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09 令嬢、幼女と囚われる

 店外でいつまでも口論を続けるわけにはいかない、と女性の剣幕に押された私とリーゼはトボトボと店に向かって歩く。女性に先導され、背後には男がつき従う。私とリーゼは逃げ出すことを既に諦めていた。


 リーゼだけでも逃がしてあげたい。だけど、私の力だけでは男からは逃げられない。私はどうしてこんなにも弱い女なのか。


 店の中に連れ込まれれば、もう逃げられない。今すぐにでも、逃げないといけないのに身がすくむ。一歩一歩と進む足どりが重い。店に彩りを与えていた花々はもう色あせていた。開かれた扉の先は黒く淀んで見えた。


 店に入るとすぐに、私とリーゼは狭い小部屋に押し込まれる。家具の類は一切置かれておらず、小さな高窓があるだけの部屋だ。女性は「少しここで待っていて」と一方的に告げ、部屋を出る。


 これは私への罰なのだろうか?牢獄のような部屋に私は茫然とした。ガチャリ、と部屋に鍵をかける音が遠い世界のことに思える。


 「…………ルティお姉ちゃん……」


 リーゼの震え声が聞こえる。私はすぐに反応することはできなかった。


 「……リ、リーゼ。きっと、大丈夫だから……。大丈、夫……」


 かっこわるいな、私。空々しい嘘を突きとおすこともできない。さりとて、リーゼを抱きしめることもできない。


 だらんと下げた両腕には力が入らない。おかしいな、と思っているうちに、視界がぼやけていく。足の力が抜けていき、腰砕けとなった私は、その場に座り込んでいた。


 見上げた視線の先に、目を丸くしたリーゼが見える。かわいい顔がくしゃりと歪んでいくのが、やけにゆっくりと感じた。


 「ルティお姉ちゃん、ごめんなさい!」


 私はリーゼの小さな体に抱きしめられていた。


 「ごめんなさい!ごめんなさい…。ごめんな、さい……。ごめん、な、さい……」


 リーゼの涙声が途切れて聞こえる。リーゼ、私の方こそ、ごめんなさい。お姉ちゃんの私があなたを守らなければならなかったのに……。私の謝罪は言葉にならずに霧散する。私は声を押し殺して泣いた。


 私もリーゼも、絶望と諦念で支配されている。二人きりの牢獄は、私たちの嘆きで満ちていた。



 数分後、コンコンと響くノックの音が私たちを現実に引き戻した。「ひっ…」と悲鳴をあげたのは、私とリーゼのどちらであっただろうか。鍵の開く音に、私は背筋を凍らせた。


 お願いだから来ないで、と祈るような気持ちでドアノブを凝視した。ゆっくりと回るドアノブが、断頭台へとひきたてられる囚人の絶望を想起させる。


 扉が開く瞬間、私はリーゼを胸に抱きしめる。無駄な抵抗であることはわかっていた。それでも、リーゼだけは守りたかった。


 ゆっくりと私たちに近づく足音は一つ。あの男はいない様だが、伏せたままの顔は上げられそうにない。足音に共鳴するように、私の心臓は激しく鼓動する。聞こえる足音が大きくなるほど、より強く脈動していた。


 女性の息遣いが聞こえる頃には、私の心臓は破裂せんばかりだった。リーゼの身体も小刻みに震えていた。


 私とリーゼは、女性の言葉をただ待つしかない。私たちから、話しかける勇気はない。断頭台に拘束され、いつ首を断たれるか待つ罪人のようだった。


 「……うちの旦那が大変失礼なことをいたしました!申し訳ございません!」


 今、私は何を言われたのだろうか…?恐る恐る顔をあげた先には、腰を深々と折る女性の姿があった。


 「えっ…」思わず声が漏れる。私とリーゼを捕まえた人攫いが頭を下げている。私は女性のつむじをただ茫然と見ていた。


 女性はいぶかしげに顔をあげる。ふいに女性と視線が絡まり、私の肩がはねた。


 「あ、いや、その、申し訳ありません!……ゲーベルに、いえ、旦那に話は聞きました。せっかくお店に来ていただいたのに、申し訳ございません!」


 女性は再び頭を下げる。


 「……ルティお姉ちゃん…」


 声の方を見ると、不安そうな顔のリーゼが私を見上げていた。大丈夫だよ、リーゼ。今度こそ、私に任せて。私はキッと女性に視線を送る。


 「あの、顔をあげてください」

 「……申し訳ございません」

 

