表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

後編①


 ≪お腹を満たす幸せの魔法≫亭は午後の四時を少し過ぎたところである。昼から夜に掛けて営業しているお店が、少し息をつける時間帯でもあった。と言ってもお客さんは教会からのお食事券を携える人々などが、気を遣って混雑を避けてやって来る時間帯でもある。

 十五歳になったベアーテは一番上の兄と共にその対応をしつつ、夜の混雑に備える準備を合間に進めながら店番をしていた。

 ただいま、と軽やかなベルの音と共に店の入り口に戻ったのは客ではなくて、外に出ていた両親であった。両親は兄とベアーテが揃っていればこの時間、店を抜けても大丈夫、としたらしい。母は父を引き連れこれも仕事のうち、と評判が良い店の存在を調べて客として足を運ぶのだ。仲の良い夫婦である。


 父は注文を待っているお客さんにどうも、と軽く挨拶をした後は、そそくさと仕事に戻る着替えのため、奥へ入って行った。それとは対照的に、母はお洒落な恰好のまま、その場に留まって本日の収穫について饒舌に喋り始めた。

 

「内装が綺麗で、何より看板娘がなかなかしっかりしている、良いお店だった。若い女の子はああいう店がきっと気に入るに違いない。盛り付けにもこだわりがあって」


 両親が向かったのは主に女性客を当て込んだ、ふわふわのパンケーキのお店だったと記憶している。≪昼下がりのお茶会≫亭とか、確かそんな名前だった。

 若い頃の母は父の味に惚れ込み、それまでの仕事を辞めてまで押しかけ、そして最終的には共に店を切り盛りする相手として認めさせたすごい女である。へえ、と留守番組が手元に集中している横で、母はまだおしゃべりがしたい様子である。空いている席に腰かけて持ち帰り分を待っている客に向かって、話を振った。


「うちにも素敵な看板娘がいてくれたらって、いつも思うんですよ。魔術師様もそう思いませんか?」

「……その手の話の私見は、こちらに求めない方が賢明かと」

「いやでも、十年来の常連さんですし」


 母が話を振ったこの人が誰かと言えば、ベアーテを魔術塔のどこかでフェイリムに引き合わせた、あの魔術師ヴェルナーである。服装は非番なためか仕立ての良さそうな品の良い物で、ほとんどの魔術師に共通している不思議な銀の髪も、気にならなくなる程度には見慣れてしまった。

 急に話を振られて困っている相手に対し、いつも来て下さってありがたいです、と兄が愛想よく口を挟んだ。ベアーテは先に揚がった芋に味をつけるのに集中しているフリをしてやり過ごす事にする。


 そろそろ年頃と言って良い年齢のベアーテは、容姿こそ母の良いところを上手に受け継いだ、と言われるけれど、中身は完全に無口な父親寄りであった。できる限り笑顔で丁寧な接客を心掛けているけれど、母のお眼鏡には到底かなわない。余計な口を挟まないのが、この場においての利口な立ち振る舞いに違いないと確信した。いつ、こちらに火の粉が飛んで来てもおかしくないのである。ちなみに兄が話の矛先を彼に向けているのも、そろそろ良い相手はいないのか、と詮索されるのをさりげなく躱しているつもりなのだ。



 もう五年近く前になるあの日、ベアーテはフェイリムと遅めの昼ご飯を一緒に食べて店に戻った。何だったんだあの客、と顔を顰める父や店に居合わせたお客さんに、仕事上仕方のない事らしいよ、と説明して回った。本物の魔術師は見た事がない、という人も多く、物珍しさからかしばらくその話題が続いた。

 その魔術師、ヴェルナーが一月程経った頃、再び店先に現れた際には空気が張り詰めたけれど、父への第一声が先日の不躾な訪問を詫びる台詞であった。そういうわけでこちらも、大変なお仕事のおかげで平穏に暮らせます、と穏やかな言葉を返したのだった。

