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夜会当日


「まぁ、なんて美しいのリーフィア……! もっとよく見せて頂戴!」

「お、お母様……! 落ち着いてくださいませ!」

「これが落ち着いていられるものですか! わたくしの可愛いリーフィアの御披露目ですもの……そのドレスもオニキスのアクセサリーもよく似合っているわ。ねぇ、あなた、アルフォンソ」

「ああ! うちのリーフィアが世界で一番可愛い!」

「俺の妹は天使なのだから当然美しい!」


「……もう、みんな、恥ずかしいからやめて……」


 王宮侍女たちによって施された完璧なヘアメイクを乱すことも出来ず、私は転がり回りたい気持ちを必死で抑えながらも、家族の言葉を受け止めた。


 婚約から三ヶ月。今日はゼノン王太子殿下の婚約者――つまり私の正式な御披露目を目的とした夜会が開かれる特別な日だった。

 ここ一週間ほどは王宮で寝泊まりをし、朝から準備に追われていた私だが、それもようやく一段落。そこへ一足先に家族が私の控え室まで訪れ、様子を見に来てくれたというわけだ。


「ここのところリーフィアと会えてなかったからな! お前も兄に会えず寂しかっただろう?」

「ええ、久しぶりに会えて嬉しいわ。今日の夜会でもあまり話をする時間は取れないだろうし……」


 正式に王家に嫁げば、私は家族よりも立場が上になる。こんな風に気安く触れあえるのも、今だけだろう。

 寂しくないといえば嘘になるけれど、私はゼノン様の隣を歩くと決めたのだ。

 だからこそ、今日の御披露目は私にとって大切な意味を持っていた。


「……リーフィア、どんなことがあっても私たちはお前の味方だ。困ったことがあったら遠慮なく相談しなさい」

「はい、お父様。ありがとうございます」

「そうよリーフィア、何かあったらすぐにお母様に言うのよ? 絶対よ?」


 そんなにも不安が顔に出ていただろうか。いつになく心配そうに声をかけてくる両親に、私は身に付けたばかりの王太子妃としての笑みを返す。安心して貰うために。


「お父様もお母様も、心配いりませんわ。だって私は、お二人の娘ですもの」

「そして、この兄の自慢の妹だ! リーフィア、婚約おめでとう。幸せになるんだぞ!」

「ええ……ありがとう、お兄様」


 温かな気持ちに包まれながら、私は自然と笑みを浮かべる。

 と、そこへ、従者の声が掛かり、夜会の開場が伝えられた。

 今夜の主賓であるゼノン様と私の入場は最後となる。家族は後ろ髪を引かれるようにしながらも会場へと案内され、残された私はそのまま控え室でゼノン様を待っていた。


 今日の装いは勿論、ゼノン様の色を象徴する銀と黒をふんだんに盛り込んだもの。銀のドレスは色とりどりの刺繍によってスカートの裾に花が咲き乱れ、引き締めるように胸元で輝くオニキスはゼノン様の瞳を否応なく連想させる。

 ピンクブロンドにアメジストの瞳という私の色彩に合うか不安だったけれど、鏡の中の自分は文句の付けようもなく輝いていた。絶世の美女……とは流石に言えないまでも、夜会で見劣りしない自信はあった。


 一通りチェックを終え、ソワソワした気持ちを隠しつつもチラチラと扉に視線を送る。だが、一向に誰かが訪れる気配はない。


 ゼノン様、まだかしら? ……少し時間が掛かりすぎているような……?


 少しだけ不安になった私は扉の傍に控える侍女二人に声をかけた。


「あの、王太子殿下はまだお時間が掛かりそうなのかしら? もしよければ確認してきてくれる?」

「畏まりました、お嬢様。ではわたくしが確認して参りますので、何かあればこの子に」


 返事をしたのはこの三ヶ月、私付きとして世話をしてくれていた王宮侍女のミラだった。もう一人はあまり見覚えのない、私と同い年くらいの侍女だったが、私は迷わずミラへと頷く。


「お願いね、ミラ」

「お任せください。では、失礼いたします」


 ミラが出ていき、警護に当たってくれている騎士たちは扉の外なので、室内は必然的に私と侍女の二人きりになる。せっかくなので話し相手になって貰おうかと私が口を開きかけるよりも先に、彼女の方からにこりと話しかけてきた。


「リーフィア様、よろしければメイクをお直しいたしましょうか? 口紅が少々乱れておりますので」

「あら、本当? ならお願いしようかしら」


 つい先ほど鏡で確認した時に自分では気づかなかったが、そう指摘されては気になる。私は軽く頷くと、姿勢を正し、侍女に促されるがまま鏡の前で目を閉じた。直後に紅の載った筆が唇を撫でる感触がくる。


「馴染ませるために、唇を少しだけ舐めていただけますか?」

「? ……これでいいかしら?」


 普段ならあまり要求されないことに疑問を感じつつも、素直に従う。

 瞬間、その口紅が妙に甘ったるい味をしていることに気づいた。

 ――何かが、おかしい。咄嗟にそれ以上は唇を舐めるのを止め、目を開いて侍女の方を見た私は、


「……残念、気づくのが遅かったですね」


 ぐらり、と自分の意思に反して傾いていく身体を制御することが出来なかった。

 そのまま音を立てて床に倒れ込む。

 指一つまともに動かせない。声も出せない。息をするのもままならない。



 ――毒、だ。



 薄れゆく意識の中で認識した事実に、愕然とする。

 どうして、だれが、なんのために。


「っ……ぁ…………は、ぅっ……」


 必死で声を挙げようとしても、零れてくるのはか細い吐息だけ。なんとか物音だけでも、外の騎士に状況を伝えなければと、身体に力を籠めるが、それも無意味に終わった。

 どうしようもない恐怖と絶望が、視界ごと私を塗り潰していく。


 ――いやだ、こんなところで、死にたくない……!



 ――――たすけて……おねがい、だれか、きづいて…………ゼノン、さ、ま……っ……




 愛しい人の名前すら口に出来ないまま、私の意識はそこで、ふつり、と途絶えた。


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