第五話目 馬とか車とか移動には便利だけど……あれ乗り慣れてなかったら案外キツイ
太陽が、強烈な熱戦を、絶え間なく寄こしてくるのが、これほど地獄とは思わなかった。 アルちゃん、という女の子が、ラクダに乗せてくれなかったら、僕の未来はなかっただろう。
あぁ、でも暑い。 暑いものは暑い。
田辺アムラーと運命的な出会いをした少女、「アル」。
彼女は、残酷的な顔合わせに、絶望的になりながらも、希望的観点をもって、田辺アムラーをラクダの 「ナイ」 に乗せた。
田辺アムラーにとって、乗り心地はよろしくなかった。
これが普通なのかわからないけど、股間悪い、痛い、ケツも痛い。
「もうちょっとで着くからね〜。 ナイちゃん、がんばってね〜」
アルは、前のめって、ナイの横腹を左手で何度かさすった。
そのあと、三時間ほどラクダに揺られ、正直キツかった、というのが感想でございます。 気分悪いし、何度か落ラクダ(落馬と同意)したし……自分が犬神家になるとは思っていなかった。 どうやらこの身体はあの体勢に縁があるようだ。
とにかく、もう当分は乗りたくないと思った田辺アムラー。
「……ラクダ乗るの、初めてなんですか?」
アルは、そんな彼の、げっそりした顔を見て口を開いた。
「え? ……あぁ! 王だからね! 移動は部下たちが俺を神輿でわっしょいわっしょいよ!!」
「? なんだかすごいですね!!(ちんぷんかんぷん)」
空が蜜色に染まってきた頃、アルが言っていた街 「クーバーク」 に到着した。 「あそこです」 というアルの言葉に、遠くから見てわかったが、かなり広い街であった。
ラクダから、慣れぬ手つきでおりた田辺アムラーは、うんと背伸びした。 それを横目で見たアルも、思い切りそうした。 手を組んで前に突き出し、伸びをやっている時に口を開いた。
「ん〜……! やっと着いたー! さぁアムラーさん! ここが、私たちの暮らす、クーバークです! 良い街ですよ〜!」
腕を広げたアルは微笑んだ。
田辺は、街を一望したーーーーどこかの資料で見たことがある、砂か岩かでできた、豆腐形の家。 いくらか生えたヤシの木、ポツポツと小さなため池もあった。 たしかに、この時代でこれだけ揃っているのならば、良い街と言えるかもしれないし、そんな街に、一発で出会えたことに、観劇を抱いた田辺。
ナイを引っ張って歩くアルの横で、この街のメイン通りであろう場所を歩く田辺。 そこは、道の両端で、簡易的な料理や、物品の屋台が所狭しと並び、賑わっていた。 そしてそれらは、物々交換で行われているように見え、田辺は興味をひかれつつ、どこか、懐かしさも感じてしまっていた。 まるで、現代の夏祭りであるかのように思えたから。
その右往左往する視線を、アルは気づいて、眉を八の字に曲げ、微笑を浮かべた。
「気になると思いますけど、今日は、まっすぐ、家に帰りましょう。 街案内は明日しますよ! 楽しみにしててくださいね!」
微笑は、次第に眩しい笑顔へと、かわった。
う、うんーーーーそう返事した田辺。
ーーええ子や……。
田辺、感激!
豆腐形の、アルの家に着いた途端、両親らしき男女が飛び出してきた。 両者とも、シワが顔に出始めている。
そしてどっちも、激怒しているようであった。
「娘を変な奴にやる気はないど! とっとと帰れ帰れ!」
「突然きた変な人に、うちのアルちゃんは渡しません!!」
どうやら、壁に掘り抜かれた窓から、自分たちが見えていたらしいーーーー勘違い早とちり迷惑っす!
「あれー!? お父さん、何か勘違いしてませんか!?」
「お前にお父さんと呼ばれる筋合いはない!!!」
「パパァ! 違うの! この人はね!」
「お前は黙っていろ! 渡さん! 渡さんんんん!!!」
間も無く、太陽が沈みきるところで、この騒ぎ。 周りにも、まばらだけども野次馬が集まってきていたが、田辺たちは気にする余裕もなく騒ぎ立てている。
その騒ぎがうるさすぎたのか、家の中から、開ききった玄関から、ひょっこり少年が顔を出した。 中学生なりたて程度の背丈の少年だった。
「なんか賑やかっスねぇ……。 あ、アムラー王だ」
少年の一声で、四人は一気に口を閉じ、彼を丸くした目で見た。
「……え、誰?」
「アレ? 忘れたんスか? 僕ッス。 プタハッスよ! プタハ!」
田辺の返答に、小さく笑いながら、自分の正体を語った。