表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

世界の「実」 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 無常観、夢の跡に、盛者必衰のことわり……。

 この世のものが常ならんことを示す言葉は、様々なところで見聞きすることができる。

 なぜ、永遠にその場にいることを許されないのか? 誰もが一度は考えたことがあるんじゃないか?

 変化はときに恐ろしく、これまでの常識と非常識の区別がつかなくなる混沌状態も、守るもの、背負うものがある人にとっては脅威だ。

 ゆえにそれらがない、あるいはかえりみない強さは若い連中に多く、その向こう見ずにも思える行動が時代を動かしているんだろう……おっと、話がそれたかな。


 とどまるのが、なぜいけないことなのか。

 君もすでに答えを持っているかもしれないが、その根拠となった邂逅は覚えているかい?

 私は覚えている。少々、不思議なできごとなんだが、聞いてみないかい?



 寒さが嫌いな私にとって、夏は心おどる時期であり、また億劫なものでもあった。

 もちろん暑さを謳歌して、心も身体もテンションが上がるのだが、いつか夏は終わるものだと私は学んだ。

 楽しい夏休みも、寝て起きてを繰り返すだけであろうが、問答無用で過ぎていき、やがてまた学校へ行くときがやってくる。

 夏も同じだ。来ちゃったからには、去っていくことも予約されているわけで。

 そうすれば、次に来るのは秋、ついで冬だ。考えるだけで、気がめいってくるんだよ。


 ――冬来たりなば春遠からじ?


 おっしゃる通り、冬が来たなら同様に、そのうち春が来て、また夏が来てくれるだろうさ。

 しかし、しかし。私が求めるのは永遠の夏。めぐることなく、あり続ける夏。

 自分にとっての不都合が、向こうから避けてくれるような状況。

 それを「今年こそは、今年こそは」と、来なくなってしまったサンタへ願いを届けんとするかのごとく、祈る毎年だった。



 それが天に通じたかと思う、年があった。

 夏休みが終わり、9月に入っても暑さは衰えを知らない。当初は残暑というやつだろうと思っていたが、10月に入って11月が見えても、自然と汗ばんでしまう日が続く。

 外ではいまだ、セミたちが熱心に相手を求める声がしていた。木々の葉もいまだ青々しく、衣替えした私たちは冬服の中で汗だくに。暇さえあれば教科書やノートをうちわ代わりに、涼をとろうとしていたよ。

 私は暑さをありがたく思いながらも、先の服装の強制などがもたらす不快感には、顔をしかめていた。「ちょっとはこちらにも気をつかえよ」と、手前勝手な愚痴も垂れていたっけな。