 私の声に従い、女性が顔をあげる。年のころは二十代半ばくらいだろうか。眉を八の字にした女性が、座ったままの私をうつむきがちに見下ろした。


 「どうして、このようなことをなさったのですか?」

 「それは!……いえ、申し訳ございません。…………実は、先日、強盗に入られまして……その、後姿が似ていたから、勘違いしてしまったのです」


 女性は途切れ途切れに答える。呼吸を整えるように、ゆっくりと息を吸い込んだ。


 「強盗に入られたとき、旦那も出掛けていたんです。私だけで強盗をどうにかできるわけがないから、奥の部屋に隠れていました。だから、強盗犯の姿をきちんと見たわけではありませんが、幸いにも、強盗犯の一人の後姿を見ました」


 女性の早口に話すと言葉を切る。私とリーゼを順々に見やり、申し訳なさそうに私を見やる。


 「……その強盗の後姿は、あなたにそっくりでした。青色の長い髪がきれいだったから、よく覚えています。背丈も私よりも小柄だったから、女性に間違いない!……そう旦那に話したから、あなたを強盗と勘違いしたみたいです」


 強盗に入られたとしたら大変だ。金品だけでなく女性が攫われる危険もあったのだ。あの男が警戒するのも無理はないだろう。


 女性の話におかしなところはない。だが、どうにも違和感を拭えない。私の心が警鐘を鳴らしていた。


 「本当に申し訳ありませんでした」


 女性が頭をさげるのは三度目だ。誤解とはいえ、私とリーゼに監禁まがいのことをしたのだから、謝罪は当然だろう。


 「……もう十分に謝罪は受けましたから、これ以上は不要です。どうか顔をあげてください」


 ようやく私と女性は正対する。真っすぐに伸びた背筋が美しく、黒く艶やかな髪からは何とも言えない色香が漂う。まるで貴族のような気品を感じた。


 この女性は貴族なのだろうか…?


 軽く頭を振り、ふいに頭に浮かんだ疑惑を振り払う。女性は小首をかしげて私を見やった。


 女性が貴族であるならば、どこかの夜会で出会っているはずだ。私は次期王太子妃なのだ。……私が王太子妃になることを認めない貴族が多いとはいえ、対外的には友好的に挨拶をする。


 本当に会ったことがないだけとも考えられるが、その可能性は低いだろう。夜を切りとったように美しい黒髪は注目の的に違いない。噂は私の耳にも届くはずだ。


 ぼんやりと考えていると、リーゼが私の右手を引っ張ってきた。


 「……ルティお姉ちゃん、もう帰ろ」


 俯いたリーゼが弱々しくつぶやく。私はリーゼの手をしっかりと握りなおした。


 「私たちはこれで失礼させていただきます」

 「…………え!?ちょっ、ちょっと待って!あ、いえ、お待ちください」


 扉に向かって歩き出した私たちに、焦ったように女性が声をかける。私の腕をとって引き留めてきた。


 もう私たちに用はないはずだ。今回のことは、お互いに事故だったと忘れればいい。


 少しうんざりしながら私は振り返った。


 「せめて、せめて、お詫びをさせてください!……そうだ!お花、お花を持って行ってください!」


 謝罪を受け入れるまで続きそうな女性に辟易する。私は小さくため息をついた。

読んでくださってありがとうございます。

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