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王太子殿下との婚約


「リーフィア・クライン侯爵令嬢。私の伴侶として、この国を共に支えて欲しい。受け入れて貰えるだろうか?」

「……本当に、私でよろしいのですか?」

「勿論。君でなければ駄目なんだ、リーフィア嬢」


 真摯なオニキスの瞳に、私は顔が熱くなるのを確かに感じた。

 この国の王太子であるゼノン殿下からの求婚。

 貴族令嬢ーーいえ、年頃の少女ならば誰もが一度は夢見る事態が、いま私の目の前で起こっている。


 私はすぐさま頷きたい衝動を堪えて、横に視線だけ動かした。ここは我が家の応接間で、いまここには私と殿下の他に三人の人物がいる。父と母、そして兄だ。


 父は私のアイコンタクトに気付き、苦笑いを浮かべた。兄は眉間にシワを寄せつつも軽く頷いており、母は扇子で顔を隠しつつも、楽しそうに目を細めている。


 三人の表情を確かめ、私は心の底から安堵した。改めて真っ直ぐに殿下を見つめ、ゆっくりと口を開く。


「……ゼノン殿下、私で良ければ、喜んでお受けします」

「っああ、こちらこそ宜しく頼む、リーフィア」


 私の手を取り、唇を寄せる殿下に心臓が痛いほど高鳴る。


 嬉しい、嬉しい、嬉しい……!


 リーフィア・クライン、16歳。親王派筆頭クライン侯爵家の長女であり、長らくゼノン王太子殿下の婚約者候補の一人だった娘。それが私。


 そんな私が、ずっと憧れていた人に婚姻を望まれ、家族もそれを受け入れてくれている。


 ああ、なんて幸せなんだろう。自然と目が合い、微笑みを交わす。殿下の目映く輝く銀糸の髪がさらりと揺れるのさえ、愛おしい。


「……こほん。殿下、少しよろしいでしょうか?」

「…………なんだ、アルフォンソ」

「妹との婚約は認めますが、過度な接触はお控えください」

「お、お兄様……!」


 私は堂々と殿下に不敬を働く兄に顔を青くする。だが、当の殿下はさして気にした様子もなく、ただ名残惜しそうに私の手を放した。


「節度は守るよ。他でもないリーフィアの為にね」

「当然です。我が家の天使を手に入れるのですから、殿下には相応の努力と誠意を見せていただかないと」

「お兄様! 殿下に失礼なことを言うのはやめてくださいませ! 私の方こそ、これから殿下の足を引っ張らぬよう一層努めるべき立場ですのに……っ」

「いやいや、リーフィアは既にどこに出しても恥ずかしくない立派なレディだから問題ない。王太子妃教育はこれから大変だろうけど……」

「覚悟の上です。殿下や王家の皆様は勿論、我がクラインの名に傷をつけないよう、信頼に値する存在となれるよう、精進いたしますわ」


 私の言葉に両親は「立派に育って……!」と感極まり、兄は「やっぱりリーフィアは嫁には出さない! 俺が養う!」などと戯れ言を口にする。

 大好きな自慢の兄だが、殿下の前では恥ずかしいのでやめて貰いたい、切実に。

 思わずため息をついた私は、呆れられてはいないか不安になって隣にいる殿下をそろりと窺い……結果、ばっちり目が合った。言葉に詰まっていると、殿下はクスクスと小さく声を溢した。


「……愛されているね、リーフィアは。私も負けてはいられないな」


 そう言って楽しそうに、18歳という年齢相応の笑みを浮かべた殿下に。私の目は釘付けとなってしまう。

 眉目秀麗にして文武両道。そのうえ穏やかな性格で、誰に対しても誠実と評判のこの方は、まさに理想の王子様そのもの。

 そんな方が、私との未来を望んでくれている。

 勿論、この婚姻は政略によるところも大きいだろうけれど、殿下の瞳からはそれだけでない情を確かに感じた。

 ……ならば。私は殿下の為に、この国の為に、最善を尽くすのみ。


「ゼノン殿下……お慕い、しております……」


 自然とそう口にしていた私に、殿下は目を丸くする。それから心底嬉しそうに、頬を染めてはにかんだ。


「あぁ、私も。君だけを愛すると誓うよ、約束する」


 思えば、この瞬間が、リーフィア・クラインにとって人生最良の時だったに違いない。

 まさか、たった三ヶ月後に。



『……リーフィアには申し訳ないけど、このまま騙され続けて貰わなければならない。彼女は何も知らないままでいい。むしろ気づかれると面倒なことになる』



 最愛の人から、信頼されてなかったと突きつけられることになるなんて、思ってもみなかったから。

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