 それ以来なんだかんだで月に一度は顔を見せ、当時は一人分買っていたのを今は三人分、最近は五人分も購入している。


 ベアーテはフェイリムから聞いた話として、魔術師達が精神的、肉体的な負担に晒されながら仕事に従事している事実を知っている。彼らに対してもどのように対応するべきか悩むのだけれど、母にはそれなら尚更気晴らしがしたいのでは、と一蹴された。嫌ならわざわざこんな下町の店まで来ない、普段は値段も品質も比較にならない程に良質な食事をしているだろうから、と父に諭されたので、とりあえず様子を見ている。



「率直な意見を聞かせて下さいよ。せっかくなんですから」

「……ここはとても良い店だと思いますし、……魔術師は、あまり人の事を言える立場ではないので」

 

 父が一流の料理人であるならば、母は一流の接客担当である。一見すれば雑談をしたい客かそうではないかはすぐわかる、と言う。ベアーテもその秘訣を探ろうとお持ち帰り用の大きなカゴを用意しながら、こっそりやり取りを観察した。

 店にやって来た当時は精巧な人形だと言ってもうっかり信じてしまうくらい表情も声も硬かった魔術師ヴェルナーだが、現在は髪の色を除けば普通の青年と大差ないように思えた。意見を求められて適当な返事で誤魔化さずに考え込んでいるあたり、かなり真面目な人柄が窺える。たまには仕事に関係のない人間と交流したいのだろう、という母の推察も、的外れではないのかもしれない。



「魔術を行使する特性上、最近は特に余暇の時間をより良いものにする事が陛下により推奨されている。幼少期に起因する幸福な記憶、経験の少ない魔術師の場合はより深刻で」


 この手の話題を魔術師本人の口から聞かされて、ベアーテの頭の中は親友への心配でいっぱいになる。限界を超えてしまったらどうなるの、と幾度となくベアーテは彼に問いかけてみたけれど、彼はいつも曖昧な笑みで誤魔化そうとするのである。


「適度な運動、景観の良い場所、音楽鑑賞、観劇、小旅行、満足度の高い食事や豊かな交友関係。芸術に関連した創作活動や嗜好品の購入、愛玩動物の貸与などもある」


 教本を読み上げているかのような声を聞きながら、そんな事にまで職場に口を出されたくないな、とベアーテは思ってしまう。そんな厨房に入り浸っていたら仕事中毒になるよ、と母に度々脅かされているので、正直に言って耳が痛い。ベアーテ自身は高い目標に向けて日々精進するという、とても実りある日々を送っているのだと、自分に言い聞かせた。


「……貸与って。すらりとした黒猫とかですか、やっぱり」

「私に貸与されたのは丸っこい赤茶色のブチ猫と足が短い犬なので……」

「絶対可愛い奴じゃないですか、それ」


 次は湯がきした鶏肉をおまけしますよ、と笑いながらの兄の提案を不要、と断らない辺りはそれなりに可愛がっているのかもしれない。

 

「私達のよく知っている魔術師さんは、あまりそういう影響は無さそうな気がするんですけどねえ」

「……魔術師フェイリムは特別なので」


 彼の口から親友の名前が出るのと、ちょうどドアベルが鳴るのはほとんど同時だった。いらっしゃいませ、と音に反応して顔を上げると、やあやあと彼は元気に店内へとやって来た。仕事中なので目線だけの挨拶だけれど、彼はそれでも十分な様子で、いつものように明るい笑みをこちらに向けた。仕事が終わったところなのか、暑そうな黒いローブを小脇に抱えている。


 十五歳のフェイリムは今のところ、魔術師に特有の銀にはならず、相変わらず赤茶色の髪と緑の瞳は、猫みたいな組み合わせである。彼には魔術の行使の悪影響がほとんどない、というのは随分有名な話で、ここのご飯を食べてゆっくり寝れば平気、と実にのんきな言い分である。

