変化する一週間
偽名を名乗ったことをあっさり見破られてしまったため、これ以上の誤解を与えないためにも私は自分がリーフィア・クラインであることを早々にお二人に打ち明けた。
これでも自分が現在この国で話題となっている人物であるという自覚はある。
なので最悪、依頼を断られることも覚悟していたが、
「思ったより大物だったけど、やることは変わらないから別にいいよ」
と、普通に受け入れられてしまった。
その態度にむしろ私の方が恐縮するばかりである。
「けど、そうか……アンタ、王太子の婚約者なんだな」
「………いいえ、私は偽物というか、囮のために一時的に婚約者になっただけなんです……」
その辺りの事情も、当たり障りのない範囲で説明をした。
すると、どこか納得のいかないような顔をしたレオンさんがエダさんと目配せをし、
「出来るだけ早くエイセズに行きたいって話だが、出発はちょっと待ってもらっても良いか? 色々と調べたいことがある」
そんなことを言ってきた。
不思議に思ったものの、私は素直に了承の意を伝える。
そもそも具体的な手段などはレオンさんに一任するしかないし、その判断に従うことに不満もない。
問題があるとすれば、準備の間に私に出来ることが限られていることくらいだろうか。
そう考えて、私はエダさんに厚かましくもあるお願いをした。
「あの、私にも何か出来ることはありますか? もしなくても、例えばこの家の家事や、お手伝いなどをさせていただければと」
「おや、殊勝な心掛けだねぇ。いいだろう。平民として生きるならいずれ必要になる」
「ありがとうございます!」
「構わないよ。どうせ教えるのはレオンだしね」
「……えっ!?」
驚いて声を挙げると、レオンさんは予想していたのか「まぁそう言うだろうと思った」と苦笑いしている。
「レオンさんは準備があるんですよね。それだとかえってご迷惑になってしまうのでは……!」
「その辺りはレオンが上手くやるだろう。要領の良さだけはアタシのお墨付きだよ」
「レ、レオンさんも忙しければ断ってくださって大丈夫ですので……!」
慌ててそう口にすれば、レオンさんは特に何とも思ってなさそうな顔で、
「いや、いいよ。出来る範囲で教えるし。手伝ってくれるならそれはそれで助かるし」
と、これまたあっさり引き受けてしまった。
なんというか懐が広いというか、色んなことを背負い込む人のように思えて心配になってくる。
私は出来る限り迷惑を掛けないようにしようと心に誓い、
「では、ご迷惑にならない範囲でお願いします……!」
レオンさんに再び頭を下げたのだった。
そうして家を出てから一週間が経過した頃。
私はまだエダさんとレオンさんの家でご厄介になっていた。
家の外に出ることは禁止されていたので、部屋の掃除や食事、洗濯などの家事を習い、ここ一週間で確実に出来ることが増えていた。それもこれも、忙しい合間を縫って丁寧に教えてくれるレオンさんの尽力あってのものなのだけど……一つだけ、困っていることがある。
この家は一階にリビングダイニングと炊事やバストイレなどがあり、二階にはレオンさんとエダさんの寝室として二部屋あるという間取りになっている。必然、空き部屋などはなく、当初、私は邪魔にならないように毛布などを借りて一階の隅の方を寝床にさせてもらおうと考えていた。
しかし、それは両名からあっさり却下されてしまった。エダさん曰く、
「どうせ眠れやしないよ。アンタみたいな貴族のお嬢ちゃんは」
とのこと。確かにレオンさんのベッドと比べれば快適とは程遠いが、私はここにきて自分の神経が案外図太いことを自覚してきていたので、どうとでもなると思っていた。
そう素直に口にすれば、今度はレオンさんが難色を示す。
「女差し置いて自分がベッドを使うのは俺の信条的に無い」
そう言われてしまうと、ではどうすればいいかという話になるわけだが、二人からの回答はこうだった。
「「俺のベッドで一緒に寝ればいい。昨日できたんだから問題ないだろう」」
「問題しかないんですが……っ!?」
驚愕する私を置き去りにして、それは既に二人の中で決定事項となっていた。
私は私で迷惑を掛けている身であるため、あまり強くは出られない。
そういうわけで、私は毎日レオンさんと同じベッドを使わせてもらっているのだが……
「なんで毎朝毎朝レオンさんに抱きついて寝ちゃうの私……っっ!!!」
作り方を教えてもらったポトフの鍋の前で、私は頭を抱えた。
そう、どうやら私は寝相が悪いらしく、気が付くとレオンさんにぴったり密着しているのだ。
眠る前は出来る限り端に寄って邪魔にならないように気をつけているというのに……!
