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夢の終わり


 カペラ王妃殿下、並びにグレタ・ハリス公爵令嬢による次期王太子妃殺害未遂。

 それは貴族社会だけではなく、国全体にも未曽有の混乱をもたらした。


 しかし既に証拠が挙げられていることと、カペラ元王妃殿下――既に王籍からは抜かれている――が思いのほか素直に自供をしたため、真相究明までそう時間は掛からなかった。


 カペラ様の犯行動機は至極単純で、自分の実の娘であるグレタ・ハリス公爵令嬢を王家の一員として迎え入れたかった。ただそれだけだったという。


 事の起こりは約17年前。ゼノン殿下をお産みになった第一王妃殿下が産後まもなく亡くなったことがきっかけだった。


 待望の世継ぎとして誕生したゼノン殿下だったが、王妃不在の上に後継者が一人では心もとない。

 せめてもう一人、男の子を――そんな思惑から、当時要職に就いていたカペラ様のお父上が、陛下に自分の娘を推薦した。年齢も身分も王家に嫁げる資格を持つ未婚女性は当時は貴重で、喪に服す陛下は乗り気ではないものの、その忠言を無碍にもしなかった。


 しかし、その時には実は既にカペラ様はハリス公爵と肉体関係を持っており、お腹の中にグレタ様を宿していた。しかもハリス公爵も政略で伯爵令嬢と婚姻したばかりで、つまりお二人は不倫関係にあったのだ。


 カペラ様のお父上が娘の妊娠に気づいたのは、陛下への奏上後だった。

 彼はすぐに娘に堕胎させることを考えた。

 しかし堕胎後は子を宿しにくい身体になるという定説と、そもそも堕胎可能時期を大幅に過ぎていたことで、今度は秘密裏に産ませ、その後に陛下に嫁がせる計画を立てたのだという。


 当然、ハリス公爵もその計画に乗った。

 生まれた子供は責任をもって、ハリス公爵と本妻の子として育てると。


 彼らにとっては幸か不幸か、国王陛下も王妃を失った直後ですぐに新たな妃を迎える気がなかったので、最終的には喪が明けてからの輿入れということで話が纏まっていった。


 そして15年ほど前に国王陛下はカペラ様を正式に妃として迎え、目的であった子を授かることはなかったが、夫婦仲は良好のまま今に至る。


 そんな中でのゼノン殿下の婚約者選定だったので、カペラ様は夢を見てしまったのだという。

 もしゼノン殿下の伴侶としてお腹を痛めて産んだ愛しい娘(グレタ)が王家に嫁げば、今度こそ彼女から「お母様」と呼んでもらえる、手元で可愛がってあげられる、と。


 そこでカペラ様はゼノン殿下の婚約者候補としてグレタ様を推挙し、特別に目を掛けていることを陛下にも度々話すなど、根回しにも力を入れた。それに彼女自身、候補の中で最も高位貴族であり、華やかな美貌のグレタ様が選ばれる可能性は高いと踏んでいたらしい。

 政略結婚としても、ハリス公爵家と王家の関係を深めることは両者の利になるのも事実だった。


 しかしゼノン殿下が選んだのは、政略の意味が一番薄いクライン侯爵家の娘だった。


 カペラ様はショックを受けたものの、最初は諦めたのだという。

 所詮は儚い夢だったのだと。

 候補者選定を通してグレタ様が美しく育っているのを間近で見れ、少しの間ではあったけれど一緒にお茶をしたりと親しい時間を持てた――それだけで満足すべきだと。


 しかし、グレタ様こそがゼノン殿下を諦めきれず、カペラ様に泣きついたことで、歯車が大きく狂いだした。グレタ様は絶対に自分が殿下の伴侶となると主張し、カペラ様へ協力を仰いだ。

 もし協力が得られなくても、どんな手段を使ってでも殿下を振り向かせてみせる。

 グレタ様の決意は固く、それを覆すことはカペラ様には出来なかった。

 そして愚かにも、手を貸すという決断をしてしまった。


「……最初は、もちろん殺すつもりなんかなかったわ。でも、ゼノン殿下とクライン嬢を仲違いさせるのは難しいと分かって……グレタが可哀想で……それで、絶対に犯行の証拠が残らない毒の存在を、思い出してしまったの…………それをあの子に話してしまった。それで、もう止められなくなってしまった……」


