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そして、再びの幕が上がり


 改めて執り行われることとなった夜会までの間。

 私は努めて殿下に相応しい婚約者であることに固執した。

 いずれは無意味となる王妃教育にも一切手を抜かず真剣に取り組み、飲食や外出時は勿論、自室や就寝時であっても常に気を張って不測の事態に備える。


 この状況がいつまで続くのか、敵は誰なのか、自分はどうするべきなのか。

 考えることはいくらでもあった。

 特に、この件が片付いた後の身の振り方については、今まで生きてきた中で一番時間を掛けて熟慮した。


 そうやって過ごす日々は、どこか刑の執行を待ちわびる罪人のような、不思議な感覚だった。


「……さぁ、リーフィア様、お支度が整いました。どうぞこちらへ」

「ありがとう」


 王宮で最も古株だという侍女が、優しく私の手を引いてくれる。彼女のほかにも、侍女は四人ほど付けられ、常に護衛の騎士も二人ほど付き添ってくれていた。


 向かうは夜会が催される王宮の大広間。

 厳重な警備体制の中で、私はすっかり板についた王太子妃としての笑顔を浮かべた。

 視線の先には、大広間への扉の前に立つ、黒を基調とした豪奢な衣装に身を包んだ殿下の姿がある。

 カフスなどの宝飾品には私の色であるアメジストが取り入れられ、縁取りの銀刺繍の一部は今着ている私のドレスと対になっていた。

 まるで絵画から抜け出してきたような完璧な美貌に、惚れ惚れしてしまう。

 そんな彼は私を視界に入れると、破顔一笑して侍女の手から私の手を奪うように浚った。


「とても綺麗だよ、リーフィア……今日をどんなに心待ちにしていたか」

「私もです、殿下。今宵は殿下のパートナーとして、婚約者として、立派に務めを果たしてみせます」

「そんなに気を遣う必要はないよ? 君はただ、私の傍にいてくれるだけでいいから」


 ――なるほど。今日の私はそういう役割を求められているのか。


「……かしこまりました。では、今宵は殿下の傍を離れずにおります」

「ああ、そうしてくれ。私たちの仲を誰も疑う余地がないくらいに」


 上機嫌な殿下に促され、私は会場へと足を踏み入れる。

 一斉に集まる好奇の視線にも決して動じず、頭から指先まで神経を行き渡らせ、完璧な令嬢としての所作を体現する。


 さらに自然体を装って視線を巡らせれば、両親や兄、グレタ様や彼女の父であるハリス公爵、そしてメイベル様の姿も確認できた。心なしか、兄やメイベル様の表情が強張っているような気がする。

 やはり、この夜会で何らかの状況が動くのかもしれない。そう思うと、おのずと背筋に力が入った。


 私たちが大広間の上段最奥に設けられた貴賓席の前までたどり着くと、既に王妃殿下とともに着座されていた国王陛下が立ち上がり、よく通る声を響かせた。


「今宵は我が息子ゼノンの婚約が調ったこと祝う宴である! ……さぁ、この国の未来を担う二人に祝杯を挙げるとしようではないか!」


 その言葉で会場中の貴族たちが各々グラスを手に取る。

 私と殿下も給仕が持ってきたシャンパングラスをそれぞれ手にし、


「……乾杯!」


 軽く掲げた後に口を付けるべきか私が迷った――その瞬間だった。


「っぐ……! ああっ……!!?! ひ、い、痛い……痛い痛い痛いぃぃいいいい!!!!」


 思わず耳を塞ぎたくなるほどの絶叫。

 その発信源は、豪奢な深紅のドレスを破らんばかりに狂ったように喉を押さえる人物――


 グレタ・ハリス公爵令嬢だった。


「グレタ!? どうしたんだ!!!! まさか毒を――――――!!?!?」

「ひっひっ! いた、痛いのおおおぉぉおお!!! のど、いたい!! うぅあああぁ……っ!!!」


 彼女の父であるハリス公爵が、もがき苦しむ娘に駆け寄り、必死の形相で肩を掴む。

 グレタ様の顔は赤紫色に変色し、口からは叫び声と共に白い泡と涎が絶え間なく流れていた。


「何をしている!!! 早く医者を!!!!」


 場が騒然とする中、ハリス公爵の大音声がこだまする。あまりの恐ろしさに私は自分のグラスを取り落としたことも気にせず、咄嗟に横にいる殿下に縋ろうと手を伸ばそうとした。


 でも、出来なかった。


 この騒動の中で殿下が、視線をハリス公爵たちではない場所へと向けていたから。

 それは私たちの後方――貴賓席。

 一切の熱を伴わない冷たいオニキスの瞳がじっと見据える先には。


 まるでこの世の終わりを嘆くように、一人の女性が顔を真っ青にしてブルブルと震えていた。

 それはこの国で最も高貴な女性。


「……やはり貴女でしたか、義母上(ははうえ)


 その、凍てついた声を耳にしながら、私はこの舞台の終わりが近づいていることを理解した。


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