謝罪と責任
王都から帰還した翌日。私はまだ王宮内に留まっていた。
兄のアルフォンソは体調が悪くないのであればすぐにでも屋敷に戻るべきだと主張したが、それを止めたのはメイベル様だった。曰く、
「今回の件、事は既に国内のみならず一部国外にも波及しているようですから。リーフィア様の身柄を軽率に動かすわけには参りませんわ」
とのこと。
また昨晩のうちに連絡が取られ、私の両親が昼前には王宮に到着した。
応接室へと入ってきた二人は私の顔を見るなり、母だけでなく父も揃って涙を流していた。
そのまま駆け寄ってきた二人に抱きしめられる。父は「無事でよかった」と絞り出すような声で呟き、母はただただ泣き崩れるばかりだった。
私は改めて自分がしでかしたことの重大さを目の当たりにし、後悔で胸が押し潰されそうになった。あまりにも短慮で、浅はかなことをした。想像力が足りず、ありとあらゆる人たちに迷惑を掛けた。そしてたくさんの人の気持ちを踏みにじり、傷つけた。いや、今も傷つけ続けている。
私に出来る償いをこれから一生を掛けてしていかなければならない。そう強く思った。
両親が落ち着いた頃、室内に最初からいた兄とメイベル様も交えて、私たちは話し合うこととなった。
テーブルを挟んだ三人掛けのソファーに父と私と母が、向かい側のソファーに兄とメイベル様がそれぞれ腰を下ろす。
メイベル様は当事者であると同時に、陛下と宰相から本件に関する聞き取りを任されているという。聞けば、彼女はなんとアルマダ侯爵家の次期当主として、既に陛下からも内々で承認を得ているらしい。
私は改めて、消息を絶つに至った経緯と、行方不明となっていた二週間近くのことを包み隠さず説明する。
中止となった夜会の日に、殿下たち三人の会話を結果的に盗み聞きしてしまったこと。
その内容から、自分は囮の婚約者であり、実際の婚約者はメイベル様だと考えたこと。
元王妃様やハリス公爵令嬢の悪事が露呈し、それをもって囮としての役目を終えたと認識したこと。
貴族令嬢としての責務を放棄し、平民として人生をやり直す覚悟で家を出たこと。
エイセズ王国への国外脱出を計画し、道先案内人兼護衛の人物を雇ったこと。
その後は護衛の人物に指示を仰ぎながら国外脱出の旅に出たこと。
「そして、その護衛を引き受けてくださったのが、エイセズ王国の王弟であるレオンハルト殿下だった、と……」
「――はい、その通りです」
「……率直な感想を言わせていただくのであれば、リーフィア様は大変無鉄砲かつ強運の持ち主のようですね」
メイベル様の言葉に私は困ったように微笑むことしか出来なかった。完全に図星だったからだ。
「……なぜ、私たちに相談してくれなかったんだ」
「父上の言うとおりだ! 何か一つでも違えば最悪、命を落とすか、酷い辱めを受けていた可能性だってあったんだぞ!?」
経緯を黙って聞いてくれていた父が怒りと悲しみを滲ませながら静かにそう口にした。追従する兄も今まで見たことがないほど私に対して怒りを露わにする。
当然のことだった。どう言い繕ったところで私はあの時、自分の感情を優先し、家族を捨てたのだから。エダさんやレオンさんと出会う僥倖がなければ今頃どうなっていたか、想像するだに恐ろしい。
と、そこへ母が「リーフィア、こっちを向いて」と私に自分を見るよう促した。
それに素直に従った瞬間――
ぱちん、と。私の左側の頬に衝撃が走った。
母に叩かれたと気づいた私は、痛みよりも想定外の出来事に対する驚きで目を見開く。母はそんな私の両肩に手を置くと、泣くのを堪えながら微笑んでみせた。
「ねぇ、リーフィア……私たちはそんなに信用できなかったの? どうして話をしてくれなかったの? 私もお父様もお兄様も、貴女を大切に想っているのに……伝わっていなかったの?」
母の優しい声は、なによりも私の胸を深く抉った。
情けなさと申し訳なさで自然と涙が出そうになるが、そんな資格もないと自分を叱咤する。
私はぎゅっと瞑った目を開き、顔を上げる。
そして父を、兄を、そして母を順番に見つめた後、
「……本当に、申し訳ありませんでした」
と、頭を下げて自分に出来る誠心誠意の気持ちを込めて謝罪した。
「お父様たちを信じていなかったわけでは勿論ありません。私が、ただただ浅慮だったのです。今となってはお詫びのしようもありません。……家族はきちんと私を愛してくれていると、理解していたのに」
「……ええ、そうね。でも、私たちも貴女が悩んでいたことに気づかなかった。一人で思い詰めるほど、追い込んでしまった。ごめんなさい、リーフィア」
「お母様……」
私を大事に大事に抱きしめてくる母の背中に手を添えながら、その肩口に顔を埋める。
父はそんな私と母の身体を大きな掌で撫でてくれる。
「リーフィア、お前がしたことは貴族として簡単に許されることではない。けれど、私たちは決してお前を見放したりはしない。安心しなさい」
「……お父様……」
身勝手な振る舞いで家門にまで泥を塗った私に対して、父が力強く、励ますように頷いて見せた。
