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薔薇色の公爵令嬢


「あら、クライン侯爵令嬢もいらっしゃいましたのね。ごきげんよう」

「ハリス公爵令嬢も、ご機嫌麗しく」


 黄金を溶かしたような金の髪を揺らして現れたグレタ様の優雅な笑みに、私も礼を返す。

 本来ならば爵位の関係で立ち上がって挨拶すべきところだが、いつの間にか腰に回されていた殿下の左手によって物理的に阻まれた。

 これ見よがしな私たちの密着具合に、グレタ様の蟀谷に力が入るのが見て取れる。


「……先ほど王妃殿下の許可を得たと言っていたが、それは本当か?」


 しかし殿下が淡々とした口調で問えば、すぐさまグレタ様の表情が華やいだ。

 全身から溢れ出る殿下への思慕の念。

 貴族令嬢としてあまり褒められた態度ではないが、公爵令嬢である彼女にそれを指摘できる者はほとんどいないため、婚約者候補時代から彼女は常に堂々と殿下へのアプローチを続けていた。

 そしてそれは、私が婚約者となってもやはり変わらないらしい。


「ええ、勿論。この時期にしか咲かない女王の薔薇が今年は見事に咲いているとお聞きして、特別に許可をいただきましたの。それがまさか殿下もお見えになられているなんて……! やはりわたくしたち、とても気が合うのですわ!」


 夢見る少女ようなグレタ様の視線を受けても、殿下は表情一つ変えなかった。

 それどころか私の腰に回した手により一層力が篭る。

 気を抜けば殿下の胸にもたれかかってしまいそうで、私は見苦しくならないように姿勢を保つので精一杯だった。


「……王家の許可を得ているのであれば、私から君にいうことは何もない。だが、今の私は愛しい婚約者との逢瀬の最中なんだ。申し訳ないが、このガゼボには近づかないでくれ」


 思いのほか強い拒絶を示した殿下に、グレタ様よりも私のほうが内心で驚いていた。

 ハリス公爵家の尻尾を掴むために行動を起こされているはずの殿下にとって、この状況は探りを入れる絶好の機会のはずではないのか。

 それとも、グレタ様はこの件には関わっていないと判断されているだろうか?


「まぁ殿下、そんな意地悪なことを仰らないで? このような機会にせっかく恵まれたのですもの、わたくしはぜひ、殿下と特別なひと時を過ごしたいですわ!」

「何を言われても、私にその気はない。他を当たってくれ」

「そんな! つれないこと仰らないで……ねぇ、クライン侯爵令嬢も構わないでしょう?」


 突然、グレタ様はこちらへと水を向けてきた。

 殿下本人よりも自分より下位の貴族令嬢である私を攻略する方が早いと判断したようだ。


「別にお二人の仲を邪魔しようなんて考えてはおりませんのよ? でも、憧れの殿下と薔薇を愛でる栄誉を逃したとあっては、わたくし生涯後悔して過ごすことになってしまいますわ……! クライン侯爵令嬢からも殿下を説得していただけないかしら?」

「……ハリス公爵令嬢、いい加減にしてくれないか。それともハッキリと命令しなければ動かないつもりか?」

「滅相もありませんわ! ただ、同じ女としてクライン侯爵令嬢ならわたくしの気持ちを分かってくださるかと。……ねぇ? クライン侯爵令嬢?」


 手にした扇子で口もとを隠しながら、細められたグレタ様の目は鋭い鷹を思わせる。人を従わせることに慣れた威圧感を浴びながら、ふと、囮の自覚がなかった頃の自分ならどうするかを考えた。

 そして、その想像をトレースするように私は口を開く。


「……ハリス公爵令嬢がそこまで仰るのでしたら、私は別に構いません」

「!? リーフィア……なぜ……?」


 私の言葉が信じられないのか、殿下が焦ったような声を漏らす。

 逆にグレタ様はパッと表情を明るくすると、

 

「まぁ! 流石はクライン家のご令嬢ですわね、理解が早くて助かりますわ!」


 軽やかな足取りでガゼボへ入ってこようと歩みを進めてきた。

 その行動力にこっそり苦笑しながらも、私は腰に回された殿下の手にそっと自分の手を重ねながら、グレタ様に向かって微笑みかける。


「ただし殿下と二人きりで、というのは承服いたしかねますので、三人で見て回りましょう? 思い出作りということでしたら、それでも構いませんよね?」


 足を止めたグレタ様の瞳は、あからさまに不快感を表した。

 しかし私も引く気はない。

 殿下の婚約者として並び立つと決めていた頃の私ならば、きっとそうしたはずだから。

 これでグレタ様が不愉快だと立ち去ってくれるのならば、それでもいい。

 逆に、この提案を彼女が受け入れるのであれば――


「……ええ、勿論いいわ。それではぜひ三人で回りましょう。あぁ、でもエスコートの相手が……」

「私はリーフィア以外をエスコートするつもりはない。必要なら護衛の騎士にでも頼むといい」


 私が何かを言う前に、殿下がすぐさま口を挟む。グレタ様もここで「殿下にエスコートしてもらいたい」との本音は言えなかったようで、悔しそうに下唇を噛んでいた。

 一方、視線を戻した殿下は私に対して困ったように微笑むと、


「まったく……私の意思を無視して勝手に決めてしまうなんて悪い子だな」


 優雅な動作で立ち上がり、私に右手を差し出してくれる。

 その手を取り、エスコートされるがまま立ち上がった私は、殿下に笑みを返しながらも別のことを考えていた。


 刺すような視線を隠さずにぶつけてくるグレタ様。

 彼女は良い意味でも悪い意味でも分かりやすい。

 だから彼女と交流を持てば、ハリス公爵家に関して何か手掛かりが得られるかもしれない。


 そんな期待も少しだけ抱きながら、私たちはガゼボを出て薔薇の咲き誇る庭園へと歩き出した。



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