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対価の支払い方(レオン視点)


「……まったく、お前はいったい隣国で何をしてきたんだい?」


 エイセズ王都にある王城内、その最深部にある王の私室にて。

 俺は異母兄弟であるルードヴィッヒ王の前に跪きながら、恭しく頭を垂れた。

 事前に人払いがなされ、扉の前に配された最小限の護衛以外はこの場には俺と兄の二人きりである。

 俺は頭を下げたまま応接ソファーに座る兄に対して口を開いた。


「言い訳のしようもありません。処分なら後ほど如何様にでも」

「えっ、いや別にそういうこと言いたいんじゃないってば! もう頭も上げていいから! ほら早くそっち座って!」


 四十を過ぎ王としての風格を兼ね備えた賢君と称えられている人物とは到底思えない言動だが、それでもこれが我が国の王である。そしてこの人は俺に大層甘い。それは俺の出自に関係していて、おそらくは罪滅ぼしのような心境なのだろう。


 俺の母は他国の血を色濃く面差しに宿した美貌の子爵令嬢だった。

 ちなみに俺の髪色や肌の色も母親譲りらしく、兄は金髪碧眼で色彩はだいぶ異なる。


 そんな母が先王に見初められて半ば無理やり妾妃にさせられ、ほどなくして俺を産んだ。

 当時、すでに王と正妃との間は完全に冷え切っていたが、兄ルードヴィッヒ以来の王位継承権を持つ直系男児の誕生は、正妃にとっては自分の息子の立場を脅かしかねない排除すべき異物に映った。


 そうして俺は乳飲み子のうちに母から引きはがされ、最低限の世話役である乳母とともに王城の片隅へと追いやられた。

 母にしか興味がなかった父王は基本的に無関心を決め込み、母も自分が動けば俺の立場が逆に脅かされることを危惧して、興味のないふりを貫き通したのだと聞いた。


 唯一、異母兄弟である兄ルードヴィッヒだけが俺を憐れんでくれた。

 そして度重なる暗殺未遂や毒殺未遂を知った兄の手引きで、俺は乳母を含めたごく少数の従者と7歳の段階で国外――当時から友好国であったトランスファー王国へと逃がされたという経緯がある。


 それから俺が関与出来ないところで正妃が俺の母を殺したり、それに先王が怒り狂って正妃を惨殺したりという泥沼を経て(この辺りは公にされていない。すべて病死ということで片が付いている)、全会一致で王は退位の上に僻地へ幽閉、兄が新王として即位し現在に至っている。


 ちなみに兄は即位してからすぐに俺を本国へと呼び戻してくれた。だが、王族であることに心底嫌気がさしていた俺は、速やかに王位継承権の放棄を申し出、これは受理されている。

 同時に王籍からも抹消してもらおうと思っていたのだが、そちらは断固として拒否された。


 ……まぁ、言葉にすればどこの国でもよくありそうな陳腐な話である。


 幸いにも俺はトランスファー王国で心身ともに鍛える機会を得た上に、俺の乳母であったエダ(・・・・・・・・・・)の教育によって、自身を食わせていくには十分な技能も有していた。


 そして14歳から19歳の現在に至るまで、トランスファー王国を拠点にエイセズの周辺国を気ままに旅し、時折戻っては現地で仕入れた情報を兄に報告するぐらいで、比較的自由な行動を赦されていた。

 ちなみにエイセズの黒獅子の異名は、諸国漫遊中に兄からの依頼を受けて外交特使の真似事や暴徒鎮圧の指揮をさせられたことに起因している。まさかトランスファーの王太子が知っているとは思わなかったが。


 そんな王族としては異端である俺は今回、自ら厭って捨てた身分を盾にトランスファー王国の王族相手に喧嘩を吹っ掛けた。普通に考えたら重大な外交問題だし、いくら俺が王家の血筋であっても処分対象は免れない。

 免れないはずなのだが――


「……うーん、うん。事情は分かった! つまりレオンはそのトランスファーの貴族令嬢が大好きで、彼女を王太子の魔の手から助けたいってことだよね?」

「…………まぁ、端的に言えばその通りなんですが」


 半ば強引に向かいのソファーに座らされ、今回の経緯を説明した俺に、兄が非常に雑なまとめをする。

 一応肯定すれば、兄が軽くポンと手を叩いた。


「うん、別にいいよ? トランスファー王には結構貸しがあるし、その中の手札を少し切れば王太子と令嬢を婚約解消させて、レオンとその子を婚約させることも出来るんじゃないかな?」


 まるで簡単なことのように言い切る兄は、先ほどからずっと朗らかな笑みを湛えている。

 そんな態度に時折、俺はこの人が心底恐ろしいと感じることがある。


 狂った先王を即時退位させ、若くして玉座に就いた兄。

 それから10年と経たずに国内の政治基盤を掌握し、独自の外交ルートを開拓して周辺諸国と緊密な関係を築き上げている。国内情勢も安定しており、目下戦争に発展しそうな敵対国もない。

 いずれも先王時代では成しえなかったことだ。


 その兄が言うのだから、おそらく可能なのだろう。

 しかし俺は首を軽く横に振った。


「お気持ちは有難いのですが、俺はリーフィア……トランスファーの貴族令嬢が、自らの意思で未来を選び取れるようになればそれで充分です。ですので、俺との婚約は彼女の意思によって判断できればと」