 しかし周囲の親しい人間や同じ仕事に従事する魔術師達、そして彼らの働きによって平穏な暮らしを享受する全ての人々に、彼の健在は希望であった。どういう要因によって彼が無事でいられるのか、それが他の魔術師にも応用ができるのならずっと負担が減るはず、と彼の周囲は明るい話題が多い。


「誰か、僕の名前を呼びませんでしたか? ベアーテかな」


 お疲れ様です、とフェイリムはまだ空いている店内を見渡し、でき上がったお持ち帰りセットを受け取った同じ職種の人間に丁寧な挨拶をしつつ、いつもと同じカウンター席に腰掛ける。お先に失礼、と立ち去った姿を見送りながら、ベアーテは無関係である事を示すために、両方の手のひらでバツ印を作った。


「相変わらず仲良しねえ、あなた達」


 お水を出しながらの母の声に、当然ですよ、と彼は無意味に胸を張っている。 なんだか拍子抜けしてしまう程、彼が魔術師になったからと言って、何かが変わるわけではなかった。相変わらず気の良い青年で、≪お腹を満たす幸せの魔法≫亭の熱心な客のままである。


 僕が忘れてしまっても、という約束をベアーテは一字一句忘れずに覚えていたけれど、その出番はどうやら今のところなさそうな気配だった。


「それでごめん、結局何の話していたの?」

「……魔術師の人達はより良い生活のために愛玩動物をもらえるって話。フェイリムはないの?」

「うん、検査の人が不思議がるくらいに何ともないからさ、おかげで愛玩動物の貸与は見送りになった」


 犬飼いたかった、としみじみ呟く彼に揚げたての骨付き鶏を出してやると、彼は目を輝かせた。フェイリムは仕事から戻るとこうしていつも、出入り口に一番近いカウンター席を一つ占領して、食事を求めて並んでいる人達と楽しそうにお喋りをする。常連さんだけでなく、初めて顔を合わせる人にもおすすめを尋ねられれば好みを聞き出して、と食事を待つ人々の輪の中心にいる。まるで看板娘のような役回りを、誰に言われるまでもなく進んで引き受けていた。


「エリソンさん、いつもすまねえな」

「わかるよおじさん! だってここのご飯が一番美味しいからね」

「……そんなに褒めたって何も出ねえぞ」


 という具合で申し訳なさそうな顔でお金ではなく、教会が配っているお食事券を差し出す人には、料理が美味しくてついつい来てしまうんだと話をしながら、自分の分を実に美味しそうな顔で口に運んでいる。父は父で、何も出ないと言いながら、たまにフェイリムのお皿に小さい揚げ鶏を追加する。

 今は魔術師さんまたね、とこれまた教会経由でお店の簡単な仕事を手伝う代わりにおかずをもらって帰る子供達に手を振っている。ベアーテはこっそり観察しつつ、いつものように幸せそうな顔で骨付き揚げ鶏を待つ親友をよそに、夜の混雑に備えた。









「お疲れ様、ベアーテ! 今日の揚げ鶏は格別に上手く行ったんじゃない?」

「うん、今日は一発で父さんが通してくれたんだ」


 混雑が一段落した頃、今日は留守番していた分を早く上がらせてもらった。まかない分をもらって厨房から出ると、すかさずカウンター席から声を掛けられる。着替えて来る、と一旦奥へ引っ込んで、先に汗を流してさっぱりとした格好に着替えた後、ひらひらと手を振って呼ばれるままに、ベアーテは彼の隣に座った。仕込み当番の日をあらかじめ伝えておくと、予定が合えば試食を兼ねて来てくれるのである。



 ベアーテは父の下で修業を重ね、本気で料理人を目指している。どうですかね、と父に最終工程付近まで到達した料理の味見をしてもらうと、塩のほんの一摘み、砂糖の匙一杯にお酢の一振りに食材の水気や焼き時間のわずかな加減だけれど、そのひと手間が加わると格段に美味しくなる。その腕前を見せつけられる度、跡継ぎでもある長兄とベアーテは次こそ、と意気込むのであった。そこに仕入れや接客、経理や教会との折衝まで絡んで来れば、まだまだ覚える事はたくさんあった。


