第四話目 勢いあまって敵作る
朝、お日様の光をかんじながら、希望とともに目覚めます。 これが気持ちいいのなんの。
身体をおもいっきり伸ばし、たまった疲労を深い息と一緒に吐きだして、さぁ1日がスタート。 今日もいいかんじにゴールテープを切れたらうれしいな!
どうも! おはようございます! マリッペこと、三部真莉です!
ただいま洗面所で寝癖と対決中っ! 前髪がぴょんってハネてやがります。 なんで毎日ここだけ寝癖がつくかな〜(憤激)。 ほんとありえねェ。 これで2分くらいロスだよ、まじありえねェ。
……という、普段となにも変わらない朝をむかえているのですが、最近、私の生活に変化が起きています。それも3つ。
「お、マリッペ。 オッスー」
1つ、星合くんと一緒に登下校することがおおくなった。
べつに嫌じゃないんだけど……星合くんモテるから、ファンがこわいの。 学校屈指のイケメンの彼には、ファンクラブが存在していて、うち数人から狙われるようになっています。 マジこわい。
先週は吹き矢が飛んできて身の危険をかんじました。
で、2つ、飼ってるネコのスーちゃんがお盛んな時期にはいっていること。 先日あった家族会議では、病院に連れていくのかを話し合いました。 現在保留中。
そして……3つ。 これが一番大きな変化なんじゃないかと思ってる。 それがーーーー。
「ワハハハ!!! そこのけそこのけェい!!!!」
星合くんとの会話がはずみ、そのまま学校に到着。 さぁこれから明るい1日が始まるんだ! と思ったそのとき、後ろから響く轟音、揺れる地面。 私は若干あきれた視線をそっちにむけました、すると。
馬車(馬にリヤカーをひかせているもの)に乗る田辺くんが、こちらにむかってきていました。 私たちはサッと門のはしによけて、道をあけましたが、周囲の人は反応がおくれたのか、彼が放つ砂埃にまきこまれて咳やらくしゃみやらのお祭り状態に……私はためいきをつきました。
「おい、やべーのがきたぞ」
「あいつ2組の田辺だろ。 なんかキャラ違くね?」
「馬のやつら疲れてきてんぞーーーーあ、つかまった」
そのまま校舎内につっこんでいくのかと思いましたが、その直前で生徒指導の顧問につかまって説教をくらいはじめてしまいました。
「なにやってんだあのバカ……おい田辺! チャイムなるぞー! はやく教室にいこうぜ! あ、先生すいませーん、僕からも叱っておきますんで。 ほら、いくぞ!」
「心得た星合くん! すぐ向かおうほら向かおう!」
これが3つ目、田辺くんの性格が異常なほどに変わったことです。 あの旅行から、こうなったと記憶しています。
*
ーー鳥取・駅前の砂婆かふぇ pm7:19
夜になってもまったく顔を見せない田辺に、たまらず星合くんは電話をかけ続けていた。 しかしそれでも繋がらず、彼のイライラはつのるばかりで、不安な目を向けてしまっていて、ため息。 まぎらわすために頼んでいたカフェオレをちょっと飲む。
「あの〜、もうそろそろ閉店の時間なんですが〜……」
すると緑のエプロンを身につけた女性店員が、苦笑まじりに二人に近づきそう言ってきた。
星合くんは普段のような目を向けた。
「あ、すいません。 もう少しで友人が来ますから〜」
「いやそれでも〜、もう少しで閉店時間ですので〜」
「もう少しでツレが来ますから」
「いやでも〜……」
「もう少しがバカが来ますから」
「いやで」
「もう少しでクソ野郎が来ますから」
「それ本当に友人なんですか? どんどんグレード落ちてきてるんですが」
困惑を極めるように汗をにじませ、腹部のエプロンを強くにぎる店員。 彼女にとっては私たちは迷惑客となんら変わらず、閉店までにはどうにかして追い出さなければならないという気持ちがまじまじと伝わってくる。
刹那扉の開音、軽やかな鈴の音が店内を駆けめぐった。
「やぁやぁ! 諸君待たせたね! ファラ、おぉっと!! みんなの田辺くんが戻ってきたでざますですわ!!」
腕を目一杯広げたまま、田辺くんは私たちにウインクを送った。 どう言葉をかけていいかわからなかった。 田辺はそれを理解していなくて、三人の唖然とした、どことなく冷ややかな視線を浴びてもなお笑顔で立っていた。
「……頭のケガなおしにいってたの?」
