旅路の果てに
長く退屈だった授業も終わり、彼の待つ校門へと急ぐ。今日はこれから彼の家へ遊びにいく約束なのだ。
道すがら御両親について聞こうとしたが彼の口が妙に重いのが気にかかった。不仲なのだろうか?
私の家は両親が忙しいのもあって顔を合わせる機会こそ少ないが、けして仲は悪くない。パパもママも少ない時間を遣り繰りして私との時間を作ってくれるし不満に思ったこともなかった。
そのせいか両親と不仲ということがうまく想像できない。かつてのクロエはどうだっただろうか、今の私とそう変わらなかったように思える。それにアリアもいたことだし、寂しくはなかったかな。
押し黙る彼をよそに考え事に耽っていると、もう着いてしまったようだ。
「ここなんだ、クロエ。まあとにかく入ってよ」
彼がニヤッと悪戯っぽく笑った、何があるというのだろうか。少し警戒してしまう。
「お邪魔しま~す…」
「あら、こんにちはクロエちゃん。久し振りだね」
「え?」
「髪の色とか目の色とか全然違うからわかんないかな?それにあの頃より老けたかも……ね。こっちにきてごらん?」
そう行って私を胸元に思い切り抱き寄せる、この煩わしい胸の感触……昔どこかで……
「カーミラなの……なんで?」
「何でなのかは私にもわからないんだなーこれが。リュウくんに記憶が戻った少しあと、私もカーミラだった記憶が急に蘇ってきて」
「いや、それはそれでいいんだけど……なんでリュウの家に?」
「だって私リュウくんのママだもの」
「ええ……ついに本当の母親になっちゃったの……」
「いやいや!!叔母さんだから!生みの親じゃないから……」
「なんでそんなに強く否定するの?!リュウくんは姉夫婦の子なんだけど、この子達が小さいころに事故で亡くなっちゃって、それで私が養母になってるの」
「この子達……?」
「沙樹~!沙耶ちゃ~ん!クロエちゃんが来たよ~!!」
「沙樹ってまさか……」
こうまで同じだとまさかも何もないような気がする。当然のようにサニアが現れるんだろう……
「クーちゃん!!」
「サニア……あなた地味になって……しかも縮んだんじゃない?」
綺麗だった薄紅色の髪も瞳も、リュウとお揃いの黒髪と茶色の瞳になっていた。何よりこのサニア、幼い。
「リューくんと四つも離れてるんだよ!おかしいよね?!今まで一歳しか違わなかったのに!!」
「お姉ちゃん……怒っちゃメッ……」
「あら?可愛い……この子は妹さん?」
「クロエちゃん、久し振りなの。もう僕たちあんまり似てないね……昔はそっくりだったのに」
「キルケー……?」
「そうなの」
「なんであんたがサニアの妹なのよ……」
「約束だから……ずっと可愛がってくれるって……」
呪いかな?紛いなりにも神族の一派だったキルケーが人間になっていることも驚いたけど、何よりあの世界での知り合いばかりこうも集まるものなのだろうか……驚きを通り越して受け入れがたい。
「私達ってその……やっぱり生まれ変わりなのかしら」
「うーん?生まれ変わりというよりは魂を引き継いだ別人、かな。記憶が戻ったのは魂に刻まれていた記憶の一部が今の身体に宿ったんだと思うよ?」
「みんなはいつ記憶を?」
「私が記憶を取り戻したのは四歳のとき、リューくんとお風呂に入ってぼーっとしてたら急にサニアの記憶がドバーッと流れ込んできて……我に返ったとき目の前にショタっ子になったリューくんがいて大変だったよ……」
そしていつものようにウヘヘと笑うこの子は間違いなくサニアなのだろう……
「大変なのは僕だよ……いきなり襲いかかってくるから怖かったんだからね。僕は高校に入る一ヶ月前くらいから旅をしていたころの夢を見るようになって、入学式の一週間前に全部思い出したよ」
私と殆ど同じだ……やっぱり私とリュウはあの約束で繋がっていたに違いない。運命を感じて胸の奥が熱くなる。
「僕は産まれたときから知ってたの、身体は借りてるだけだし頭の中はずっとあの頃のままなの」
「ええ……やっぱり人間じゃないのねあなた……」
「私だけ遅かったんだよねー……みんな早く教えてくれたらよかったのに!」
「叔母さん……カーミラさんの記憶が戻る前までは物静かで優しい人だったのに」
「今はただの淫獣なの」
「寵愛ばっかりだよね」
カーミラまで相変わらずか……
記憶をコピーされた別人……リュウや私の見た目が殆ど変わっていないのは人種的な特徴のせいだろうと思う。だから別人とは夢にも思わなかったけど、カーミラ達をみると私やリュウも……
難しいことは、後で考えるとしてこの再会を素直に喜ぼう。記憶のうえではごく最近という気もしないでもないけど……
実際には何百年経っているのだろうか、私の祖先を辿るとあの世界との繋がりはあるようだけど必ずしも同一の世界とも限らないか。
なにより今度もまた皆と一緒にいられる、今はただそれだけでいい