0ー1ー1 フィスタシア
「名も無き龍が眠る地に」という作品の中の番外編のお話です。出来ればそちらを先にお読みになっていただけるとわかりやすいと思います。あ、めんどいですか。読まなくても大丈夫です。
昔はこの辺りにもエルフはたくさん住んでいた。
森の景観を乱さない小さな家々がそこかしこに有り、木陰や視界の片隅には小さな妖精達が悪戯を仕掛けるタイミングを狙っている。
精霊達は大気中に満ち、彼らの力は自然界に存在する全ての元素として存在し、それは常にはっきりと感じられるものであった。
エルフ達は森から与えられる恵みを恭しく受け取り、代わりに彼らが豊かであるように甲斐甲斐しく世話をして暮らしてきた。
しかし、ある時何も無かったはずの寂しい土地に、突如地下へ降りる迷宮が現れた。
多くの者がそこを探索するために旅立ち、多くの者が戻らなかった。
エルフも、人間も、ドワーフや他の種族達も。
戻ってきた者が言うには、人工的な構造物の奥に潜るに連れて魔物の強さが増していき、とても一人で立ち入るものではないそうだ。
しかし道は狭く、徒党を組んで行ったところで各個撃破されるのがオチだ。
やがて、人間の中でも最も魔法や剣術に優れた者が、その迷宮に挑み。
魔王となって帰ってきた。
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その頃私たちはまだ子供でした。
子供といってもエルフの中の話で、何百年、中には千年も生きた個体に比べると、たかが数十年しか生きていない我らは、卵から孵ったばかりの雛でしか無かったでしょう。
美しく繁栄した都の中で、大人達に守られながら、魔王と闘う彼らの背中をただ見て見ぬふりをするように厚く保護されていました。
戦線は決して我らの見えるところまで伸びることはなく、日々教育と訓練、そして生活のための仕事以外見てはならぬと大人達に言われていたのです。
そのような生活が普通に送れるほど、我らは無関心ではいられず、常に仲間達と情報を交換し、最前線の家族達に心を寄せていたのです。
私は小さな頃から美しいリボンや工夫を凝らした髪飾り、細やかなレースなどを集めたり、時には自分で作るのを好んでおりました。
それらは自分で使うのではなく、幼馴染のフィスタシアという少女にコーディネートするのが楽しみでした。
ハンカチ程度なら良いでしょうが、自分が付けては見られない小物は彼女が使うことによって「可愛いもの愛」は大変に満たされていたのです。
私の家族は多くが強い魔力を持つ魔法使いでした。
ですが私はあまりそちらの方は得意ではなく、製作に没頭することも多かったので、あまり期待もされていなかったように思います。
初めのうちはフィスタシアは私と一緒に精霊魔法を学ぶという形で、何人かの歳が近い者達と我が家を訪れておりました。
しかし、彼女の能力は抜きん出て高く、常に多くの精霊にまとわりつかれ、川の真ん中でも炎を呼べたし、真夏の草原でも氷を出してみせることができました。
精霊魔法の難しさは契約する精霊によるもので、それは人間達の使う魔法とは大きく異なります。
精霊達は意識や感情を持つ者達で、自由気ままに思考し、彼らの常識の範囲で行動するので、制御が非常に難しいのです。
小さな精霊は個々の力は弱く、大きな変化を及ぼすことは出来ませんが、小さな現象をまるで遊びの一つであるかのように、小さなご褒美で易々と行います。
彼らは善悪の概念すら我々の理解を超え、火災に見舞われた村を水害で洗い流したり、病で苦しむものを見かねて息の根を止めたりすることはよくある事なのです。
親達はいつしか想定できる事故を恐れ、彼女達とともに精霊魔法を学ぶのは取りやめになりました。
私達はただの友達として遊ぶだけになりました。
その中でも、フィスタシアだけは可愛いもの好きの私の提案を常に喜んで、一緒にああしたらこうしたらと頭を使うことを、姉妹達のように無駄とは断じることはありませんでした。
彼女の美しい真の黄金色の髪をどのようにしてより輝かせるか、彼女の無邪気で愛らしい仕草を引き立てるドレスはどのようなものか、彼女だけが私の趣味の理解者であったのです。
いえ、もう一人おりました。
初めのうちはよく行く仕立ての店の次男坊で、こちらをじっと見つめてくる躾のなってない若者というイメージでした。
大きくなってからの私の仕事は布地を織ることでした。
人気の、手触りが良くて軽くて丈夫な物を多く作り、時には糸の組み合わせや織り方を変えた新しい物を提案するのです。
服や物として仕立てるのは私よりも長けた者達がいましたので、それはそちらに任せ、私は染めを変えたり、透かしのような模様を加えたりした生地を作ることを楽しんで請け負っておりました。
ですが生地以外の消耗品となると、やはり大きな店の品揃えに頼らざるを得ません。
仕立ての製法や技術もその店は段違いでした。
初めのうちは私が作った布地を持って、フィスタシアを店に連れていき、流行を無視した奇妙な服のオーダーを、下っ端の次男坊がしぶしぶ引き受ける形でありました。