「……ワケはあとで聞くから、とりあえず帰ろうぜ……」
頭をかきむしる星合くん。 うん!と軽快にうなづいた田辺くん。
私たちと同じ考えの人が多かったのか、混雑する中をぬって新幹線に乗った直後、私たち二人は眠りにおちた。 色々と聞こうと思っていたのに、なにも聞けずにこの旅行はおわってしまった。
*
あの時はなんだったんだろうと悩んでいたら、HRがおわった。 出席簿を持って出ていった直後、生徒指導の先生のところに行っていた田辺くんが戻ってきた。 星合くんが連れていこうとしたがやっぱりダメで、呼び出しをくらっていたーーーーが、田辺くんは落ち込んでおらず、気にもとめておらず、堂々と胸をはりながら席にすわった。
「おい大丈夫かよ田辺……」
星合くんが彼の机に手を置いた。私も近くによる。
「あぁ心配ないさ、イケてるのかイケてないかよくわからない微妙な髪型をしてるmenボーイ、略してイケメン星合くん」
「だいぶ重症じゃねーか?」
「そう思う」
あふれんばかりの自信満々そうな笑みをする田辺くん。
あれから、旅行で起こったことを聞けずにいる。 知りたいーーーーなぜあなたがこうなってしまったのかを。
しかし、なにか触れてはならないものを感じてしまう私たちは、踏み込めずにいた。
一時間目のチャイムが鳴りひびいた。
*
1限目 地学
「低気圧の際に起こる……」
「そんな低レベルな内容! ノンタンの絵本で習ったわ!!!」
「そうですか、廊下に立ってくれるかな」
田辺くんは自信満々に廊下に立ちった。
*
2限目 国語
「今からこの文を口語訳してくれ」
「この信玄ゼミで今季のテストはバッチリ! だから私はしない!」
「そうかバッチリか。 じゃあ授業受けんな廊下に立ってろ」
田辺くんは自信満々に廊下に立ちる。
*
3限目 体育
「見よ!我が愛しのピラミッドを!!」
田辺くんは、無理やり組体操で作らせたピラミッドの頂上で仁王立ち。 下の子たちはプルプル屈辱そうな、めんどくさそうな顔をしていた。
そして先生はぴくりとも顔をかえずに口をひらいた。
「すごいけど今バレーの時間だから」
*
4限目 数学
「サイン・コサイン・タフデ○トというのがあってーー」
教室は、さっきの三時間がうそみたいに静かになっていて、先生の声がよく響いていた。
私たち生徒はきもちよく勉強することができていて、とてもよろしい状況。
田辺くんも、落ち着いた背中を見せていて、私は胸をなでおろした。
「こいつ目ェあけたまま寝てんぞ」
先生の言葉に、私の安心は裏切られた。
そして私は、隣の星合くんといぶかしげに目を合わせた。
*
「お前マジでなにがあったんだよ!!?」
休み時間となった瞬間走り出した星合くんが、田辺くんの机を叩いた音が教室内にひびきわたった。
歩いて星合くんのとなりに立って、田辺くんの顔を見るとただ平然に、燃え盛る炎のようにおこった顔をする星合くんを見つめていた。
そしてニコッと口をゆるませるではないか。
「なにがだい? 私はいつものファラ、おぉっと!? 田辺くんですわザマスなりよ!!」
机のよこにかけてあるカバンからサッとパンをとりだし、笑顔満開でかじりついた。
「ごませてねェんだよ!! ファラオがどうしたんだよ!!?」
その言動に星合くんの怒りが頂点に達した。 「お前は一体なんなんだよ!!」 と、声をあらげて、周りの生徒の注目を集めていた。
最近の田辺くんの言動すべてに、私たち2人だけではなくて学年全体が疑問をいだいていた。 だって今までの田辺くんは、静かで、冷静で、でも欲望に忠実な人だったから。 そんな人がこんなにアグレッシブになってしまったのだから、毎日気になっているのだ。
いつのまにか、教室が静まり返っていた。
私はどこかこの沈黙にたえられなくなって、口をひらいてしまった。
「田辺くん……本当のことを教えてよ。 旅行の日、1人で砂丘を見にいってなにかあったの?」
そして一番気になっていたことを尋ねた。
田辺くんはうごかずに私の目を見つめていたが、ややあって、パンを机の上にパサリとおいて、うつむいた。
「そこまでまっすぐな表情、瞳をみるのはここにきて初めてだなぁ……。 あいやわかった。 嘘偽りなく話そう。 あの時、なにをしたのかを……」