 その日の昼休み。

 いざグラウンドに出てみると、用務員さんがそこの片隅でゴミ掃除をしている。

 それだけなら何度か見たことあるものの、ゴミ袋の中身が妙なんだ。いやに白い。

 思いつくのは土の上にまく石灰だけど、用務員さんの持つトングが向くのは、地面じゃなかった。フェンス沿いに並ぶ、木々の幹だ。

 用務員さんの背の倍はあろうかという背で、並び立つ樹木たち。そこへトングを伸ばし、何かしらをつまんでは、もう片手に握るゴミ袋の中へ放り込んでいく。


 興味をそそられた私は、声を掛けながら近づいてみて目を丸くする。

 用務員さんが回収していたのは、セミの抜け殻だったんだ。

 確かにセミの声はいまなお響いている。抜け殻があってもおかしくはないが、私がおかしさを感じたのは2点。


 1つは、この抜け殻が白くなっていること。

 私の知る抜け殻といえば、麦茶を思わせる明るい茶色がほとんどだというのに、用務員さんが回収しているものは、まるで燃え尽きた灰のごとき白色ばかり。

 その格好もまた、トングでつまんだ先からぐすぐすと崩れてしまうのがほとんど。袋へ突っ込むときには、形が残っていないことも多かった。


 もう1つは、そもそもこいつが抜け殻じゃない場合があること。

 私はぱっと見で抜け殻と判断したが、その実、背中に抜け出た証であるはずの裂け目がないものがほとんど。

 つまりこいつらは殻じゃなく、みっちり中身が詰まった「実」だったといえるわけだ……。


 それを指摘すると、用務員さんもこっくりとうなずく。


「うん、こいつらは季節の異状を告げるものだ。いま、世界は具合が悪い。うまいこと季節がめぐらずにいる。どうにかこうにか、動かさないといけない」


「その『実』を回収すればいいの?」


「助けにはなるだろうけど、後から後から出てくるからな……そうだ、みんなにも手伝ってもらおうか。

 用務員さんのいけない、いかないところにもこいつらはあるだろう。

 そいつら10個につき、缶ジュース1本。子供にお金をじかに渡すのはまずいかもしれないから、それで勘弁してくれ。

 なんなら、クラスのみんなに呼びかけてもいいぞ」


 ジュースという明快な4文字は、子供のモチベーションをかき立てるに十分。

 たちまち、このことをみんなに喧伝する私たち。

 クラスの人数は当時28人。280あれば、みんなに行き渡るなと、この時ばかりは計算が早い。

 目指せ280とばかりに、私たちは自分たちの家を中心に、学区のあちらこちらへ散っていった。



 気を張ってみると、案外見つかるものだ。

 私だけでも、用心深く観察して30匹分は発見したが、確保するのは容易じゃない。

 例の崩れやすさのせいだ。指どころか、割りばしや楊枝をトング代わりに使っても、細心の注意をしなければ、いともたやすく壊れてしまう。

 証拠として、きちんと形を整えたものを揃える、というのが条件だったから、崩してしまったときにはがっくり来る。

 それでも繰り返すうちに、力加減のコツをだんだん覚えてきて、最終的に10数匹分は確保し、用務員さんの元へ持っていく。

 近所の駄菓子屋さんの格安ジュースだったが、甘いものさえゲットできるなら、たいした問題じゃない。

 おやつにかけられる小遣いも限られている中、この無限甘味の幻想に私たちは釣られ続けていた。



 2週間がたつ頃には、暑さにも陰りが見え始めた。

 用務員さんの依頼のことがあって、自分たちもこれに一役買っているだろう誇りを胸に、引き続き『実』探しに力を入れていたんだ。

 とはいえ、私たちの貢献ぷりを裏付けるかのごとく、実の姿はすっかり目減り。

 すでに全員にジュース一本のノルマは達成し、簡単に実が見つからなくなったこともあって、いまや熱心な有志数名が継続しているのみ。

 私も、休日をたっぷりかけても10体に及ばぬほどになり。潮時を感じながらもあきらめずに足を伸ばしていたよ。長袖の制服たちも、ちょうどよい体感温度をかもすようになってきていた。


 自転車を漕ぎながら近辺を回る私は、ふとよく知るところで、まだ踏み入っていないところに気づく。

 我が家のお墓を有するお寺だ。歩きでは少し骨だが、自転車なら少々長いサイクリングで済む。

 すでに慣れた確保道具の準備をして、私は快調に道を飛ばしていく。その道中に吹き抜けていく風は、暑さ大好きな私でも心地よく思ってしまう涼しさがあったんだよ。


 それが、お寺に着いてからは一変する。

 自転車を停め、門をくぐったとたんに、どっと汗が顔を伝い出すのが分かった。

 しとどに濡れて、肌に引っ付いてくる下着のシャツたち。それらのあっという間の冷えを感じながら、私は直感する。

 ここにまだ、『実』たちがあるのだと。


 墓地へ続く斜面をのぞけば、境内はさほど大きくない。

 その構成も正面の本堂、左右を固める塔。その塔たちの脇にはべる大樹二本とくれば、私の注目はその木々へ向く。

 そこへたどり着くまでの数歩すら、忘れかけていた猛暑に肌がじりじり焦がされる心地だった。目に垂れ落ちてくる汗をぬぐい、右手の一本へ近づく私は、頭上1メートルほど先の幹に、白く張り付いている斑点を見る。


『実』だ。

 ひとつひとつは小さくとも、それが何十、いや100余りも寄せ合って、大きなシミを幹に浮かばせていたんだ。

 どくり、と私の胸が大きく脈打ち、そこからはどんどん速さを増す。

 緊張しているわけじゃない。視認してからなお高まる熱気に、心臓が警告の鐘を慣らし出したんだ。

 のどが渇く。頭がぐらつく。下手に頭をのけぞれば、そのまま意識さえ持っていかれそうな気さえして、深く吸い込む息は肺さえ燃やすかと思った。


 猶予はない。

 私は自前で用意したトングを目いっぱい伸ばし、どんどんと『実』をはいでいく。

 ご褒美なぞ、いまはどうでもいい。一刻も早く暑さをのけようと、トングでもって『実』をはぎ、壊しながら削ぎ落していく。

 ごりごりと、しぶとく張り付こうとする『実』から伝わる手ごたえが、そのまま骨に伝わるかとも思った。ひとこすりごとに、私の筋肉が、神経がその悲鳴を頭の痛みに変えて、私に伝える。

 このままでは危ない、と。


 まばたきするときのまぶたさえ熱く、それでもトングを振り回し、私はいくつの実を潰しただろう。

 最後のひとつを灰のように仕立てるや、境内の外からどっと冷気が押し寄せる。

 夢から覚めたかのごとく、周囲の熱気が取り払われて、私は息をつく。汗は冷える間もなく、風とともに吹き飛んで、その気配は服の内側のみに残される。

 はあ、はあと荒く繰り返す息は、もう喉や肺を痛ませることはない。かえって、水のごとき風をひと呼吸ごとに吸い込んで、ほてりを一気に冷やしてくれる。

 落としたものも、幹へ引っ付いたものも、いずれももう『実』としての体をなしていない。

 ただ、吹く風に散るままの石灰のごとき姿だったよ。



 それからほどなく、あたりには例年通りの冬が訪れる。

 私もこのことは久しく思い出となっていたんだが、最近、健康診断で大動脈石灰化の気があると知って、ふと思い出してね。

 あの現象は、世界の動脈の石灰化じゃなかったのかと。もし放っておいたら、より大変なことになっていたのかも、と思うのさ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