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104.悪役令嬢 VS 侯爵令嬢(3)

前回の話

イスラはラスカルとレティシアへのプレゼントを選ぶ勝負をして、イスラはラスカルに完勝した。

ラスカルとの勝負から数日後。


私は彼女を屋敷に招いていた。

私の屋敷を訪れたラスカルは歯ぎしりでもしそうなほど苦い顔をしていた。


「くっ、……私のことを自宅に呼びつけて、一体どんな辱めをしようというの……!?」


悔しそうに私のことを睨みながら愉快な勘違いをしているラスカルを見ていると、良からぬ嗜虐心が沸き上がってくる。

しばらくは遊ばせてもらおう。


「ラスカル様のご想像にお任せします」

「そんな、まさか、あんなことやこんなことを!?!? だけど、私は侯爵令嬢。そのような辱めには屈しないわ!」


ラスカルが何を想像しているかは分からないけれど、このままでは話が進まない。

私はラスカルの手を引いて、自室に向けて歩き始めた。


「とにかく、立ち話も何ですから、まずはこちらへどうぞ」

「な、いきなり手を繋ぐなんて、破廉恥ではなくて!?」


ラスカルは顔を赤くして何かを喚いているけれど、私はそれを黙殺した。


「ラスカル様、早速ですがリベンジの機会を差し上げます」

「リベンジ? どういうことかしら?」

「私とチェスで勝負しませんか?」


ラスカルを自室に招いて彼女を椅子に座らせた私は一つの提案をした。

チェス盤を掲げて見せると、ラスカルは途端に上から目線の態度に戻った。


「あら、イスラさん。私にチェスで挑むというの? 私がチェスを得意にしていることを知っていてのことかしら? だとしたらその勇気は褒めてあげるわ」


ラスカルのことは前世で調べたが、周囲の令嬢よりも優秀であったことは間違いがない。

同い年の女の子の間では負けなしだったのだろう。


しかし前世や前前世のことも考えると、私はラスカルよりもラスカルよりもはるかに長生きしている。


「それは好都合です。それではラスカル様、勝った方が負けた方の言うことを一つ聞く、というルールで一勝負しましょう」

「いいのかしら? 手加減はなしでいかせてもらうわ」


こうして私たちは盤上で争うこととなった。


「イスラ…………様。生意気な口を利いて申し訳ありません…………」

「いいのよ、ラスカル。今日一日はそれで頼むわね」


数十分後。

私は完膚無きまでにラスカルを圧倒した。


確かにラスカルは10代の少女にしては強かったが、私の被害がルーク、ビショップ、ナイトが各1体とポーンが数体だったのに対して、ラスカルは数体のポーンを残して全滅した。


私も途中から絶望的な顔をするラスカルの観察をするのが楽しくなってしまい、つい全駒で勝ちたい欲求に駆られて無駄に駒を取ってしまった。


そして勝者の特権として『今日一日は私より身分が低い者として振る舞うこと』という命令を下した。


ラスカルは屈辱的な顔で私に敬語で話してくる。

だけど、まだまだこんなものでは終わらない。


「ねえ、ラスカル。お茶でも飲まない?」

「いいわよ……コホン、はい、わかりました」


侯爵令嬢という立場に慣れきったラスカルは私のような下等な貴族令嬢に畏まることに難儀しているようだが、提案は素直に受け入れてくれた。

私はメッツを呼びだし、二人分のお茶を用意してもらった。


「ラスカルはこのお茶は飲んだことある?」

「いいえ、どこで買ったものでしょうか?」

「ナスル商会のお勧めよ。西の方の地域が原産のものみたい。ところで西方の地域といえば……」


お茶を飲みながら私はラスカルに色々な話を振った。

この国の各地域の地理、歴史、王都で検討されている新しい施策、そして法律の話。


私が得意とするものや、前世で学んだことも含めて専門的なことにも触れたが、当然ラスカルはそんなことはまともに答えることはできなかった。


「あら、ラスカルは侯爵令嬢なのにこの程度のことも知らないのね?」


そしてそのたびにそんな風にラスカルの無知を指摘した。

ラスカルは最初のうちこそ悔しそうにしていたが、段々と悲痛な顔をするようになり、最後には俯いて泣き出してしまった。


少し虐め過ぎただろうか。

慰めようとした時に彼女はポツリと呟いた。


「なんで、子爵令嬢ごときにこの私が……」


その言葉はこの前の勝負の時にも聞いたが、これこそが彼女の本質を表している一言であるとも言える。


彼女は自らの能力と家柄に自信を持っており、それがアイデンティティなのだ。

だからこそ自分より劣っている者には厳しく接するし、自分より優れているレティシアに心酔している。


そのような考えに至るのは、この貴族社会の中ではおかしいことではないし、彼女以外にもこのような考えの者は大勢いる。


でも、そんな考え方、私は気に入らない。

だから私はラスカルに変わってもらうために行動する。


今の私は“悪役令嬢”だ。

例え世の中が私を悪だと断じても私は自分の考えを押し通す。


「ラスカル、あなたは弱い」

「……」

「あなたはチェスで学問的な知識量でも私に大きく劣っている」

「……」

「でも、それで本当にあなたは負けているの?」

「……え?」


ラスカルは顔を上げ、私のことを見た。

涙を溜めた瞳に光が当たってキラキラと光って見えた。


「ラスカルは勝ち負けにこだわっているけど、その勝ち負けは何で決まるの? 知識も、容姿も、家柄も、所詮はその人を表す一つの側面でしかない。そのどれかで勝っていても、他のところで負けていたらどうするの?」

