翼
* * *
「居住区の中は酸素があるからね」
居住区と呼ばれる地域を歩きながら、シムはそんなことを言った。
「外は火山ガスが噴き出したりしてね、とても人が住める状況じゃないからさ」
シムの説明によれば、居住区内は温度が一定に保たれ、空気も調整されているんだという。
居住区の中には畑があった。
小麦を栽培しパンを作り、果物、野菜もわずかながら収穫できた。
それを聞いて、危険な地上でも居住区の中は快適そうだとタツキは思った。
居住区の中は殺風景という言葉がぴったりなくらい物が少ない。
歩きながら、タツキは黒い岩の上に上がっていた。
岩のようだが、上が平らでちょっとした段差くらいの高さだ。
居住区の中にあるからには何か目的があって作られたもののような気もしたが。
「この段差、何?」
タツキはその岩の上に座ってみた。
「さあ? 溶岩が固まったものかも」
「へえ」
タツキは感心した。地上のことはよくわからない。
「シムは竜を見たことある?」
座り込んだタツキはそんなことを聞いた。
ここは竜の大地と呼ばれてる割には竜らしきものは見かけない。
「ないなー」
シムが隣に座った。
「まったく見たことない」
「竜の大地って呼ばれるくらいだから、竜ぐらいいてもよさそうなのに」
タツキはなんとなくシムの肩を抱いた。そうして遠くを見つめ空を見上げていた。
* * *
居住区の中は、ドームと呼ばれるおわんを伏せたような住居ばかり。
そのドームの一つ。
やけに寒いドーム。
シムはわざと、そのドームを低温に温度調整をしていた。
そこを一時的な冷凍室に使っていた。
そこにかつてタツキの翼だったものがあった。
「この翼をなんとかタツキの背中にくっつけないと」
* * *
その日、タツキは飛んでみた。
空ほど高くは飛べなかった。せいぜい地上数メートルがやっとの高さだ。
「なんとか帰る方法を……」
シムは真剣に考えていたが、タツキはどこか後ろ向きだった。
天空岩に帰って、シムと別れるのが寂しかったせいかもしれない。