仇花
彼が亡くなって三年になる。あと数日で十五になる私は、この三年間を全て剣の修行に費やした。そう、三年前の今日……今相見えるこの男が彼を殺したのだ。復讐のための三年間が今ここで報われる。
刀を強く握り構え直す、何処の誰とも知らぬ者の打った粗末な刀だ。この刀の錆とする、それが憎きこの男の最期に相応しい。
奴は構えもせずせせら笑う、私を女と見て馬鹿にしているのだろう。そのような侮蔑に満ちた態度さえ私には好機でしかなかった、この男を斬り伏せる、それだけが目的なのだから。
構わず私は袈裟懸けに切りかかる、この三年間、女を捨て人を捨て修羅となって鍛え抜いた一撃だ。誰よりも速く誰よりも重い自信がある。
奴の首まで後少し後僅か、時間の流れがとても遅く感じられる。この僅かの距離を縮めるだけで私の悲願は叶い、彼の無念が晴れるのだ。脇を締め、奴の首先目掛け振り下ろした刀を振り抜いて手前に思い切り引く、それで奴は死ぬ。
たったそれだけの僅かが、奴の居合いの一閃によって打ち砕かれた。私の技術など比べようのないほど遥か上、手の届かないところから放たれる神速の一閃だった。私にはみることも感じることも出来ぬまま、地べたに臓腑を散らせ倒れていた。
まるで興味もないと言わんばかりに、血を払い刀を納めて去っていく男の背中を見ながら、無念に涙するしかなかった。死ねば彼に会えるだろうか、修羅となり無様に死に逝く私でも彼は受け入れてくれるだろうか
あの世で彼に詫びよう、生きているうちに好きだと言ってやらなかったこと、こうして無念を晴らしてやることも出来なかったこと、そして心を寄せてくれたあなたに報いる生き方が出来ず修羅となった私の心の弱さを。
――――……なさい……早く……
誰だろう、遠くから声が聞こえる。私を呼んでいるのだろうか……
「クロエちゃん!学校遅れますよ!!久しぶりに帰ってきたらこれだもの……いい加減に起きなさい!!」
「あっ……ママ」
「あっ、ママじゃありませんよ全く……普段からそんなじゃ困りますよ?しっかりなさい」
そうかママは帰ってきてたんだっけ。目が覚めて昨日の記憶とやっと繋がる。そうか学校か……
「あっ、リュウを待たせてるんだった」
「リュウ?どなた?男の子?なんだか胸に響くお名前ね、どういうお知り合い?付き合ってるの?かっこいい?」
「学校の友達。仲良しなのよ、羨ましいでしょ?」
「かっこいい?」
「そこそんなに重要かしら……ママこそしっかりしてほしいわ……」
「娘の恋人がイケメンかどうか気になるのは仕方のないことです!母親としての義務みたいなものです!」
「ママ……」
記憶が戻ってからというものママはアリアの生まれ変わりなのかもしれないという気がしてならない、血筋的に言えばそうあってもおかしくないのだ。リュウに会わせたらややこしいことになりそうなので、暫くは紹介してやらないことにした。
それにしても今朝のあの夢は昔の私の記憶なのだろうか、前世達の記憶を取り戻したのは、あの世界だけのことだ。今の私はお化けのクロエだった頃の私と、今の私の記憶ぐらいしかしっかりと思い出せない。ただお化け時代の名残なのか、記憶の残滓をこうして時々夢に見る。
「クロエ、おはよう」
「リュウ、ごめんなさいね。待たせて」
「いや、それほど待ってないよ。そうだクロエは放課後時間ある?」
「暇だけど何かしら」
「うちに遊びに来ないかと思ってさ、紹介したい人がいるんだ」
リュウが悪戯っぽく笑う、まさかもうご両親に紹介して頂けるのかしら……一度帰って着替えてからのほうが……
「そんなに畏まらなくて大丈夫だよ」
「それなら遠慮なくお邪魔させてもおうかしら」
こうして私の午後の楽しみがひとつできた。嬉しかったり緊張したりで授業がいまいち頭に入ってこなかったけれど……放課後が兎に角待ち遠しい、そうしてソワソワしながら過ごす時間はとても長く感じられた。