6話 せやな
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ドグラマグラ太郎は笑って
「小説だと。
おまえの小説は、せやな、せやなというだけじゃあないか。」
すると大阪鳥が大へんまじめに
「せやな、せや。
せやどもむつかしいんや。」
と云いました。
「むずかしいもんか。
おまえたちのはたくさん書くのがひどいだけで、書きようは何でもないじゃないか。」
「ところがそれがちゃうんや。
たとえば
『せやな』
とこう書くのと
『せやな』
とこう書くのとでは読んでいてもだいぶちゃうやろ。」
「ちがわないね。」
「せやな、おまえにはわからんのや。
おれらのなかまなら
『せやな』
と一万云えば一万みんなちゃうんや。」
「勝手だよ。
そんなにわかってるなら何もおれの処へ来なくてもいいではないか。」
「せやけど俺はアイウエオを正確にやりたいんや。」
「アイウエオをもくそもあるか。」
「外国へ行く前にぜひ一度いるんや。」
「外国もくそもあるか。」
「ドグラマグラ太郎先生どうかアイウエオを教えてくれや。
俺は真似して書きなぐるから。」
「うるさいなあ。
そら三べんだけ書いてやるからすんだらさっさと帰るんだぞ。」
ドグラマグラ太郎はキイボウドを取り上げてぽちぽちと両人差し指を上げてアイウエオを書きました。
すると大阪鳥はあわてて羽をばたばたしました。
「ちゃう、ちゃう。
ちゃうちゃう。」
「うるさいなあ。
ではおまえやってごらん。」
「こやがな。」
大阪鳥はからだをまえに曲げてしばらく構えてから
「せやな」
と一つ書きました。




