第二話目 オアシスになりたいな
第二話
やかましい日の光が、まどろむ僕の瞼を貫いた。 いつもの日の強さじゃないとうっとおしく思い、寝覚めると同時に勢いよく身を起こす。
しかし、まだやはり寝ぼけているようでうまく頭が働かず、状況判断ができないで頭を乱暴に掻いた。
そんな中でも、できるだけ多くの情報をつかもうとしてしまい、周囲をゆっくり見渡して、ますます頭が混乱してしまった。
石でできていたんだ、僕がいる部屋は。
まるでピラミッドに使われた石が四方を囲み、その中央に置かれた硬いベッドの上に寝かされていた。
どうにも脳の処理が追いつかない。ベッドから立って壁を触り、銅鐸型にあく壁の穴から外を見たーーーー砂漠だった。青い青い空の下に、どこまでも砂でつづいているような光景だった。
でも、そんなはずはない。だって僕は鳥取にいたのだから。
ファラオと名乗る男に出会ったのは非現実的だが、いつだって気持ちは現実の方で生きていたはずだ。
「あら、気が付いたのね」
頭の中がぐちゃぐちゃになりかけていた時、女性の声がゆるやかに僕の耳にはいってきた。 そちらに振り向くと、やはり、一人の白髪の美しい女性がいて僕は目を大きくさせてしまった。 身にまとう服が僕が着ているようなものではなく、白い布や美術館にあるような金の装飾品だったから。
「あ……あなたは?」
「アセト。 通りすがりの美少女ですよ」
恐る恐るさっきから気になっていることをたずねてみると、彼女は少々自信ありげに答えて、なぜか僕の危険信号が点灯した。 まずい、関わってはいけない系の奴かもしれないと。
「(ここはどこ) なんだこいつ」
「エジプトですよ。そしてここは私が作った緊急テントの中です。 倒れている貴方を助けたんですよ? ん?その真逆セリフはネタなんですよね? 本気じゃないですね?」
「なんで、通りすがっただけで助けたんですか」
「面白い死に方をしてましたんで、つい……抱腹絶倒ものでしたよ〜」
「……どんな死に方でした」
「えぇと……ぶふぉっ」
「(笑わないでください) なんだこいつ」
「その真逆セリフはネタなんですよね? ガチじゃないですよね?」
変な奴かもしれないと思ったら、なんだか口調も崩れてきてしまって、いけないなと思いつつも怒られないし崩れたまんま。 それに、複雑だが波長があうのか、言葉にもつまらない。
しかし長く会話を続けてもいられないとも思っていたーーーーいち早くこの状況を深く知り、元の世界に戻らなければならないと。 喧嘩じみたことをしたとはいえ、マリッペと星合くんが待っているのだから。
するとアセトは、接客スマイルのような顔で 「で……ですね。 要するに、私は貴方の命を蘇生したわけですよ」 と言う。 なんだその顔、はらたつ〜と思うも、そうですね、そうなりますねと僕は返すしかなかった。 確かに、数人の男に襲われてからほぼほぼ記憶がないーーーー彼らが持っていた槍が身体を数度つらぬいたのは覚えているから、死んだことには違いないのだろう。
「だから、蘇生費3万円を頂きたいのですがね」
「いきなり金に視点向けられたんだけど、はらたつ〜」
急に金を要求してきて僕は内心驚いた。 僕はなぜだか、金の話になるとドキッとしてしまうことがあるーーーーなにも悪いことをしていないのにパトカーを見るとドキッとして目をそらしてしまう……それに似た感覚が襲ってくることがあるのだ。
特に、自分となにかをしてくれた相手という一対一の状況では。
にしても、はらたつ〜。 にやけ顏で右手のひら突き出してくんのはらたつ〜。
渋る僕に、円でもドルでもユーロでもいいですよ〜、全ては金です金、と右手を突き出し催促してくる。
「3万で蘇るんですよ? やっす〜い! さぁ払いましょう!」
