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いつかその手を離すことが(レオン視点)


 ここ一週間で俺はリーフィア・クラインと彼女に関する事柄を可能な限り調べあげた。

 あらゆる伝手を使って情報を集めつつ、並行してエイセズ王国にも使いを出すなどして着々と準備を進めていく。

 結果、分かったのは彼女と周囲との認識のズレ(・・)だった。


 帰宅後、夕飯までの時間に届いたばかりの報告書を読みながら、俺は思案する。

 リーフィアは自分が囮として王太子の婚約者をしていたと言った。が、それにしては捜されている動きがおかしい。当然、高位貴族令嬢の失踪なのだから、クライン家を筆頭に捜索されていることは想定内だった。しかし確認した範囲でのすべての関所に「アメジストの瞳を持つ女性は即時保護」なんて通達を出せる人物はそう多くない。十中八九、陛下ないしは王太子の命令が働いているだろう。

 今回の場合は王太子が動いたと見るのが自然だ。

 そこで当然のように疑問が生じる。


「これ、絶対王太子はリーフィア逃がす気ないよなぁ……」


 独自の耳や目を駆使して収集した情報からも、それは窺えた。

 王宮内は現在、一大スキャンダルとなった元王妃とハリス公爵家の醜聞よりも、クライン侯爵令嬢失踪の件を最優先事項としており、彼女の兄を中心に昼夜問わず捜索活動が行われている。

 一応、対外的には秘密裏の捜索になっているが、既に耳が早い貴族などはリーフィア失踪を嗅ぎつけている節があった。

 このままリーフィアの消息が掴めないようなら、情報を公開した上での大規模捜索に切り替える可能性もそれなりに高い。というか、俺が王太子ならそうする。


 さて、うかつに動けばこちらの存在を気取られる可能性もあるので、かなり時間が掛かってしまったが、方針は決まった。

 完全に国境が封鎖される前に脱出する。その為の手筈も一応は整った。

 ここまでくれば後は時間との勝負である。


 早速、俺は夕食の席でリーフィアとエダの婆さんに出発の件を告げた。

 エダの婆さんは特に何も言わなかったが、リーフィアの方が妙な反応を見せる。

 待たされていた側である彼女からすれば喜びそうなものだが、その表情は僅かに翳っているように思える。もしかして、ここに来て出発を躊躇っているのだろうか?


「リーフィア、今なら中止することも出来るし、安全に屋敷まで送り届けてやれるぞ」


 俺としては親切心のつもりで言ったのだが、ハッとした様子の彼女は首をぶんぶんと横に振り、


「い、いえ! 覚悟なら出来ています! 大丈夫です!」


 と、力強く宣言した。


「それにしちゃあ、なんだか浮かない顔してるようだけどねぇ……」


 俺の気持ちを代弁するように横から婆さんが口を挟む。

 すると彼女は痛いところを刺されたかのように「うぐっ」と顔を顰めた後、


「……お恥ずかしながら、ここでの生活があまりにも楽しくて……ずっとこのままでいたいなぁなんて……思ってしまって。それが顔に出てたんだと思います、すみません……」


 などと、くすぐったいにもほどがあることを告白してくる。ここ一週間、確かに彼女は俺に教えを乞いながら、家事など自分でやれることを着実に増やしていた。割と要領が良かったので、教える側としても結構楽しかったし、何より彼女自身も楽しそうにしているとは思っていた。

 だが、そこまで気を許されているとは想定外である。

 なんというかまぁ、


「チョロい……」「チョロいねぇ」


 俺たちの反応に、ますます小さくなって俯く姿はたいへん庇護欲をそそる。これを計算ではなくやっているのだから、ある意味では性質が悪かった。なんとなく、王太子が彼女に執着する理由が分かる気がする。

 ……何故なら俺自身も、少なからずリーフィアに愛着を持ち始めているから。


 危険な兆候だ、という自覚はある。

 立場上、あまり特定個人に深入りをするのは得策ではない。今回のことも、無事にエイセズまで送り届けたら、自立するまでほんの少し面倒をみてやるくらいで手を引くべきだ。普段の俺なら確実にそうしている。


 だが実際に別れが近づいたとき、俺は彼女をあっさりと手離せるのだろうか。

 毎朝、目が覚めると俺に引っ付いて無防備に寝ている、この可愛らしい存在を。


 答えの出ない問いが頭を過りつつも、俺は気持ちを切り替えて話の方向も修正する。


「じゃあ、明後日の朝に出発ってことで。明日はリーフィアにもいくつか準備してもらうことがあるから、体調だけは崩さないようにしてくれ」

「は、はい! 気をつけます!」

「あと婆さんはこの家に残ってくれ。ちょっと頼みたいことがある」

「ん? ああ、いいよ。元はアタシが拾ってきた案件だしね。里帰りはまた今度にしておこう」

「悪いな。ってことで、リーフィア、婆さんとは明日で別れることになるから」


 リーフィアは素直に頷くが、その表情からは寂しさが滲み出ていた。

 貴族令嬢としては感情表現が豊かすぎるが、そういうところも好ましいと感じてしまう。


「なんだい、今生の別れでもあるまいし。そんな顔するもんじゃないよ」

「……でも、やっぱり寂しいのは寂しいです。凄くお世話になりましたし……」

「仕方がない子だねぇ。ま、アンタが行くエイセズはアタシの故郷でもあるからね。そのうち会いに行くよ」

「ほ、本当ですか! 嬉しいです……っ!」


 無邪気に喜ぶリーフィアの横で、俺は珍しいこともあるもんだと婆さんに視線を送る。

 すると婆さんはニヤリと底意地の悪そうな笑みを浮かべながら、


「アンタにとっても、この出会いはもしかしたら特別なものになったのかもしれないねぇ」


 俺の内心を見透かすかのように言って、リーフィアお手製のポトフを美味そうに平らげていた。


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