賑やかな朝食
「婆さん、説明しろ」
「お嬢ちゃん、説明しな」
「……えっと、どこから説明すればいいでしょうか……」
物が散乱して若干足の踏み場も覚束ない一階のダイニングにて。
レオンさんが用意してくれた朝食が並ぶテーブルの前で、私は曖昧な笑みを浮かべた。
「最初からで。そのほうが確実だし結果的に早い」
向かい側の席で豪快にパンを齧りながら、レオンさんが応じる。マナーも何もない粗野な動作のはずなのに、全然見苦しくなく食べっぷりが気持ちいい。
ベッドでのやりとりでもなんとなく分かっていたが、改めて真っ直ぐに彼を見ると、とても背が高くて身体がガッシリしていることが分かった。かといって太っているわけではなく、引き締まっているとでも言えばいいだろうか。
洗顔後に髪もざっと整えた彼はさらに美形に磨きが掛かっていて、直視するには眩しすぎる。
一方、その隣に座るエダさんも、スープを飲みながら私に目線だけで続きを促してきた。先ほどからの会話だけでも、目の前の二人が気心知れた関係であると確信できる。
……祖母と孫にしては似てないけど、どんな関係なんだろう?
そんな疑問はひとまず呑み込み、私は昨晩、酒場を訪れたところから現在に至るまでを自分視点で軽く説明した。その上で本題である依頼についての話に移る。
「私は元貴族で、事情があって一人で家を出てきました。そして隣国であるエイセズ王国で市民登録をして、平民として暮らしていくことを考えています」
「……貴族のお嬢様がわざわざ隣国で平民に、ねぇ。アンタ、本気で言ってんだよな?」
「勿論です。詳しくは話せませんが、私はこの国に長く留まるつもりはありません。出来るだけ早く、隣国で新たな人生を始めたいと考えています」
「引き返すって選択肢は?」
「ありません」
きっぱりと言い切れば、レオンさんはちょっと感心したように顎を引き、その後でクスッと微笑んだ。
私よりいくつか年上の男性だけれど、笑うと途端に幼い印象になって、訳もなくドキドキしてしまう。
それもこれもレオンさんの顔が良いからだけど……自分が美形に弱いとは知らなかったので、少し恥ずかしい。
そんな気持ちを誤魔化すように髪をくるくると指に巻き付けていると、
「アンタのその髪、もしかしなくても隣国の血筋によるものかい?」
今まで黙って聞き役に回っていたエダさんが会話に交ざってきた。私は素直に首を縦に振る。
「母方の祖母が隣国出身と聞いています。この髪はこの国では目立ちますので、そういう意味でも隣国では目立たずに済むかな、と。もしくは短く切ってしまうか――」
「いや、それは止めとけ。勿体ない」
何故かレオンさんに止められてしまった。
真剣なその表情から、何か止めた方がいい合理的な理由でもあるのかと思えば、
「アンタの髪、綺麗だし長い方が似合ってる」
「……ひぇ……っ、あ、ありがとう、ございます……」
まさかの答えに全身がかぁっと熱くなる。
一応、私も貴族の娘だ。美辞麗句には慣れている。
でも、こんなにストレートに言われると流石に焦るし、何より本当に恥ずかしいのでこっちこそ止めて欲しい……。
「……なんだいレオン、アンタお嬢ちゃんのことが気に入ったのかい?」
「まぁ、可愛いし。素直だし。柔らかかったしいい匂いだし……嫌う理由がないな」
「も、もうっ! やめてください! からかわないで!!」
耐えきれずに湯気が出そうな頭で叫べば、今度はキョトンとした顔で「でもホントのことだしな」と返されてあえなく撃沈する私。朝から完全にペースを乱されてしまい、今すぐにでもベッドの中で一人で悶絶したい気分だった。
「アンタらがイチャイチャすんのは勝手だが、お嬢ちゃん。報酬の話がまだだったね」
「……あ、はい! そうでしたね! えっと、ちょっと待っていて貰えますか」
エダさんの話題転換に乗っかり、私は急いで手提げ鞄の中から木製のジュエリーボックスを取り出す。
中に入っているアクセサリーは指輪一つだけなので、私はそれを箱ごとお二人の前に差し出した。
「これは……アメジストとダイヤかい?」
「はい。私個人の所有している財産では、これが一番高価だと思います」
「……細工が古いな。誰かの形見かなんかだろ」
鋭い。私は苦笑いをしながら肯定した。
「祖母の遺したものです。形見分けの品なので、私個人の財産として持ってきました。他の宝飾品は実家のものや贈り物なので手を付けづらくて……」
本当は祖母の形見だって手放したくはない。
だけど、それ以上にこの国から離れたい気持ちが勝った。
この宝石と、後は緊急時のために持たされていた金貨や銀貨が革袋に半分ほど入っている。それが私の今の全財産だった。
出来れば硬貨は隣国での生活資金に充てたいので、私は居ずまいを正すと、
「お願いします。この品と引き換えに、私を隣国まで連れて行ってください」
改めて二人に頭を下げた。
「……だってさ。どうする、レオン?」
「はぁ……婆さんさぁ、そういうとこホント性格わりぃっつの。ここに連れてきた時点で、どうせ受ける気しかなかった癖しやがって」
レオンさんの言葉に、私はびっくりして思わず顔を上げる。すると、エダさんは悪戯に成功した少女みたいな無邪気さで笑い、レオンさんがテーブル越しに私の頭を撫でてくる。
「アタシもレオンも隣国出身なんだよ。アンタの髪を見て、不思議と縁を感じちまったからね。いいさ、引き受けてやる」
「……そういうことだ。実働は俺だし、引き受けたからには完遂するから安心していいぞ」
レオンさんがトパーズの瞳を細めてそう言うのに、私は泣きそうになりながら「ありがとうございます」と返すので精一杯だった。
「そうと決まれば準備だが……そういえば嬢ちゃん、アンタ名前は? ああ、アタシはエダっていうんだ。みんなそう呼ぶからアンタも好きに呼びな」
「はいっ、エダさん! 私は……えーと、フィ、フィアと申します。私のことも好きに呼んでください」
「ふぅん……フィアか、いい名前だね」
偽名を褒められ少しだけ良心が痛むが、私は訂正することはせずに笑って誤魔化した。
するとレオンさんがおもむろに、
「……フィア」
と、私を呼んだ。
最初は慣れない名前に反応できずにポカンとしてしまったが、ハッと我に返ってレオンさんへと急いで視線を向ける。そんな私の様子に、彼はニヤッと口角を上げると、
「偽名ってバレバレなんだから本名でもいいぞ?」
と、身も蓋もないことを言ったのだった。




