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07 令嬢、幼女に赤面する

 リーゼと私は似ているのかもしれない。どちらも単純に寂しいのだ。


 魔法士として優秀であるがゆえに孤独なリーゼ。

 王太子妃として認められないがゆえに孤独な私。


 私たち自身が孤独を望んだりはしていない。それなのに、私たちの周囲が勝手に遠巻きで見ている。私のように罵倒されたりはしないだけ、無干渉のリーゼの方がまだましなのだろう。いや、どちらにしても心を傷つけられてきたことに変わりはないか。


 リーゼと関わった時間はまだ少ない。だが、お互いの苦しみを分かち合うことも、趣味の話をすることもできる相手だとは十分にわかった。私とリーゼは良き友人になれるだろう。


 「ルティお姉ちゃん……」リーゼは私の名前を呼び、私の胸に顔を埋めてくる。


 「リーゼ、大丈夫。私はあなたのお友達だよ」


 私はリーゼの頭をゆっくりと撫でる。リーゼは頭を私に押し当てたまま、頷いていた。


 この半日ほどで随分とリーゼに信用されたものね。私自身もリーゼならば信用できると思っている当たり、他人事にはできないけれども……。こんなにも絆されやすい性格をしていたなんて、私自身も知らなかったわ。リーゼを抱いたまま薄ぼんやりと私は考えていた。


 「……うっ、ありがとう、ルティお姉ちゃん」


 リーゼが小さくつぶやき、身じろぎした。「ごめんなさい」と目を伏せたままつぶやいた。


 「さぁ、行きましょうか。リーゼが私をエスコートしてくれるのでしょう?」


 中腰から姿勢を正した私は、空気を変えるように朗らかな声を出す。顔を上げたリーゼに悪戯っぽく微笑んだ。

 

 「騎士様は私をどこに連れて行ってくれるのかしら?」


 リーゼはきょとんとした顔をする。何を言われたのかが分かっていないようだ。リーゼの呆けた顔が面白いので、私はその額にピンとデコピンをした。


 「エスコートしてくださいますか、騎士様?」

 「――当たり前だよ!私に任せて!私は騎士なんだから!」


 目を見開いて固まっていたリーゼは破顔した。繋いだ手を引っ張りながら、再び私の前を歩きだす。


 「目的地はもうすぐだよ、ルティお姉ちゃん!早く早く!」

 「そろそろ目的地を教えてくれないかしら?まだ秘密にするつもり?」


 私は眉を八の字にしてリーゼに尋ねた。行先が分からないままに歩くのも楽しいけれど、そろそろいいだろう。今回の目的であるエリアルへのプレゼントを買いに行くのだ。何をプレゼントするかはしっかりと考えたい。

 

 「聞きたいの、ルティお姉ちゃん?それはね~それはね~」


 楽しげに笑うリーゼはもったいぶるように言葉を切った。繋いでいない手を私の前に突き出した。


 「お花屋さんだよ!ステキなお花を送って、メイドさんのハートをメロメロにしちゃうんだから!」


 目的はあくまで仲直りすることだよ。その一言を私はグッと飲み込んだ。




 「ルティお姉ちゃん、お花屋さんが見えてきたよ!」


 リーゼに連れられて歩くこと十数分、私たちは街外れにある目的地へ到着した。白色を基調とした外観に、色とりどりの花々が映えている。木製の看板には『プリュ・ゼーゲン』と刻まれていた。シックな雰囲気で好印象だった。


 「こんなにステキなお店、リーゼはよく知っていたね」


 思わず感嘆の声を漏らした。まるで物語から抜け出してきたように、その一角の空気だけが違う。街の喧騒とは異なり、ただ清廉と佇んでいた。


 「知る人ぞ知る秘密のお店なの。恋愛小説の舞台になったこともあるんだよ!」


 私の顔を見たリーゼは満足そうに微笑んでいる。私の視線はお店に釘付けになっていた。白のキャンパスに咲く、赤、青、紫……。リーゼがニコニコと笑うばかりで、なかなか目的地を言わなかった理由もよくわかる。