あぁやっと知ることができるーーーーそう思った瞬間、私の鼓動ははやくなった。
と、ほぼ同時に、廊下の喧騒が急速におおきくなるのを感じた。 「単刀直入に言おう。 私は……」 という田辺くんの声を聞きながら、廊下の方に視線をちらとすべらせてみると、いきおいよく扉がひらいたのだ。
「あぁっ! 先生ように仕掛けてた黒板消しが外にィィィッ!!」
その1人の生徒の声は嘘なく、黒板消しが空いている窓をとおりぬけていった。
そうやら不良男子の1人がドアを蹴破ったらしく、5人が足並み乱暴にはいってきて、田辺くんの席を囲んできた。 私と星合くんは、なんだなんだとウザったい目を向けたが、田辺くんはとくに無表情にキョロキョロと不良たちを見ていた。
まずは田辺くんと正面にいる不良が口をあけた。
「テメ田辺ぇ。 花子さんことでヒロユキサンテメェ呼んでんだよ、表出ろや」
「ここでオレたちが潰せるけどよ、ヒロユキサンが呼んでんだよ、校庭来いや」
「ヒロユキサンならテメェは一発だけどよ、呼んでんだよ、はやくお外でろや」
正面の不良から連鎖するように、続いて用件を言い出した。 どうやらヒロユキさんが田辺くんと会いたがっているらしい。
でも、それは私たちにとって、田辺くんに今触れて欲しいことではない。 私たちは田辺くんが変わってしまった理由がまず知りたいのだ。
だから私は、「ちょっとまって」 と勇気を振り絞っていった。
「アマ邪魔なんだよ、どけや」
そしたら私は、不良の1人に押し飛ばされた。 隣の机の角に背中をうって、いきおいよくしりもちをついてしまった。
その最中 「む」 という田辺くんの声が聞こえたような気がする。
星合くんも 「やめろ、お前らでていけよ」 と言ってくれているが、不良たちはでていく様子は見えない。 むしろ勢い増して、田辺くんに迫っているような気がする。
「あいやわかった。 よぉーくお前たちの要件は理解できた。 では、そのヒロユキサンとやらのところへ案内してくれないか」
「校庭っつったろ! はよ行けや!」
「むむむ……!」
不良の返答に不満げにする田辺くんは、すこし口をひらべったく伸ばすと、すっと立ち上がって早歩きで窓のほうへと近づいていった。
「行けばいいのだろう、行けば。 校庭とやらは……この先か」
そう言って、あいている窓の前に立った。
そして飛び降りようとしているのか、框をしっかりと持って、敷居に足をおいた。 かがんで外のさきをながめる背中に、不良たちをふくめた全員が驚愕の色を、わっと浮かべた。
「おい! やめろよ田辺!! そんなことをしたら……!! ここ3階だぞ!!」
そう慌てて止めるように叫ぶ星合くんに、田辺くんはいたって真面目な横顔をむけた。
「私を知りたいのだろう? この際、私の正体を知るいい機会だ」
そしたらそう言って、飛び降りた。
教室全体の空気が、一瞬凍え切った。 悲鳴が飛び交った。 女の子の中には、腰を抜かした子もいたと思う、そんな音がした気がする。
私も冷静にいようとしたが、あまりに突拍子もないできごとを目の当たりにして、心の底をなにか冷たいものがすぅっと通った感じがした。 涙が瞳の奥にたまるのを感じた。
状況を飲み込んだ星合くんが、いの一番に田辺くんが飛び降りた窓へと走り出して、「田辺ッ!」 と校庭にむかって叫んだ。
私も近寄ろうと、油が乾ききった機械のようなぎこちなさで歩いていたが、星合くんが叫んだきり静かになったのを見て、ますます歩みが遅くなった。
もしかして、田辺くんの結末がその下にあるのか。 ドラマの中でしか記憶のない、悲惨な人間のかたちが下にあるのだろうか。
窓の敷居になんとか手をおいた。 でも下を見る気にはなれずに、星合くんを見た。
すると、なぜか不思議そうな表情をしているではないか。
なんでだろうか、と疑問解消するために、ゆっくりと視線をしたに向けている最中に、声が聞こえた。 田辺くんが飛び降りたであろうところからだった。
「君がヒロユキサンか……良い身体つきだ!!」
きゅっと私の視線はすべると、無事に、怪我など1つもしていない田辺くんを映した。 彼は意気揚々と、ヒロユキさんの前で腕組み立っていたのだ。
「田辺ェェェェッ!!」
星合くんの声が、校庭中に響きわたった。