幸いにしてレオンさんからは「役得だから気にしなくていい」と言われているが、そういう問題ではないと思うのだ。
というか、ここ一週間で男の人と同衾することに慣れつつある自分が怖い。
だって嫌じゃないのだ。
レオンさんの傍は心地が良くて、落ち着く。
それがこの一週間で完全に定着してしまっている。
最初は、アルフォンソお兄様に抱くような気持ちなのかと思った。年上だし、口調は少し雑だけれど言動自体は凄く優しいから。でも、どこか違うとも感じていた。
当然、ゼノン王太子殿下を想う気持ちとも違う。
殿下の傍はホッとするというよりも、常に緊張感と、彼に好かれたいと想って行動する自分がいた。
逆にレオンさんの近くにいると、肩の力が抜けて、素のままの自分でいられる。
一週間前に家を出た時には考えられなかった変化。でも、それもやっぱり嫌ではなくて。
出来ることなら、ずっとこのままでいたい……そんな風に思う自分も確かに存在していた。
勿論、最終的にはエイセズ王国に行くのだし、一人で生きていくのだからレオンさんやエダさんとはそう遠くないうちに別れるのだけれど――
「…………それは、やっぱり寂しいな……」
「何が寂しいって?」
「ひゃあっ!?」
突然背後から声がして飛び上がるように驚いた私が振り向けば、私の反応に目を丸くするレオンさんがすぐ後ろに立っていた。私がぐるぐる考えているうちに帰宅していたようだ。
「お、おかえりなさい……! すみません、驚いちゃって」
「いや、俺のほうこそ悪かった。ただいま、リーフィア」
「お疲れさまでした。外、寒かったですか?」
季節は秋。そろそろ本格的な冬の足音が聞こえてくる時節だ。
私が寝ながらレオンさんに抱きついてしまうのも、きっとこの寒さのせいかもしれない。うん。
「まぁ、そこそこには。こういう時は温かいもんに限るな。ちょっと味見していい?」
「……どうぞ。美味くできているといいのですが」
私がポトフを小皿に取って渡すと、レオンさんがそれに口を付ける。
ドキドキしながら見守っていると、私の視線に気づいて、彼は可笑しそうに目を細めた。
「大丈夫、ちゃんと美味いよ。むしろ一週間でここまで出来るようになってんだから誇っていい」
ごちそうさん、とレオンさんは小皿を流し場に置くと、私の頭をポンポン撫でてから着替えのために二階へと上がっていった。
やることがいちいちスマートな人だ。あと、臆面もなくこちらが照れるような言葉をくれる。
そういうところはちょっとだけ、ゼノン殿下に似ているかもしれない。
そう、だから今、私の顔が赤くなったのは、ゼノン殿下を思い出してのことで。
胸が疼くように熱いのも、きっとそのせいだ。
私はそう自分に言い聞かせながら、ポトフの入った鍋をゆっくりとかき混ぜた。
そうして迎えた夕食の席で。
「……リーフィア、明後日の朝、ここを発ちたいんだが問題ないか?」
レオンさんから待っていたはずの言葉を聞いたはずなのに、私はほんの少しだけ、残念に思っている自分を認めた。