「え~……なに、その子、うちのレオンに不満とかあるわけ? これだけ助けられておいて?」

「それとこれとは話が別ですよ、兄上。俺が彼女を助けたくてここまで首を突っ込んだに過ぎません。それは勿論、彼女を愛しているからですが、だからと言って彼女が望まない婚姻を強いる気はないです」


 あの場での婚姻の申し込みは、いわば外交的な脅し文句だ。

 勝手に話を進めたらこっちの面子が潰れるから慎重に事を運べよという意思表示。

 ただそれを俺の独断で行なったことへのリスクと責任は俺が負わなければならないのだ。


「――兄上」


 改めて姿勢を正しながら、俺は眼前の兄に話しかける。


「今まで好き勝手してきましたが、もし俺に望むことがあれば、それをお引き受けします」

「……ふぅむ」


 俺の唐突な発言にも察しのいい兄は瞬時に意図を呑み込んだらしい。

 これは取引だ。今回の件で俺が勝手をした分の対価を示して欲しいという。

 兄は言葉を待つ俺の顔をじろじろ見ながら、何故かとても嬉しそうに口角を上げた。


「いや~、レオンがそこまで言うってことは、そのリーフィアちゃんはとっても魅力的なんだねぇ。僕も会ってみたくなっちゃったよ」

「……今回の件が片付いて、彼女が我が国への来訪を望むようでしたら、その時はご紹介しますよ」

「ホント? じゃあ、僕のお願いはそれにするよ」


 さらりと返されて、俺は言葉に詰まる。

 すると兄はソファーから身を乗り出して俺の頭をガシガシと撫で回した。

 こんなことをされたのは幼少期以来で流石に戸惑うが、兄はお構いなしに気の済むまで手を動かした。

 なんとか目線だけを軽く上げれば、へらりと笑う兄と目が合う。


「普段は僕のことを全然頼ってくれないレオンが、まさか色恋沙汰で頼ってくるなんて思ってもみなかったからさぁ! 嬉しくって嬉しくって! 可愛い弟のためだもの、お兄ちゃん応援するよー」

「……俺が言うのもなんだが、それでいいのか?」

「んー……じゃあ、レオンはなかなかエイセズに帰ってきてくれないから、今後は最低でも年に二回は戻ってきてもらおうかな? あ、それよりもお嫁さん貰うならレオン領地いる? いくつかとっておきの候補地あるよ?」


 満足したのか手を放した兄だが、今度は国内地図を出してきかねない様子だったので、俺はそれを制止すると乱れた姿勢を直してソファーに深く腰を下ろす。

 ……なんだかドッと疲れてきた。

 兄のことは尊敬しているし信頼もしているが、いつまでも子ども扱いされているようで据わりが悪い。

 まぁ、確かに兄の年齢を思えば俺は弟というよりも息子のようなものだし、今回は迷惑をかけ通しなので拒絶するのも躊躇われる。

 このまま相手のペースに巻き込まれるとさらに長引きそうだったので、俺は話を元に戻そうと改めて口を開いた。


「……とりあえず、トランスファーに対して正式に会談を設けたいと打診させてください。あと、俺がリーフィア・クライン侯爵令嬢を見初めたため、伴侶に望んでいるとも」

「そういえばレオンの従者が何人か怪我したんだっけ? そっちの抗議はどうする?」

「怪我自体はそこまで深刻ではなかったので、そちらはひとまず保留で。会談での話し合い次第では交渉に使うかもしれませんが、相手の出方によりますね」


 当事者であるテオたちからは、すべて俺の判断に従うと委ねられてしまっている。むしろあの場で俺の足を引っ張ってしまったことを彼らは非常に悔いていた。

 すべては指示を出した俺の責任なのだが、こうした忠誠心の厚さにはただただ感謝するしかない。


 なにせ古参の者は既に十年以上付き従ってくれている。彼らのことや今後のことを考えれば、俺もそろそろ周囲を安心させるために腰を落ち着けるべきなのかもしれない。

 ――もし、リーフィアが俺を選んでくれた時に彼女を根無し草にするつもりもないし。


「……兄上」

「ん? なんか他に付け加える条件あった?」

「先ほど言っていた領地の件、真面目に考えてみても構いませんか?」


 俺の問いかけに、兄は一瞬目を丸くした後、いきなり立ち上がって移動したかと思えば、ガサガサと鍵付きの執務机を漁り出した。

 どうやら候補を今ここで説明してくれるらしいので、大人しく準備が整うのを待つことにする。


 拝領すればもう自由に動くことは難しくなるが、それならそれで構わない。

 今回の件、兄はかなり楽観的に扱っているが、迷惑を被っているのはエイセズ王国の国益そのものだ。

 なら俺が対価として支払うべきは、今後のこの国の利に貢献するということだろう。


 俺はおもむろに上着の胸ポケットから指輪を取り出す。

 リーフィアが護衛の対価にと渡してきた、彼女の祖母の形見の品だ。

 会談でトランスファー王国を訪れた際には、これを彼女に還さなくてはならない。


 彼女の瞳を思わせるアメジストを眺めながら、俺はただただ、リーフィアに会いたいな、と思った。

 触れて、抱きしめて、言葉を交わして。

 ともに笑い合う未来を彼女も夢見てくれることを、柄にもなく願った。


 それから数日後。

 トランスファー王国より使者が訪れ、会談の日程が決まった。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  まさかのお兄ちゃん超過保護w  いや過保護というより溺愛か?  彼も先王夫婦と弟の母との関係を物心ついている状態で見ていただろうからその心中たるや‥‥‥  周りの従者や家臣や教育システム…
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