レティシアとの関係維持のためにどれだけ苦心しているかなどレティシアは全く気にしてもいないことに苛立ちを感じたが、いつもよりも嬉しそうにしているレティシアの姿を見ると自然と気分は収まっていった。
今日のレティシアは民間企業への視察という名目のため華美なドレスではなく、上品でありつつも機能性を持たせたジャケットとロングスカートといったスタイルで、その上に肩から膝くらいまでの長さを持った厚手のコートを着ている。
普段は屋敷の中で会うことが多いため、こういった外出用の格好をしたレティシアを見るのは初めてだが、顔のいい女は何を着ていても絵になる。
そんな美女がニコニコしながら同席しているのだから多少のことは許せるような気持になってしまうのだ。
「イスラちゃん、私の方をじっと見てどうしたの?」
そう思っていたらレティシアに視線を向けていたことを気づかれてしまった。
「失礼しました。今日のお召し物もお似合いだなと思っていました」
「ありがとう。けど、イスラちゃんも今日の恰好は新鮮でかわいいと思うよ」
「ありがとうございます」
ちなみに俺はユフィーに会いに緑地公園に行った時と同じような町娘風スタイルだ。
今回は『金持ち商人の娘と、その付き人』という設定であり、俺の専属侍女のメッツとレティシアのお付きの使用人も別の馬車で同行しているが、使用人が張り付いているとむしろ金持ちであることを周囲に喧伝するようなものなので、遠巻きに控えてもらうようお願いしている。
「最初は身分を偽るのは少し抵抗があったけれど、慣れてしまうとなんだか悪の組織への潜入捜査みたいで面白いわね」
レティシアは変装すらも面白いと言って嬉しそうにしている。
俺は目的地に着くまでの車中、レティシアが退屈しないよういくつか話話の種を用意していたが、それを使うまでもなくレティシアは楽しそうに他愛もない話を続けた。
旅はまだ始まったばかりだが、出だしは悪くない。
温泉旅行(2):明日
温泉旅行(3):明後日
温泉旅行(4):3日後か4日後
※活動報告で4日連続投稿と言いましたが、最後の日だけ1日ずれる可能性が生じました。
すいません。
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