05.始まってしまったどうしようもない物語
04で表記されていた『騎士の誇り』の表記を修正しました。
修正前→【騎士】のパッシブスキルである『騎士の誇り』は、HPとVITを20%アップし、食いしばりが付与されるという破格の効果を持つ。
修正後→【騎士】のパッシブスキルである『騎士の誇り』は、「戦闘時にHPとVITを20%アップし、食いしばりを付与する」という破格の効果を持つ。
最初に入ってきたのは、ガヤガヤとした騒々しい音だった。
至る所から話し声や、人が行きかう音が聞こえてくる。
背後からは水の流れる音、少し遠くからは馬の嘶き声。
肺に入る空気は少し冷たく、まるで、大自然のど真ん中にいるような清々しい空気だった。
突然巻き起こった風は、私の髪を弱く撓らせ、少しばかり肌寒さを感じさせる。
私は大きな期待を胸に、ゆっくりと目を見開いた。
「………………、……………………なんだ、これは」
そこは、異世界だった。
多種多様な種族が齎す、広大な人の波。
大通りを駆け抜けてゆく、煌びやかな装飾が施された馬車。
所狭しと立ち並ぶ屋台に群がる民衆と、それを笑顔で対応する店員。
清々しいほどの快晴の中を浮遊する、無数の島々。
私は、心ここにあらずといった顔でその光景を見つめ続けた。
しばらくの間、この光景を眺めていると、胸にふつふつと滾る感情があった。
それは、簡単には言葉で表せない、沢山の感情が渦まいた混沌としたナニカだった。
【アイディール・オンライン】のCMを見た時以上の、激しい感情の起伏。
こんな大きな感情は産まれて初めてで、どうしたらいいのか……正直言って、わからなかった。
私の大きくなった胸でも、この感情を押さえつけることは到底叶わない。
――この感情を、この心に燻る激情を、爆発させたい。
ふと、頭にそんな言葉が過った。
それは、普段の私では絶対に思いつかないはずの、実に愚かな考えだった。
私は今までの人生、人の目を気にし続けて生きてきた。
理由は覚えていない。気づいた時には、そんな人間になっていた。
誰にも馬鹿にされない、誰にも蔑まれない、誰にも見下されない……そんな人間になろうとしていた。
完璧であることを常に自身に枷し、己を律して生きてきた。
……そんな私が、感情を爆発させる?
今までの私と、全く真逆の存在ではないか。
苦労が水の泡だ。そんなことをすれば、私を取り巻く環境は一瞬にして崩壊するだろう――現実であれば。
見渡してみろ、この素晴らしき世界を。
体感しろ、この目を覚ますような最高のリアルを。
この世界では、私は「一之瀬康葉」ではない。どこからどう見ても、凌辱されそうな女騎士「アーネスト」だ。
ならばもう……人の目を気にする必要はない。
全力で叫べ、全力で駆けろ、全力で生きろ――この素晴らしい異世界をッ!!
さあ、アーネストとしての産声を上げろッ!! ここから始まるんだ。私の――【アイディール・オンライン】がッ!!!!
「ハロォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!! ニュゥゥゥゥゥゥワァァァァァァァァルドォォォォォォォ――――――――ッッッッ!!!!!!」
こうして、【ユートピア】に新たな変態がとんでもない産声を上げた。
この日、この時を持って、【アイディール・オンライン】に……アーネストという台風の目が巻き起こす、超絶怒涛で波乱な運命が確定したのであった。
◇
爽快な気分のまま、背後にあった噴水の縁に腰を掛ける。
やたらと視線を感じたが、そんなものは気にもならなかった。
今の私は、実質無敵状態だ。
「ステータスオープン」
口元を薄気味悪く歪めながら、そう言葉を口にした。
目の前に、私のステータスが記載されたホロウィンドウが浮かび上がる。
――――――――――――――――
PN:アーネスト
LV:1
JOB:騎士
3,000ゴールド
HP(体力):30(+10)
MP(魔力):10
STM (スタミナ):20
STR(筋力):15
DEX(器用):15
AGI(敏捷):10
VIT(耐久力):25(+25)
LUC(幸運):5
スキル
攻撃スキル
・ペネトレイト
職業スキル
・ヘイトストーチ
パッシブスキル
・騎士の誇り
装備
右:駆け出し騎士の剣
左:駆け出し騎士の盾
頭:駆け出し騎士の兜(VIT+5)
胴:駆け出し騎士の鎧(VIT+5)
腕:駆け出し騎士の手甲(VIT+5)
足:駆け出し騎士の足甲(VIT+5)
アクセサリー:無し
セット効果
駆け出し騎士の誉れ(HP+10、VIT+5)
――――――――――――――――
ステータスの閲覧は、この世界に来たら一番初めにやろうと思っていたことだった。
【アイディール・オンライン】が届くまでの間、ネットで様々な動画を見漁ったが、その中でもこの行動は非常に印象的であった。
特に、戦闘終了直後に開くステータス画面は――何故だか、とてもカッコよく見えた。
「おおっ、これが私のステータスか!」
ネトゲ専用単語の隣に、ちゃんと説明が書いてあるのが良心的だ。
しかし、パッとしないステータスだな……開始早々で言うのもアレだが。
次はアイテム欄を開いてみようかな。
「ええっと、確か……インベントリオープン?」
