とある兵士と狂女の証言
前回から数年経った時間軸の話
他人から見た主人公のお話し
私が彼女を見たのは国境付近の村だった。警備の確認作業の為王都から派遣された時、警備長副官の娘であるという少女を見た。
美しい少女だった。太陽の光を受け輝く純白の白髪腰まで伸ばしている。夜空を当て込んだような深い紺の瞳。その顔立ちは麗しく、常に微笑みをたたえていて、優しく包み込まれるような眼差しだった。精巧に作られた人形のような完全な美しさ。人間を超えた容姿だった。思わず頭を垂れ、祈りを捧げる人間も居たという。そんな周囲の行動を見ても、さも当然であるように優しく微笑み「貴方の先行きに幸多からんことを」と言い、そっと手を取ったらしい。魔術にも秀でており、傷ついた者に治癒の魔術、病人に浄化魔術をかけている姿をよく目撃されたらしい、剣術も嗜んでおり父親から教わった剣技は師を凌駕したという。教養にも優れていて、慈しみの心を持って周囲に接していた。まさに神の遣いと言っても差し支えの無い聖女。其れが彼女に抱いた第一印象であり、この村で見た最後の姿だった。
ー少女の家が燃えたー
火付け人は彼女の母親であるらしい。直ぐに捕まり留置所で尋問を受けている。その目は濁りは狂人のように笑っていた。
「えぇ、確かにあの女の家に火を付けたのは私でございます。申し上げます。兵士様。アレは悪魔の子です。断じて私の子ではありません。おぞましい。醜悪な、魔性の類いです。だから浄化の炎で燃やしてやったのです。ああ我慢ならない。こんな所に居られません。早くあの女の死体を確認させて下さい。万が一にでも生きていてはなりません。アレは世の仇でございます。何もかも全て申し上げます。私めは名目上はあの女の母でございます。なのに今日までどんなに嘲弄されて来た事か。耐えられる所まで耐えて来たのです。村の皆に聞けば半分は魔女であると答えるでしょう。残り半分はすっかり毒気に犯された哀れな隷属であります。アレは傲慢な女だ。今まで世話を焼いてやったのに、一度として母親として扱わなかった。アレは自惚れ屋だ。私なんぞに世話されるのが口惜しいのだ。酷い引け目のように感じている節がある。女の勘です。わかるのです。アレは完全無欠であるかのように周囲から見られたいのだ。私は知っている。馬鹿な話だ。世の中はそんなものじゃ無いんだ。女として暮して行くからには、頭を下げて、慎ましやかに男の後ろを歩いていかないといけないんだ。他に仕様が無い。あの様相では私じゃなくとも他の誰かが焼いていたでしょう。ぞろぞろあの女について歩いて、脊筋が寒くなるような、甘ったるいお世辞を申し、神の遣いだ馬鹿げたことを夢中で信じて熱狂し、その神が直接介入して助けてくれると信じている、あいつらみんな馬鹿な奴らだ。あろうことか、私の夫まであの女に籠絡されたのです。長い遠征から帰って来た夫はあの女を見ると跪き滂沱の涙を流しました。異様な光景でした。そしてあの魔性は『顔をお上げになって下さい。今までさぞお辛い事があったのでしょう。私で良ければ話を聞かせて下さい。そして貴方の行く末に祝福あらんことを』と言ったのです。常軌を逸している。これが神官と哀れな迷い子であれば美しい光景でしょう。親子の語らいとしては狂っています。元々夫はあの女が神の御子であると信じきっていたようでした。鑑定スキル持ちの友人からあの女にあらゆる神の加護が着いていると聞いた時から確信に変わったようでした。あの悪魔め、人間を騙して遊んでいたに違いありません。もう限界でした。私はあの女の部屋に鍵をかけて、使用人に暇をやり、火を放ちました。油を家中に撒いてやったお陰で一瞬で燃え上がりました。私は今幸福です。魔女を燃せばきっと、夫は元に戻る。私は今まで通り慎ましやかに暮らすのです。」
全てを話し終えた彼女は穏やかに、幸福が確約されていると信じて笑った。その瞳は新緑のような色で腰まであるブロンドの髪が揺れた。
かの娘の姿を想起する。
…あの少女は目の前の哀れな狂女、その夫の面影もなかった。言動さえ似ていなかった。一般的に過ごした家族であれば互いに影響され合うものだ。あの少女はまるで赤の他人の家に住んでいるがごとく、その人格形成になんの影響もなかった。アレは一体何だというのだ。
感想とか評価があると励みになります。
第一の転機を先に書きました。この先は主人公の主観と村人目線を交互に書きたいなと思っています。