01.覚醒の兆しは突然に
初投稿です。よろしくお願いします。
大和撫子を体現した女性。
それが私、一之瀬康葉の周囲からの評価だった。
「おっ、一之瀬さんだ。相変わらず美しいな」
「聞いたか? 一之瀬さん、今回のテストも学年一位だったらしいぜ?」
「知ってる知ってる。マジですげえよな。入学してから、これで何回目だ?」
学校へ向かって歩いている最中、私の噂話をする声が聞こえてきた。
それを気にも留めずに通り過ぎる。
「あっ、一之瀬先輩だ」
「うわ、本当だ……どうする、話しかけてみる?」
「えっ!? いや、ムリムリムリっ! 恐れ多くて話しかけれないよ~っ!」
通学中の噂話は、学校へ近づいていくほど数を増して行った。
そこに学年の壁は関係なく、誰もが私の噂話をしていた。
「おっ、おはようございますっ、一之瀬さんっ!」
「いっ、一之瀬さんっ! おはようございますっ!!」
校門前で、すれ違った女子生徒二人に挨拶をされる。
私は笑顔を浮かべながら挨拶を返した。
「おはようございます――川原さん、大野さん」
私はそのまま通り過ぎたが、名前を呼ばれた二人は硬直してしまったようだ。
少し経ってから、背後で叫び声にほど近い声が聞こえてきた。
「――わっ、わわわわわっ!? どっ、どうしよう六花ッ! 一之瀬さんに名前覚えられてたよぉ!?」
「おっ、おおおおおお落ち着いてっ、三葉ッ!? だって、あの一之瀬さんだよ!? 全校生徒の顔と名前を覚えていたっておかしくはないって!!」
流石にそれはないかな、と心の中で否定を入れながら玄関に入った。
靴を履き替えている間も、階段を上っている間も、私の噂話は絶えず聞こえてきた。
普通、これだけ噂をされれば変に気を張って疲れてしまうことだろう。
でも私にとっては、子供の頃からさして珍しくもない話だった。
「皆さん、おはようございます」
教室の扉を開け、挨拶をしながら入室すると、沢山の返事が返ってきた。
歓声にも似たそれらを浴びながら、自分の席へと向かって行く。
「おっは~、康葉。あと、学年一位おめでと~っ!」
席に座ると、前の席の友達――工藤美咲がこちらを向いて話しかけてきた。
私は、笑顔を浮かべながら言葉を返す。
「おはようございます。ありがとう、美咲」
「おろ? 今日はなんかご機嫌気味? いつもは学年一位を取っても、平然とした顔してるのに」
「……ふふっ、やっぱりわかります?」
「当然だよぉ~友達なんだから……で、何? ついに彼氏でも出来た? 出来ちゃった!?」
「いえ、全くそういう訳では」
教室中、至る所から安堵の溜息が聞こえてきた。
男子が聞き耳を立てていたのは知っていたが、これにはちょっと引いてしまう。
空気を変えるため、早速本題へと突入した。
「実は、漸く趣味を見つけれそうで……その機材が本日届くんです」
「へぇぇぇぇ!? 無趣味の康葉が、遂に趣味を! …………こっそりで良いから、私に教えてくれない?」
「駄目です」
「……だっ、大丈夫大丈夫。誰にも教えたりしないからさあ。ねえ? ヒントだけでも――」
「駄目です」
「でぇぇぇぇ!? なにその生殺し! 少しぐらい教えてくれても良いじゃん、けちんぼっ!」
ちょっとオーバー過ぎる美咲のリアクションを見て、小さく笑い声を上げる。
全く、相変わらず朝早くから元気な子だ。
「いつか教えてあげるから、ね? 今は我慢して?」
「いつかっていつさぁ~! 気になって夜しか眠れないよぉ~」
不貞腐れたように頬を膨らませ、私の机に上半身を沈める美咲。
その頭を優しく撫でて、慰めながらにして思う。
ああ、早くやってみたいなあ――【アイディール・オンライン】、と。
◇
私、一之瀬康葉が【アイディール・オンライン】に出会ったのは忘れもしない、一週間前の出来事だった。
ある日の、夕食時の食卓にて。
「わあ! すごい、すごい!! 【アイディール・オンライン】だあ!!」
私の弟、一之瀬勇太が突然立ち上がって、テレビの前まで全力で駆けて行った。
本当にいきなりのことだったので、止める間もなかった。
「あっ、こらっ! 勇太、お行儀が悪いですよ!」
「だって、だって~!!」
はあっ、と溜息を吐き出す。
勇太はまだ小学三年生なので、こう言ったことはしばしばあった。
仕方無しにと私も立ち上がり、テレビを遮るように陣取っている勇太へと足を進めた。
「こらっ! 食事中に立ち上がるのは、お行儀が悪いといつも言ってるでしょう!」
「そんなことより見てよ姉ちゃん! 【アイディール・オンライン】のCM!!」
「それなら座りながらでも見れるでしょう。ほら、戻りますよ」
「やだやだやだぁ~っ! ここで見たいのぉ~!!」
「…………全く」
私は掴んでいた勇太の腕を放した。
CMなのですぐ終わるだろう、そう思っての行動だった。
私はすぐ席に戻ろうとしたが、ふと、目をキラキラと輝かせる勇太が目に入った。
その姿を見て思う。
羨ましい。
私には、これと言った趣味がない。
作ろうと思ったこと事態は何度もあった。
裁縫、料理、小物作り、音楽、運動、習字……色々と試したけど、どれも、思いのほか長くは続かなかった。
そして、気が付けばもう高校二年生だ。
それに比べ、勇太はどうだろう?