その優しさを受ければ受けるほど、自分の行ないの罪深さを思い知る。
「――申し訳ありませんが、続きをしてもよろしいでしょうか?」
場の空気を変えるように、メイベル様がやや明るい口調でそう切り出した。
私は母の抱擁を解き、メイベル様の方へと向き直って「申し訳ありません、大丈夫です」と返す。
「この度の件、リーフィア様の過失を問う前に私の方からも正式に謝罪を。毒によって心身ともに体調を崩されているリーフィア様の傍で誤解を招くような発言をしてしまったこと、深くお詫び申し上げます」
「俺も、お前が起きてるなんて全く思わず、あんな話を聞かせてしまった。すまなかった、リーフィア」
「いえ、そんな……! お二人が謝罪するようなことは何も……!!」
「正確には殿下も含めて我々三人の軽率さが招いたことです。それに、貴女を囮としたことに関しては、言い逃れのしようもない事実でしたから」
「……そうだな。そもそもの事の発端はそこにある。最初からリーフィアの同意を得て実行すべきだった。申し開きのしようもない」
そう言った兄がメイベル様と共に私に向かって頭を下げる。
この二週間、誰よりも精力的に動いて私の捜索に乗り出してくれていた兄は私を責めこそすれ、謝る必要などないはずなのに。
私が頭を上げるように懇願すると、兄は苦悶に満ちた表情のまま、こう続けた。
「結果的に俺がお前を騙していたから、お前はうちを出て行ったんだろう? 裏切られたと感じたんじゃないのか?」
「っ……それは」
確かに、そういった側面はあった。
殿下に信頼されていなかったという絶望感とともに、家族である兄からも欺かれていたという事実が当時の私を打ちのめす要因であったことは否定できない。
そこへさらにメイベル様が言葉を重ねる。
「……今更言っても詮無きことですが、私と殿下との間に恋愛感情は一切ございません。ただ、幼少期からの幼馴染という関係から、他のご令嬢よりも距離が近かったことは確かです。その辺りも誤解に拍車をかけてしまったのでしょう?」
メイベル様の冷静な分析に、私は顔を俯けてしまった。
実際その通りだったのだから、ここで気を遣って否定することに意味はない。
「そもそもの発端となった元王妃とハリス公爵家のことについては、王宮でもごく限られた人間しか知らない極秘事項でしたが、当事者でもある貴女には知る権利がありました。それを握り潰したのは他ならぬ私たちと殿下ですから、その点に関してリーフィア様はもっと怒るべきだと思いますけど……」
それを決めるのもリーフィア様自身ですね、とメイベル様は一度そこで言葉を切った。
わずかな沈黙の後、最初に口を開いたのは父だった。
「メイベル様、陛下や宰相閣下は本件についてどこまで把握されているのでしょうか?」
「そうですね……既に陛下や私の父である宰相も概要は理解しております。また、エイセズ王国の王族も関わってきていますので、慎重な対応をというところまでは既定路線です。ただ、リーフィア様やクライン侯爵家のみ罪に問われるということにはならないと思います。どちらかと言えば、関係者全員、罪の所在を明らかにするよりも、丸く収めてしまう方が都合が良いので」
「……政治的な判断ということでしょうか」
「その通りです、クライン侯爵様。幸いにして、人的被害もありませんし、リーフィア様の失踪も公にされたわけではございません。あとはエイセズ王国の対応次第ではありますが……求婚されたくらいですし、リーフィア様の不利になるようなことはしないでしょう」
そう言って、メイベル様は「本当に、羨ましいことですわね」と微笑んだ。
「後の問題は……リーフィア様とゼノン王太子殿下の婚約及び婚姻にまつわることでしょう。こちらについては私は関知いたしませんので、リーフィア様やクライン家の皆様が直接王家と交渉する必要があるでしょう」
私は昨日の殿下とのやりとりを思い返し、思わず両腕で自らの震える身体を抱きしめた。
もしまた二人きりになり、あのような手段を取られたらと思うと恐ろしくて堪らない。
けれど同時に、だからこそもう一度殿下と正面から向き合わなければと強く思う。
そうしなければ、私も殿下も前には進めないのだから。
「メイベル様、殿下は応じてくださると思いますか?」
私の問いに、メイベル様は唇に指を当て、思案するように答える。
「……断言はできませんが、少なくとも陛下は交渉の余地があるかと。御自覚がおありでしょうが、王家とクライン家の婚姻自体は政略の意図が非常に薄く、もしクライン家が他国の王族と縁続きになるのであれば、そちらの方が国益につながる可能性もあります」
そこまで言ったのちに、メイベル様は真剣な顔で私を真っ直ぐに見つめた。
「……リーフィア様、ひとつだけ殿下を弁護させていただくと、あの方は本当に最初から、貴女だけを望んでいらっしゃったのです。今後、リーフィア様が殿下とどのようなお話をするかは分かりませんが、そのことだけは、信じてあげてくださいませ」
私はメイベル様の言葉を胸に刻みながら、神妙に頷いた。