 幻想的な光景に胸がときめいた。リーゼの作戦に嵌まったことが、少し悔しい。だけれども、嬉しい。


 「お気に召していただけた様で光栄です、お姫様」


 作戦が成功したリーゼは上機嫌の様だ。私を揶揄うように芝居がかった口調で話す。


 「よろしければ、お姫様のために花を送らせていただきたいのですがよろしいでしょうか?」


 リーゼは手を繋いだまま片膝をつき、私の指先に口づけを落とす。そっと私の手を唇から離すと、手の甲をリーゼ自身の額に押し当てた。スターチス王国では有名な騎士の礼をリーゼはとっていた。

 

 恐らくリーゼは何をしているのかを知らないのだろう。何の気なしにリーゼが行った礼は、愛しい女性に対して騎士がとる誓約の礼だった。

 意味を理解した上で行っていないことは十分に察していたが、私には頬が熱くなるのを止められなかった。


 「……花を送ることを許します」

 「ありがたき、幸せです」


 額に押し当てていた私の指先にそっとリーゼは二度目の口づけをする。満足そうなリーゼの顔を私は見ていられず、バッと反らした。


 「こっち向いてよ、ルティお姉ちゃん」

 「……知らないわ」

 「もう……ほら、お花を見に行こうよ」


 頬を膨らませながらリーゼは言う。


 「メイドさんの好きなお花を教えてくれないと、お花を選べないよ!」


 リーゼに怒られた……。年上としては恥ずかしいことだけど、今は少しだけ待って欲しい。


 「ごめんなさい、リーゼ。でも、少しだけ待って欲しいの」

 「どうして?」


 リーゼの純粋な疑問に私は絶句した。騎士の求愛の礼をとったリーゼに動揺しているなんて言えるわけがない。私だけが意識しているのが、なんだか納得いかない。


 リーゼは本当に知らないのでしょうね?もしかして、意味がわかった上で、私のことを揶揄っているの?もしそうであるならば、例えリーゼでも許さないわ。少しやさぐれた気持ちになった。


 「あはは、お前たちはさっきから何をしているんだ?」


 突然、楽しそうな男の声が聞こえてきた。声の方に顔を向けると、店のドア越しに男性が覗いていた。


 見知らぬ男に声をかけられ、心臓が跳ねた。リーゼとの騎士ごっこを他の人に見られるなんて……。また羞恥で顔が熱くなるのが自分でもわかった。


 いつから見られていたのかはわからないが、客観的に見れば年下の少女に騎士の真似事をさせて頬を染める女性にしか見えない。倒錯的な光景を演じていた事実を知り、私の顔は青ざめた。


 男の声で夢から現実に引き戻された私はふと気づいた。この男は私たちをずっと見ていたの……?


 今の私たちは街外れにいる。周囲に人の気配はなく、リーゼと私とあの男しかいない。どこか威圧感のある声に、いかつい顔。男が花屋の店員だとは到底思えない。どちらかと言えば、花よりも荒事が好きそうな男だ。


 もし男が人攫いだったら?私たちを獲物と見て舌なめずりをしているとしたら?最悪な想像に悲鳴をあげそうになるのを堪え、私は前に出てリーゼを背中に隠す。この場にはリーゼと私しかいないのだ。いつものように護衛が守ってくれたりはしない。私がリーゼを守らなければならない。


 覚悟を決めた私は男の一挙一動を見逃すまいと、視線に力を込めた。男は「へぇ…」と言葉を漏らし、店の外に出てくる。素人目でも鍛えられていることがわかる体つきに、私はさらに警戒を高めた。


 後ろ手にリーゼの手を握った私は「逃げるから、しっかり握っていて」とつぶやいた。リーゼは状況がわからない様で、目をパチパチとさせる。リーゼにあの男を見せるつもりは私にはない。


 じりじりと一歩ずつ後退すれば、男は後ずさった分だけ前に進んでくる。


 あの男が怖い。恐怖で動揺していることは私自身でもわかっていた。「ルティお姉ちゃん……」私の恐怖が伝染したリーゼも不安そうな声を出す。大丈夫だよ、とは私には言えなかった。


 「おい、何で逃げるんだよ!」


 男の声に私とリーゼの体がピクリと跳ねる。男の声には苛立ちが混じっていた。

読んでくださってありがとうございます。

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