 供述中、カペラ様は涙を流し続けてはいたものの、見苦しい言い訳はしなかったという。

 そんな彼女は現在、北の塔へと幽閉されており、グレタ様も貴族用の牢へ収監されている。


 この後、グレタ様への尋問が行われる予定だが、言い逃れは出来ない状況のため、おそらくハリス公爵は娘のしでかしたことの責任を取り極刑。

 一族に連なる者は爵位剥奪の上に国外追放処分となる見込みだという。


「……以上が、今回の顛末です。何か質問はありますか、クライン侯爵令嬢」

「いえ、ご説明いただき感謝申し上げます、アルマダ侯爵令嬢」


 私が丁寧に頭を下げると、メイベル様は酷く困ったような、歯痒そうな表情を浮かべた。


 ここはクライン侯爵家の応接室。

 事件後、流石に心労から体調を崩した私は殿下に引き留められるのを固辞し、実家へと戻って静養に努めていた。今は事件から一週間が経過したところだ。


 私の体調もほぼ問題ないところまで回復し、そろそろ私自身も行動を起こさなければと思っていたところに、メイベル様から訪問の許可を求める手紙をいただいた。

 そして、あまり世間には公に出来ないことも含めて、今回の事件について丁寧な説明を受けた次第である。


 なぜ、ゼノン殿下やお兄様ではなくメイベル様が説明に来てくださったのかといえば、お二人は事後処理で現在王宮にほぼ軟禁状態となっているとのこと。

 それほどまでに国を揺るがしかねない今回の事件は、それでもひとまずの決着をみた、というわけだ。


「……クライン侯爵令嬢、お気づきかと思いますが、今回の件、我々は貴女を囮として、カペラ元王妃とハリス公爵家の動向を探り、追い込みました。そのことについて、貴女はもっと怒りを覚えるべきです」

「怒り……ですか。しかし、殿下もお兄様も、必要だと思ったから実行に移したのでしょう? 私も貴族の娘に生まれた身ですから、その点については理解しているつもりです」

「…………本当に、そうお思いなのですか? 他に何も思うところはない、と?」


 メイベル様が探るような目をこちらへと向けてくる。

 私はそれに曖昧な笑みを浮かべながら、


「ええ、私は、今回の件で殿下や皆様の足を引っ張ることなくお役に立てたこと、とても嬉しく思います」


 そう答えた。するとメイベル様は信じられないといった様子で、


「信じられない……貴女、そんな性格でこの先、大丈夫なの……?」


 と、淑女らしからぬ口をきいた。

 あの暗闇で聞いた言葉遣いを思い出し、これが彼女の地なのだなと改めて理解する。

 しかし仮にも自分の恋人である殿下の婚約者として振舞っていた(わたし)を心配するとは……メイベル様の方こそ、お人好しと呼ぶに相応しい。


 ああ、彼女がもっと嫌な人だったら、私も殿下を奪ってやるぞ――みたいな、そんな気持ちになれたかもしれないのに。

 聡明で行動力があり、殿下からもお兄様からも信頼されているメイベル様が相手では、勝ち目など絶対にない。それに私自身も、彼女のことが嫌いとも、憎いとも思えない。

 人の心は無理に捻じ曲げることが出来ないのだ……それをしてしまったら、今度は私がグレタ様に、カペラ様になってしまう。


 ――それだけは絶対に嫌だから、私の夢もここで終わりなのだ。


「……アルマダ侯爵令嬢……いえ、よろしければメイベル様と呼ぶことをお許しください」

「え、何ですか、突然……」

「この度は毒の脅威から私の命を救っていただき、まことにありがとうございました。この命を無駄にせず、これからの人生を悔いのないものにしていこうと思います」

「――……なんで、改めてそんなことを仰るんですか?」


 怪訝そうな顔をしているメイベル様に、私は気持ちを押し殺して、笑って見せた。

 まだ完全に殿下への恋心を消し去ることなんてできていない。

 それどころか、一生この気持ちを抱えて生きていくことになるかもしれない。

 それほどまでに、彼と過ごした時間は――彼の瞳は、彼の言葉は、彼の手の感触は、私の中に深く残っている。

 ……それでも、ここで笑うことが、自分の矜持であり、貴族令嬢としての責務だ。


「メイベル様には、私の気持ちを知っていて欲しかったからです。私は殿下の選択を正しいものだったと思っています、だから、メイベル様もどうか気に病まないでください」


 貴女の身代わりとしての、囮としての婚約者だったけれど。

 私は殿下も貴女も、何の憂いもなく幸せになって欲しいと思う気持ちも確かに本物だから。


「だからどうか……お幸せに」



 ――――その夜、私は一人で侯爵家を自分の足で出て行った。


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