あまり使い慣れない単語だったため少し不安があったが、どうやら合っていたようだ。
ステータス欄を押しのけて、インベントリ欄が表示される。
てっきり、中身はからっぽかと思っていたが、案に相違して幾つかの物資が入っていた。
――――――――――――――――
・回復ポーション(小)×20
・スタミナポーション(小)×20
・解毒薬×5
・解痺薬×5
・解眠薬×5
・万能薬×3
――――――――――――――――
「なるほど。所謂、初心者特典というやつか」
最初から所持金が3000ゴールドあったのも、その要素の一つだろう。
全く、粋な計らいをしてくれる。
「……さて、やりたいこともやったし、そろそろチュートリアルを進めるとするかな」
「ギルドへ向かおう!」と画面右上に書かれた、凄く主張の激しい吹き出しをタップする。
すると、突然出現した光が目の前で盛大に弾け、何処かへと向かって行った。
光の残留が、向かうべき方向を示してくれているようだ。
「ほほう、ナビゲート機能か! 随分とかっこいい仕様じゃないか!!」
意気揚々に立ち上がり、光の残留を辿ってゆく。
これは凄いな。人だかりを避けて導いてくれるから、とてもスムーズに進むことが出来る。
「細かいところまでよく作りこまれている。プレイヤーへの配慮が素晴らしいな」
光の残留を辿りながら、街の景色を見て回る。
やはり、ゲームだとは思えないほどの作り込み具合だ。
こういったファンタジーな街中を歩いていると、心の中で熱く燃え上がるものがある。
とてもワクワクして、ついつい口元がニヤついてしまうのだ。
「(このゲームをプレイしている人は、みんな同じ気持ちなのかな……だったら良いなあ)」
ふわふわとした感覚で街中を歩いていた。
そんな時だった。
家の花壇から、植木鉢が落下したのを目撃したのは。
「――ッ!?」
落下地点はここから少し先で、そこには子供の姿があった。
一瞬にして感覚が研ぎ澄まされる。
「(子供が危ないっ!)」
気が付いた時には、私の体は動いていた。
家の二階にある花壇から、植木鉢が中の土を撒き散らしながら落下していく。
周囲の動きが、街の光景が、全てゆっくりと動いているように見えた。
「(間に合え――ッ!)」
子供が植木鉢の影に気づき、上を見上げた。
少年は、やっと自分の危機的状況に気が付いたようだが――既に全てが遅すぎた。
状況に気づき、咄嗟に見てはいけまいと顔を覆う町娘。
少年の方へと振り向いた、先ほどまで少年と追いかけっこをしていた少女。
何も出来ずに、呆け面のまま固まる少年。
そして、衝突の寸前――少年の襟首を掴んだ私。
「あっ」
強引に後ろ側へと引っ張ると、少年から吐息にも似た声が漏れた。
慣性の法則で前に出た私は、ログインしてからずっと左腕に装備させられたままだった盾を構える。
――バリィンッ!!
衝突の衝撃で植木鉢は粉々に砕け散った。
少しばかり周囲に散乱したが、少年の近くには誰も居なかったため被害はなかった。
不幸中の幸いというやつか。
「……ふぅ、危なかった。盾が丸いやつじゃなくて助かったな。平面の盾でなければ、もっと広範囲に破片が飛び散っていたかもしれん」
状況を整理していた私だったが、ふと我に返って、背後にいる少年に微笑みかけた。
少年は未だ、心ここにあらずといった顔をしていた。
「少年よ、無事か?」
「………………」
こういう時は「もう危機は去った」といち早く安心させてあげるのが大切だ。
最悪の場合、トラウマになってしまうかもしれないから。
「――うっ、うわぁ~~~んっ! 怖かったよぉ~~~っ!!」
「おっと……よしよし、もう危なくないからな」
抱き着いてきた少年を受け止めて、頭を撫でて安心させてやる。
すると突然、私の目の前にホロウィンドウが表示された。
《突発クエストクリア! クエスト名『少年を救え!』 報酬が送られます》
「…………突発クエスト?」
私はその文字を見て首を傾げた。
0:00にもう一話投稿する予定です。
おまけ話
この突発クエストはチュートリアルのうちの一つで、確実に発生する。
職業、時間帯、場所などによって突発クエストの内容が変化するというランダム性を持つ。
突発クエストはその性質上、発生していても気づけずに通り過ぎてしまうことが多々あるが、チュートリアルなので結構わかりやすい突発クエストが発生するようになっている。
勿論、無視して進むことも可能だが……その場合、張り込んでいる先輩プレイヤーに報酬を横取りされるぞ!
※張り込み先輩プレイヤーズ。最初の街を徘徊する変態共で、初心者が見落してor無視して行ってしまった場合、代わりに突発クエストを解決する陰の戦士たち。
鉄則として、初心者からの突発クエストの横取りはしてはいけないという絶対ルールが存在している。
もしもルールを破った場合、集団でリスポ狩りが行われて二度と最初の街には入れなくなる。
張り込み先輩プレイヤーズ外の中級者or上級者がそれを行った場合でも同様の処置を取られるのだとか。
彼らはあくまで、初心者のお零れを拾う陰の戦士なのだ。
ちなみに街の人からの評判は良いらしい。
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