 今日の揚げ鶏の仕込みはベアーテが担当し、珍しく修正なしで客に出せた記念すべき一皿であるので、フェイリムではないが一本ずつ味わって食べる事にする。味つけの配合や肉の柔らかさや衣の具合をできるだけ頭に刻み付けるようにした。フェイリムの方もどこか名残惜しそうに最後の一本に手をつけて、肉の一かけらも残さず平らげた。お金の面から言えばかなり安い部位なのだが、彼は実に幸せそうな顔だった。


「……フェイリム? 他になんて聞いたらいいのかわからないのが申し訳ないんだけど、本当に大丈夫? 何かあった時は早めに言ってね」


 お腹がいっぱいになった後、ベアーテはまだ夕食時の混雑が始まる前の、魔術師の話がまだ気になっていた。普通の魔術師に比べて彼は随分特別なようだけれど、それならそれで大変な事も多くあるはずだと思うのに、彼がその手の話をあまりベアーテに打ち明ける事はない。今も、彼は余裕たっぷりにこちらを見つめている。


「心配してくれている?」


 当たり前、とベアーテは言った。すると彼は手の平を広げ、五本の指を示す。魔術の行使による悪影響は五段階で評価、一から始まって五は命が危ぶまれるレベル、と説明してくれた。


「……あの人、魔術師ヴェルナーは四に片足突っ込んだけど、どういうわけか回復したんだよね。上も不思議がって色々調べたんだけど、結局わからずじまい、という事になった」

「……それって結構、重要な事ではないの?」


 魔術師ヴェルナーは考え得る限りの手を尽くして命拾いしたはいいが、結局何が効果的だったのかは不明瞭のままであるらしい。彼に起きた出来事は、揚げ鶏が生肉には戻せないのと同じで普通はありえない、という微妙に卑近な例を持ち出す。普通は起きえない事があの魔術師に起きたのなら、もっと騒がれても良いはずの出来事だろう。悪影響がほとんど出ていないらしいフェイリムに匹敵するのでは、ともちろん、と彼は頷いた。


「上も色々調べてくれたんだけど、それこそ共通点なんて、≪お腹を満たす幸せの魔法≫亭の常連だって事くらいしかないんだよね」


 要するに今のところはまだ原因不明であるらしい。そっか、とベアーテはその台詞を素通りして、フェイリムが微かに目を泳がせたのは見逃した。


「だから僕みたいに両親が普通に健在でそれなりに楽しい子供時代を過ごして、美味しい食べ物を知っていればそこまで心配する事じゃないよ。強いて言えばベアーテ、骨付き揚げ鶏を一本食べるとお腹が幸せで満たされるのに、一本食べ終えてしまったという微かな悲しみが同時に押し寄せるのが、目下の憂鬱」

「……そこまで思いを馳せてもらえれば、ご飯も本望だと思うよ」


 ベアーテはいつものように適当にあしらった。色気より食い気、という言葉のよく似合う幼馴染である。たまにご両親を連れて来店する時もあり、父がもっと良い店があるじゃないかと呆れるが、隣人一家はこの店を随分と贔屓にしてくれている。


「色気より食い気だね」

「あ、知っている? そのことわざは……」

「あれでしょう、私は上辺に惑わされない、って意味合いもある」


 そのとおり、と彼は嬉しそうな反応だ。見た目に惑わされる事はなく、そして五感のうちで味覚を使用する段階では既に身の内に取り入れているから、と説明されれば一応納得はする。しかし正直に言うと食いしん坊を指摘された事への言い訳のような気もするが、子供の頃に全く同じやり取りを彼として、真偽を本で確認した記憶まであった。


ベアーテは親友の無事に安堵するけれど、自分の事に関してはやや焦りがある。研鑽を積み、父の技術を身につけるのにあと十年もかからないよ、と父は言う。その言い方をするならのならば、あと少なくとも五年以上は修行の日々だろう。それは全く構わないのだが、けれど第一線に既に身を投じて活躍しているフェイリムの話を聞くと、まだまだ自分が道半ばである事には複雑な思いがあった。 