「私は、すべてで勝ち続けなければならないの」

「そんなことは無理だよ。多分ラスカルは一生かかっても私にチェスで勝つことはできなない」

「それはやってみないと分からないでしょう!」


ラスカルは声を荒げて私の発言に抗議したが、勢いはない。


彼女自身も本当は分かっているのだ。

常勝無敗な理想の自分と、敗北してしまった現実の自分の狭間で揺れていて感情が不安定になっている。


納得するためには本当に理想の自分になるか、考えを変えるかしかない。

ラスカルに必要なのは後者の方の視点だ。


「ラスカル、私は何度でも言う。あなたは完全な勝者になんてなれない」

「じゃあ、私はこれから何のために生きていけばいいの?」

「それはラスカル自身が決めることよ。だけど、もし分からないなら他の人から学んでみるのはどう?」

「他の人から……?」

「そう。今までラスカルが敗者だと一方的に決めつけていた人の中にも、素晴らしい人はたくさんいるはず。そういった人から色んなことを学べばいい。それができればラスカルはもっと強くなれる」


いつの間にか泣き止んだラスカルは気が抜けて少しだけ幼い表情をして私の話を聞いてくれた。

そして静かに彼女自身のことを教えてくれた。


「初めてレティシア様に会った時のことは今でも覚えてる。美しくて、優しくて、すごく素敵な人だなって思った。だから私もレティシア様のお側にいるのに相応しい令嬢になりたかった。それがそのうち低俗な人や物はレティシア様に相応しくないっていう考えに変わってしまっていた」


ラスカルもまたこの貴族社会の被害者であるとも言える。


レティシアの側にいれば、彼女の権威や美貌に汚い奴らが集まって来る。

そういう輩にラスカルの思いも毒されていったのかもしれない。


しかしラスカルは思い出すことができた。

かつての純粋なレティシアへの憧れを。


「今なら分かるんじゃない? プレゼント勝負でなぜラスカルが負けたか」

「うん」


その目にはもう迷いも涙もなかった。


それからしばらく経った日のこと。


いつものようにレティシアの屋敷でお茶会が開かれた。

前回は私とラスカルの勝負で慌ただしかったが、今日はどうなることやら。


「みんな、お待たせ」


前回と同様に、レティシアは最後に現れた。

この前はラスカルに少しばかり辛辣な発言をしたことについては特に触れずに、いつも通りの笑顔を張り付けている。


「レティシア様、少しよろしいでしょうか?」

「何かしら、ラスカル?」


そんなレティシアにラスカルが声をかけ、手に持っていた包みを差し出した。


「この前は不躾な贈り物を用意してしまい申し訳ありませんでした」

「別にいいのよ。私も少し言い過ぎたと反省しているわ」

「いえ、私は確かにレティシア様のことを何も考えておりませんでした。改めてレティシア様のためにプレゼントを選ばせていただきました」

「そこまで言うなら受け取るけど……」


レティシアは少し困ったようにラスカルの包みを受け取った。


彼女は優しい性格なので、過度にプレゼントをもらい続けることに申し訳なさを感じているのだろうが、断ることもできない、といった様子だ。


だけど、きっと大丈夫。

ラスカルは変わったのだ。


「あら、これはお菓子かしら?」

「はい」


ラスカルが選んだのはお菓子のようだ。

何の変哲もないもので、稼ぎのいい平民でも買えるような程度の価格のものだ。


レティシアは意外そうにラスカルを見た。


「一応聞くけれど、どうしてこれを選んだの?」

「以前、パーティに出席した際に、他のお菓子よりもこれを好んで召し上がっていたように見えたので……」


レティシアはすぐには答えずに沈黙が流れる。

ラスカルは弱弱しく選定の根拠を述べたが、尻下がりに声が小さくなり、自信のなさを表している。


そんな沈痛な雰囲気を吹き飛ばしたのはレティシアの声だった。


「大正解! 私、これ好きなの。よく見てくれていたのね、ラスカル。嬉しいわ。さあ、みんなでこのお菓子をいただきましょう」


レティシアの一言で場の空気は一変し、明るいものとなった。

ラスカルも安心したのか、ふやけた顔をしている。


(追放なんて必要なかったんだ)


前世では私自身もラスカルのことやレティシアのことを全然知らなかった。

だからこそ、ラスカルのことは排除することに決めた。


だけど、今回はもうラスカルが私たちに冷たく当たることはないはずだ。

世界も、他人も嘘なんてなくても変えていける。

今、目の前に広がる光景がそう確信させてくれた。

次回投稿予定日:7月7日(日)

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― 新着の感想 ―
[良い点] やばい、泣きそう こういうのだよ!!!こういうの大好きだァ!!!
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