あれが欲しい(ゼノン殿下視点)
「まだ、見つからないのか」
「……申し訳ありません、殿下」
リーフィア・クライン侯爵令嬢の失踪から一週間。
醜聞を避けるため公な捜索が難しいことを差し引いても、未だに彼女が見つからないことへ苛立ちと焦燥感が募る。執務机をコツコツと指で弾きながら、私はその激情を知らせるように、ここ一週間ほどで随分と顔色が悪くなったアルフォンソに再度、問うた。
「クライン家の者が手引きした可能性はないのか。もしくは外部協力者の可能性は?」
「無い……とは、この状況では言い切れません。勿論、リーフィアと関わったことがある我が家の使用人は既に辞めた者も含め全員所在を確認しましたので、可能性としては外部協力者の線の方があり得るかと」
「……誘拐、または既に殺されている可能性は」
「…………分かりません。本当に、あの晩から、妹の消息が全く掴めないのです……っ」
アルフォンソは、私の部下の顔としてではなく、彼女の兄として顔を歪ませた。普段から最愛の妹と言って憚らなかった男だ。気持ちは痛いほど分かるが……私の方がもっと、ずっと、痛みを堪えている。
理性を手放せるものならとっくに発狂している。今も王宮を飛び出して自ら捜索したい気持ちを必死で抑えているのだ。
だが、それもそろそろ限界を迎えつつある。
こうも埒が明かないのであれば、もはや手段など選んではいられない。
「……これ以上進展がなければ、リーフィアの失踪を明るみにし、大々的な捜索を行なう他はないだろう。いっそ、身代金でも要求された方が話は早い」
「っ……殿下、それは……!」
アルフォンソの動揺も理解はできる。貴族令嬢が失踪というのは家門に泥を塗る醜聞だ。しかも直前には王家の一大スキャンダルが白日の下に晒されたばかり。そこへきて渦中の人物の一人でもあった王太子の婚約者の失踪では、クライン家も王家も流石に無事では済まない。
ハリス公爵一門の取り潰しが確定していることも合わせ、下手を打てば求心力を失い、国の存続に影響する事態まで発展しかねない。
――だが、それが一体何だというんだ? リーフィアが私のものでない玉座になど興味はない。すべてを擲ってでも手に入れたいと渇望したものは彼女だけだ。その為に、真実をひた隠しにして邪魔なものを根こそぎ排除したというのに。
こんな結果では何の意味もない。諦めるという選択肢はない。その為なら、国が倒れようがどうなろうが、私の知ったことではない。
「なぁ、アルフォンソ。私は周囲が思うより気が短い。意味は分かるな?」
「……っせめて、後一週間ほど猶予をいただけませんか!? それで手掛かりが掴めなければ、私が責任をもって父を説得します」
隈で目の下を真っ黒にしたアルフォンソがそれでも私から目をそらさずに決然と述べたので、
「――いいだろう。お前のことは信用しているからな」
その献身に免じてほんの少しだけ、猶予を与えることにした。
アルフォンソが深々と頭を下げる。彼とは一週間前までは軽口すら許す間柄だったが、リーフィアが無事に戻って来なければ、おそらく二度とそのような関係になることもないだろう。
「ありがとうございます……仮に妹に協力者がいたとしても、国境を越えることは難しいです。妹の容姿は変装などしても目立ちますし、国境に配備した者には若い女が関所を通る場合、必ず人相を確認するよう厳命していますので」
手入れの行き届いた美しいピンクブロンドに、どこまでも澄んだアメジストの瞳の美しい容姿。
この特徴を持つ者は、この国にはほとんどいない。いや、おそらく周辺諸国でも珍しいだろう。
それに貴族令嬢としての立ち居振る舞いというのは市井ではかなり目立つ。いくら誤魔化したところでボロは必ず出るものだ。
だからこそ、そこに固執すると足元を救われかねないが。
「髪の色は染料で誤魔化せるが、目の色は無理だ。必ず目の色を確認するように徹底させろ。そして、アメジストの瞳を持つ女はすべて私の前に連れてこい。……ああ、くれぐれも、丁重にな」
私の命令に一礼し、アルフォンソが部屋を出ていく。彼もここのところまともに寝ていないだろうが、それは私も同じことだ。神経が昂ってとても眠れたものではない。
私は溜まった書類を機械的に処理しながら、消えてしまった婚約者を想う。
今にして思えば、一目惚れというものだったのだろう。
幼い令嬢たちがワラワラと群がってくるお茶会は、当時11歳の私には酷く苦痛な行事だった。
そんな中で見つけた、お菓子に目を輝かせる春の妖精のような少女。私になど目もくれず、チョコレートを頬張る姿に、全身が燃えるように熱くなるのを感じた。
――あれが欲しい。あれだけが、欲しい。
茶会後、すぐに彼女を婚約者にと望んだが、それは政治的な判断で叶わなかった。
さらに彼女は滅多なことでは社交場に顔を出さず、領地に引きこもっていたので、一目見ることすら難しい始末。
彼女に会えない日々は無味乾燥としていたが、それでも辛抱して王太子として完璧に振る舞う術を身に着けることに腐心した。やがて彼女を手にするのであれば、自らの地位は揺るぎなく確保しておいた方が利があると思ったからだ。
自分でも何故、一目見ただけの少女にここまで執着したのか、その理由を正確に分析することは出来ない。理屈ではない。本能によるものだと、心も身体も叫ぶように、私は彼女を求めた。
だから婚約者候補選定に無理やり彼女をねじ込み、陛下や義母の思惑を知った上でも自我を通した。
そうやってようやく手に入れたのに。
大事に大事に、この狂ったような感情を悟らせないように、だけど一生私から離れられないように、甘やかして溺れさせて依存させようと思っていたのに。
「……そう、これからなんだ。まだ、私たちは口づけ一つ、していない」
あの時、無理にでも奪っておけば良かったな。
……ああ、そうだ、いっそ身体から篭絡するのもいいだろう。
戻ってきたら即座に純潔を奪い、私以外との婚姻など決して出来ないように縛り付ける。
想像するだけで甘美。だからこそ実現させねば無意味だ。
「どこに隠れていても、迷っていても、ちゃんと見つけるから。そして、今度こそ絶対に離さない……私のリーフィア……」
もしこの国を愛していると、家族を愛していると、私を恋い慕っているというのなら。
私がこの国を壊してしまう前に戻ってくるといい。
その方が、君の心が傷つかなくて済むだろうから。
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