「ベアーテもお腹いっぱいになった?」


 まあね、とベアーテは物思いに耽っていたのを引き戻され、慌てて頷いた。お皿を片づけて来るよ、と彼の分も回収しながら、店内の様子を窺った。八時を過ぎ、お酒を飲みたいお客さんは既に別の店へ移動していつもなら落ち着く時間帯であるが、本日はいつもよりまだ食事を楽しむお客さんの姿が多い。既に軍に入隊した一番下の兄が、同僚達と歓談している姿が見えた。


「夏至祭り近いからじゃない?」


 席に戻って、フェイリムに指摘されてようやく思い当った。店はお祭り中に休みはなく、店は通常営業どころか教会の炊き出しに人員を割く上に給仕として雇っている女の子達も交代でお休みを取るのでいつもより忙しいのであった。軍人達も、これから警備関係で忙しくなる景気づけでもしているのだろう。


「僕達、もう十五歳だよね」


 食べ終わった彼はこちらを意味ありげに見るので、すっかり忘れていたとベアーテは返事をした。この間ようやく春になったばかりだと言うのに、昼間は既に夏の陽ざしが照り付けつつあった。

 大人に一番近い年齢であり、女の子達は特別な花飾りを自作して身につける風習があった。それは今後の人生において重要な出来事、結婚の準備が整っている、という合図でもある。


 その花飾りを意中の相手につけてもらう事ができたら、とそんな事をしてくれる間柄なら添い遂げる事になるだろう、と他愛のない噂もあるので、ベアーテのように仕事しか頭にない女でなければ、もっと真剣に取り掛かっている事柄でもある。

 花飾りだけでも調達しておくべきだろうかと考えていると、ねえベアーテ、とフェイリムから改まったような声で呼ばれて目をやった。彼は意味ありげに目配せしてみせた。


「今からちょっと、二人で話せない?」


 今から? とベアーテはオウム返しに聞き返した。今までの時間は一体何だったのかという質問を、彼は了承の返事と解釈したらしい。彼はさりげなくベアーテの右手首に触った。明るい店内から一転して、辺りは涼しい夜風が通り抜けた。座っていた身体はふわりと浮いて、彼の手に導かれるようにして着地した。


「……いきなりどうしたの、というか無駄撃ちしないでよ」


 その気になれば≪魔の森≫付近まですぐに移動する事ができる魔術だが、見慣れた≪お腹を満たす幸せ≫亭の明かりが見える、直ぐ近くである。夏至が近く薄らと明るい夜の空の下、まだ人通りも多かった。


「こんな距離なら使ったうちに入らないから大丈夫」


 おじさんに怒られるからね、と彼は苦笑した。支払いももう終わったから、と一応の説明も入った。

 ベアーテの手をとっているのと反対の指先は、淡く光を灯した腰に提げた剣、ではなく彼の特注品の魔法の杖に触っていた。カッコいい軍人になりたい、と憧れた少年時代の名残りとして、どうせ普通の杖は折ってしまうのだから、と謎のこだわりである。他の魔術師からは奇異の目を向けられる、と本人は嘆くけれど、かと言って改める様子もないので、彼は割と神経の太いところがあるとベアーテは思っていた。


「それでベアーテ、……夏至祭り、僕と来て。それから花飾りの件も」


 他の男に触らせないで、と彼の用件は非常に短かった。けれど仕事終わりと美味しいご飯で少し眠たかったベアーテが、思わず目を瞠るのには十分過ぎた。


「……僕が一番好きな女の子。気持ちが変わらなかったんだから、しっかりはっきりしておくべきだと思わない?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 最後の言葉にキュンキュンしすぎて、思わず「あああ…」と呻き声が漏れました。こんな素敵な小説をありがとうございます!フェイリムの色合いがすごく好きです。作中に沢山出てくるので、ベアーテもそれ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