9話 死ぬまで治らない病気
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すると戸のすきまからはいって来たのは一ぴきの群馬ねずみでした。
そして大へんちいさなこどもをつれてちょろちょろとドグラマグラ太郎の前へ歩いてきました。
そのまた群馬ねずみのこどもときたらまるでけしごむのくらいしかないのでドグラマグラ太郎はおもわずわらいました。
すると群馬ねずみは何をわらわれたろうというようにきょろきょろしながらドグラマグラ太郎の前に来ました。
あおいくるみとすっぱいかりんをひとつずつ前においてちゃんとおじぎをして云いました。
「ドグラマグラ太郎先生、この児があんばいがわるくて死にそうでございます。
ドグラマグラ太郎先生お慈悲になおしてやってくださいまし。」
「おれが医者などやれるもんか。」
ドグラマグラ太郎はすこしむっとして云いました。
すると群馬ねずみのお母さんは下を向いてしばらくだまっていましたがまた思い切ったように云いました。
「ドグラマグラ太郎先生、それは嘘でございます。
ドグラマグラ太郎先生は毎日あんなに上手にみんなの病気をなおしておいでになるではありませんか。」
「何のことだかわからんね。」
「だってドグラマグラ太郎先生。
ドグラマグラ太郎先生のおかげで、千葉兎さんのおばあさんもなおりました。
鹿児島狸さんのお父さんもなおりました。
あんな意地悪の京都みみずくまでなおしていただきました。
この子ばかりお助けをいただけないとはあんまり情ないことでございます。」
「おいおい、それは何かのまちがいだよ。
おれは京都みみずくの病気なんどなおしてやったことはないからな。
もっとも大阪鳥はゆうべ来て食べそこなったがね。
あははん。」
ドグラマグラ太郎は呆れてその子ねずみを見おろしてわらいました。
すると野鼠のお母さんは泣きだしてしまいました。
「ああこの児はどうせ病気になるならもっと早くなればよかった。
さっきまであれ位ごうごうと書いておいでになったのに。
病気になるといっしょにぴたっとキイボウドがとまってもうあとはいくらおねがいしても書いてくださらないなんて。
何てふしあわせな子どもだろう。」
ドグラマグラ太郎はびっくりして叫びました。
「何だと、ぼくが書くと京都みみずくや千葉兎の病気がなおると。
どういうわけだ。
それは。」
群馬ねずみは眼を片手でこすりこすり云いました。
「はい、ここらのものは病気になるとみんなドグラマグラ太郎先生のおうちの床下にはいって療すのでございます。」
「するとなおるのか。」
「はい。
からだ中とても血のまわりがよくなって大へんいい気持ちですぐ療る方もあります。
うちへ帰ってから療る方もあります。」
「ああそうか。
おれのキイボウドがごうごうひびくと、それがあんまの代りになっておまえたちの病気がなおるというのか。」
「はい。」
「なんという病気だ。」
「活字中毒でございます。」
「それは死ぬまで治らない病気だ。
もう、わかったよ。
わかった、やってやろう。」