しかしやがて、私達の拙い提案より、実地と流行を熟知した彼の提案の方がより良いものであることがはっきりしてきました。
「ちょ、ちょっと待って、私達、そう何着も作っていただくお金は無いのよ。」
彼の前には三着もの試作品が並んでおりました。
どれも古くからの伝統を守りつつ、最新の流行を取り入れ、その上でフィスタシアの可愛らしさを引き立たせる素晴らしいものではありました。
ですが、私が彼女のためのフルオーダーが出来たのは、自分で作った生地を持ち込んだ分の材料費を引いてもらえたからです。それもギリギリです。
自分が出もしないパーティーのために、自分が着もしないドレスに自分の賃金以上の額をつぎ込む余力は無いのです。
家は裕福な名家でも、私がその財産を自由に使える法はありません。
エルフ達は多少の流行はあれど、基本的に機能的で清潔で、上質であればそう何着もの衣装を取り替える必要はないと考えていました。
不必要な仕立てに時間やお金をかけるのは愚か者のする事だと思われていましたので。
「こちらは私が彼女に贈りたいのです。」
次男坊の耳が少し赤く見えるのは気のせいでしょうか。
彼の髪は青味が強い銀青色なので、とんがった赤い耳はとても目立ちます。
私の懐が痛まないのであればそれは二人の問題であって、私が口を挟む筋合いもありません。
「そういう事でしたら文句はありませんわ。フィスタシアはどれが好みです?三つとも頂いて宜しいのかしら?」
しかし、怯んだのは彼の方でした。
「お待ちください、あなたはそれで良いのですか?彼女のドレスを私が贈る事に何の文句もないと?」
「何に噛み付こうとしているのかわかりませんけど、私は彼女が似合う服ならば悪魔が贈るものでも構いません。こちらはどれも素晴らしい出来ですね。」
「ベルフィマール、私は悪魔のドレスなんて嫌よ。絶対呪われているわ。」
素晴らしい仕立てのドレスに見とれていた彼女が、振り返って私に異議を申し立てました。
「てっきり、あなたは彼女のためにドレスを仕立てに来ていたと思っていました。」
「はあ?こんな高い物を他人のために買うわけないでしょう?パーティーでこの子が着ることはあっても、ドレスは私の物です。私のクローゼットの為ですよ。」
「…ベルフィマール、居るのですよ。自分の連れを飾るために金を惜しまない者も。」
「ええっ…」
「当店のお客様は殆どがそういう方々でしたので、あなたの考えの方が稀すぎて計り知れませんでした。」
呆然と彼らの話を聞く私を、彼女が軽やかな笑顔で笑い飛ばしました。
「あはははっ、やっぱりそうよね?余りにもこの人が普通な顔で頼むから、私の常識がズレていたのかと思ってたわ。私はあなたの連れだと勘違いされて、この方に宣戦布告されたのよ。」
着るものをこのような一流店で仕立てるのは贈り物であり、それは多くが家族か恋人か配偶者の権利です。
それを一度ならず何度も訪れていた私達は、はたから見れば恋人同士だと思われても不思議はありません。
でも、当時の私はそのようなことに思い至らず、生きた等身大の人形を着せ替える程度の考えしか持って居なかったのです。
「ごめんなさい、考えたこともなかったわ。私みたいな恋人が居るなんてフィスタシアが思われていたなんて。」
私はようやく自分の愚かさに気付き、嫁入り前の美しい少女の評判を地に貶めていたと理解しました。
「良いのよ、私は楽しんで着せ替え人形をしてたもの。それに彼の贈り物はむしろあなたの手柄じゃないかしら?」
次男坊の名前はメルクディシオと言いました。
エルフ特有の長ったらしい名前です。家の名前になってしまいますが、我々はメルクと呼んでいました。
彼は私の製作活動のより良き協力者となり、派手になりすぎない装飾や豪華になりすぎない工夫を手助けしてくれました。
時にはその新しいアイデアは彼の店でちょっとした流行を巻き起こしたりもしました。
私自身はそのような名誉を欲してはいませんでしたので、他からやってくる新しい素材やアイデアと引き換えに幾らでも供していました。
ある日、メルクはフィスタシアに正式にプロポーズをし、二人は婚約状態になったと知らされました。
私の反応はもちろんこうです。
「やった!おめでとう!結婚はいつ?子供は?女の子でしょうね?」
私はメルクにグーで黙らされました。
長命な種族が陥りがちな問題がエルフにも長いことのしかかっておりました。
健康のまま長寿になっても、子供を作る機会は決して増えません。
そして、個々が感じる必要性も薄れてしまい、子供一人にかかる責任と経費だけが跳ね上がって見えるようになるのです。
だから私はもう二人の子供が楽しみで、久々に見る赤ん坊が楽しみすぎて、小さな女の子を着せ替える妄想の幸せに、正に有頂天であったと言えるでしょう。
世の中はまだ、魔王という脅威に晒され続け、将来に不安を感じることはありました。
それでも私には、自分の理解者である二人の子供が見られるかもしれないという喜びの方が優っていたのです。
でも、もちろんそういう者ばかりでもなかったのです。彼女は姿を消してしまいました。