ゲームを趣味として楽しんでいるではないか。
まだ、小学生なのに。
勇太や、私の友達のように、趣味を持って生きている人間が羨ましかった。
とても輝いているように見えて、とても羨ましかった。
「(…………ゲームか)」
ふと、魔が差して、私はテレビに視線を向けた。
それが全ての始まりだった。
――ガキィィィィイイイイイイイイイイイインッッ!!!!
目に入ってきたのは、全身鎧を着た大男が、巨大な化け物が振り下ろした拳を、大きな盾で受け止めたシーンだった。
拳を叩き付けられた盾はビクともせず、逆に、化け物が痛がっているようだった。
続いて、大男の仲間と思われる武器を持った二人が、化け物を同時に斬りつけた。
クロスを描くようにして斬りつけられた皮膚から血飛沫が舞い、化け物は天まで響かんばかりの叫び声を上げる。
追撃とばかりに、後方に備えていた魔法使いが巨大な火球を化け物に直撃させた。
化け物の肉体は焼き焦がされ、至る所の皮膚が爛れ、体中から煙を発する。
両手剣を担ぎ上げた最後の一人が、化け物へゆっくりと歩みを進める。
眩い光を放つ両手剣を上段から大きく振り下ろし、化け物の肉体を真っ二つに切り裂いた。
映像はそのまま真っ白な光に飲まれ、そこには「この世界では、誰もが主人公」という文字が。
【アイディール・オンライン】発売中、そう言葉を残してCMは終わりを告げた。
「やっぱカッケエよなあ……! 最高だぜ、【アイディール・オンライン】……!」
勇太はガッツポーズを決めて、その口元に笑みを浮かべた。
少しの間余韻に浸ったあと、席に戻ろうとして、ふと気が付いた。
私が、テレビの前から動けていないことに。
「あれ? 姉ちゃんどうしたの?」
私は、その言葉に反応を示すことができなかった。
「(う、嘘……っ。すっ、凄いッ、こんなのって……!)」
体内を駆け巡る、熱い感情の激流を押さえつけるのに必死だったからだ。
高鳴る心臓の鼓動は異常なほどに早まり、体中にうるさいほど鳴り響く。
脳は過度な呼吸を繰り返すよう強要し、呼吸は次第に荒げられていった。
胸元を握りしめ、なんとか平常心を取り戻そうと努力したが、このダムが決壊したかのような感情の激流は、収まる兆しを見せなかった。
「(凄い……っ。羨ましい……ッ!!)」
まるで、脳に焼き印を入れられたかのように、先ほどの光景を鮮明に思い浮かべることができた。
物理的にも、配役的にも最も輝いていた彼。
つい、「そこ代われ」と言ってしまいたくなるような、あの光景を何度も何度も何度も頭の中で繰り返し視聴する。
「(私もっ、あんな風に――)」
そこで私は気づいた。
自分の、どうしようもないほどに歪んでいる性癖に。
「(――あの化け物のように、ぐちゃぐちゃのボロ雑巾みたいな、サンドバックにされたいッ!!)」
一之瀬康葉。
私は――産まれながらにしての、生粋の『ドM』であったのだ。
話数を重ねる毎に、康葉ちゃんがキャラ崩壊していく様をお楽しみください。
もし少しでも作品が「面白かった!」「続きが気になる!」と思って頂けましたら、ブックマークや広告下の【☆☆☆☆☆】をタップorクリックして応援頂けると執筆の励みになります。