「高いし、第一持ってないしそんな額!」
「じゃあ3回払いにしたげます。 払ってください」
それでも渋る僕に、アセトはローンを組んでお金を催促。 でもよくよく考えてみたら命を救われて3万は……やすいのかもしれない、そうすこしだけ思ってしまった僕は、しぶしぶベッドの横に置かれてあった旅行カバンから財布を取り出し1万円を手渡した。
残金16086円。
手渡されたアセトは笑顔だった、ぶん殴りたくなるほど笑顔であった。
「ずいぶんハイカラなかばんですね。 旅の人ですか? じゃあいい旅のお供、必要じゃないですか?」
そしたら僕にこんなことを聞いてくる。 いい旅の供? ぼくは必要かもしれないとは思ったが、変なものを売りつけられても困るので首を振ろうとしたーーーーその時、アセトはテントの出入り口の向こうに上半身を出し、茶色い工具箱のようなものを「これです〜」と、僕の目の前に持ってきた。
……彼女の勢いに勝つことができず、僕はその「エジプト冒険用キット(税込3000円)を買ってしまった。
残金13086円。
「あ、聞くの忘れてましたね。 貴方の名前は?」
「田辺です」
「たな……ブフォッ!!(思い出し笑い)」
「はらたつ〜」
そしてアセトはついに用はなくなったのか、外に出るよう促してきた。 するとアセトは短い言葉を建物に向けて放った瞬間、岩でできていた頑丈なそれはみるみるうちにしぼみいったのだ。 僕は驚いた、まるで空気が抜けていくゴムプールのようにしぼんでいっているから。
彼女がこれをテントと言っていたのは、こんなことができるからなんだと納得がいった。
「では、私の役目は終わりました。 またお会いしたらお金、払ってくださいね。 これ、名刺です」
浅くお辞儀をしながら、アセトは縦書きの名刺を手渡してきた。 こりゃどうもと覗き込んだそれには。
[ 好きな言葉は五穀豊穣 みんなのオアシスになりたいな イシス=アセト ]
と書かれていた。
「はらたつ〜」
もう最初から最後まではらたったから、ちょうど鼻かみたかったし、テッシュとして使ってやった。
「あ! 名刺を! こっちがはらたつ〜! ……まぁいいです。 では、よい旅を」
そう言って、彼女は背中から翼のようなものを広げた。
「え、飛べるの……?」
「はい、だって私、神様ですから」
神?
言葉に困惑する僕を尻目に、アセトは飛び上がった。
オーロラのように鮮やかな色をした羽……飛び上がって空をバックにすれば、空色に溶け込みぼやけてしまったそれを、僕は見つめてしまった。
そしてどこかに去ろうとした時、彼女はブレーキをかけてこちらを見下ろした。
「ここから東に進むと町があります。 頑張ってそこまで行って、生きて、お金払ってくださいね〜。 ではでは〜」
腹の奥でなにかありそうな笑顔で手を振って、彼女はものの数秒で地平線の彼方先へと消えてしまった。 呆然と眺める僕に、太陽は依然として熱を多分に含んだ光を当て続けていた。
「東……東、ねぇ……。 東ってどっちだろう。 あ、キットの中にコンパスとか入ってんのかな?」
結構な値段したんだ、コンパスとか入っているに違いない。 というか入っていないと旅のよきお供とは言えんだろうと、小さな期待を心に、キットを砂の地面に置いて開けてみた。
するとどうだ、コンパスどころの話ではなかった。 というかペン一本入ってはいなかった。
箱の中にところせましと入っていたのは、笑っていたりピース姿をしているアセトのブロマイドであった。
「いらねーよ!!」
田辺は、目にはいった瞬間片手一杯取って地面へと叩きつけた。
ーー今度奴に会ったら目の前でこれ全部燃やしてやる……!
彼は今、自称「神」の女性に、復讐を誓った。