第三話目 王(自称)爆誕
「もう水が……ない……」
空になった500mlペットボトルからは、逆さまにしてみたが水は出てこず、反射させた太陽の光を嫌というほど目に打ち付けてきた。
太陽の向きから東を割り出して、あの神? の言うとおりそっちに進んでいるけれども……まるで地獄。
灼熱の太陽光線は上からも、砂に反射させて下からも僕を攻撃してくるし、なによりその砂ほんと腹たつ。 進もうにも足を取ってきて、もうどうにもならない。 この暑さもそうだと思うけど、なにより砂が水を減らした原因だと思う。
ーーあぁコンクリートが……砂利道が恋しい……。
延々と続く砂漠に、田辺は限界だった。
下を向いてほつほつ歩くーーーーいつかあの神の言うとおり、街があるのだと思って歩き続ける。
その時だった。 なんとなく、なんとなくだが、田辺の顔に涼しい風があたったような気がした。 なんだろうと顔を上げると、視線の先はつよい陽炎が鎮座していた。
その空間の揺れを凝視……していると、薄茶色と黄色の混ざった砂漠元来の色彩のなかに、なにやらチラチラっと緑と水色が浮き沈みした。
まさかーーーー田辺は目を見開く。
砂漠にある清涼感あふるる色なんて……一つしかない!
オアシス……そうオアシスだ! 砂漠がないどんな国でもはびこるマジックワード。 それが、この先にあるのかもしれない!
田辺の足は別の生き物のように、さっきとは打って変わって元気よく駆け出した。
執着な砂の手なんてなんのその。 早く落ち着ける場所に行きたいという思い一直線に動くのだ。
そしていくらか走ったあと、オアシスは田辺の前に現れた。
「イヤッホォォォォォイ!!!」
オアシスだ! なんという幸運! 神さまありがとう!! ブロマイドの件は許さないけどありがとう!!
ヤシの木のようなものにかこまれた、透きとおってまぶしいほどに光かがやく水……これぞオアシス、これが求めていたもの!
水だ、綺麗だ、飲める、やっと飲めるぞーーーー僕は荷物を投げ捨て、欲望のままに水を浴びるように飲んで、空いたペットボトルに流し込んだ。 そして少し落ち着いたところで熱されたこの身体をひやすため、オアシスにダイブした。
「ふぅ〜⤴︎! きもちいい〜!」
魚になった気分で泳いだりもしてみた。 なんと気持ちの良いことか。 小学生の時、授業で夏日にプールがあったときの気分が回顧された。
オアシスの中心であおむきに浮かんで、今の状況を少しかんがえてみる。
鳥取にいる二人は、どうしているのだろうか。 あの自称王は、なんのために自分と入れ替わったのか。 そして神はほんとうにいて、よくわからないこの世界……ここは一体なんなのだろうか。
一体なんの理由があって、僕はここにきたのだろうか。
昔にやったゲームに、選ばれた主人公がこうして辺鄙なところに飛ばされる、という物語があったが、それはすごいワクワクした。
でも、今思うとそのワクワクは、「必ず主人公はこれから現れる壁を乗り越え、大成功をおさめる」 とわかっているからこそあったんだ。 ただ成功するかわからないイバラの道を歩けだなんて言われても、ワクワクなんてしない。
そんなことを考えていたら、なにもかもわからなくなってきた。
太陽は答えではなく、光を僕に投げ与え続けている。
*
「はぁ〜……きょうも暑いな〜……」
少女は額の汗をぬぐった。 肩上くらいの焦げた茶色の髪が激しく揺れる。
「はやく帰って、くつろごー。 ね? ナイちゃん?」
彼女は、自分がのるラクダの首元をやさしくさすった。 目尻も口元もたれて、おだやかな表情はかわらないラクダだが、気持ちよさそうに手の感触を味わっているようだった。
「あ、そうだよ! あそこにオアシスがあるから、そこで水でも飲もっか!」
帰宅する前にオアシスがある。 それを思い出し、彼女の声はすこしばかりうわずった。
「……うん? なんか、真ん中にだれかいない……? ていうか浮いてない?」
そしたら、なにやら異変に気付く。 いつものオアシスじゃないぞ、と。
いつもより早足に近づいていった。
*
……ここはどこ?
「旅の人かな? おーい、大丈夫ですか〜」
私は誰?
「あの〜、お名前きいても」
私は……。
「あの、お名前……」
ーーーー私は。
僕はなにを思ったのか勢いよく立ちあがった。 水深はそれほど深くないからすぐに足がついた。 そしてなぜ、立ちあがったのかわからない、猛烈に足が突発的に動かされたのだ。
あたりには飛びちった水しぶきで、たくさんの小さな波紋ができあがる。
「俺は王! ファラオ・アムラーだ!!」
「なんでなにも着てないんですかァァァッ!!!?」
田辺は、自身に満ち満ちた声で叫んだ。
同時に今、一人の王(自称)が誕生したのだ。
*
放課後。 空がオレンジ色に染まる前、学生たちの疲労をのせた声が、校舎内で数多くあがっていた。
無論、マリッペと星合も彼らと同様。 前者はすわったまま伸びをし、後者はあくびをかいた。 これから家で待つ宿題たちを思うと、彼らはより1日の疲れを実感するのだった。
星合が、机のよこにかけてある荷物を取って、窓際で、遠く彼方をみている友人に視線を流した。
「おい、なに黄昏てんだよ。 授業も終わったし、マリッペと一緒にかえんぞ。 なぁ、聞いてんのかーーーー」
田辺は、現代の空をながめていた。