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06 令嬢、幼女と街で語らう

 店内を見まわすと、動物と魔物をデフォルメ化したぬいぐるみが鎮座していた。人間と共生する動物のみを扱う店が多い中、この店では魔物のスペースも十分に確保されている。……私が好んで収集しているセレストドラゴンのぬいぐるみも実はなかなか手に入らない。


 動物と魔物は体内に魔力を保有しているか否かで区別される。魔力を保有しているほど、体は強靭になり知能は高度となる。そのような魔物を剣や槍のみで倒すことは難しい。必然的に魔物への対抗手段として魔法が用いられるが、魔物を討伐できるほどに魔法に長けている者は少ない。それゆえに、魔物は恐怖の対象でしかない。


 私は魔物のコーナーに視線を向ける。鋭い目つきに刺々しい体、毒々しい色合いのぬいぐるみが並んでいる。魔物図鑑に載せられた姿そのままをデフォルメ化したのだろう。その一角だけが異様な雰囲気を醸し出していた。デフォルメ化するならば、ぬいぐるみらしく可愛らしさを強調すればいいのに……。リーゼを連れてきたのは失敗だったかと後悔した。


 「……ルティお姉ちゃん、このお店すごいね」

 「ごめんなさい、リーゼ。もう出ましょう」

 「えっ、どうして?」


 リーゼが不思議そうに言った。少し首をかしげながら、私を見つめていた。


 「魔物とか怖いでしょう?私はリーゼを怖がらせたくないの。ぬいぐるみ屋ならば他にもあるだろうし、他の店でかわいいぬいぐるみを見た方がいいのかなって思ったの」

 「ルティお姉ちゃん、また私を子供扱いしてる。……今日の私は騎士なんだから、魔物なんて怖くないよ。ルティお姉ちゃんが怖がっているだけだよ!」


 リーゼは口を尖らせた。私の騎士としてエスコートすることも忘れていなかったらしい。リーゼは不満そうに言葉を続けた。


 「騎士が魔物を怖がっていたら、お姫様を守れないよ。私の大好きな小説の騎士も言っていたよ。『魔物よりもお姫様が傷つくのが怖い』って。私もそんな騎士になるんだから、魔物だって平気だもん」


 すねたリーゼはそっぽを向いた。


 「そっか。リーゼは私の騎士様だったわね」


 私がつぶやくと、リーゼは視線だけを私へ戻した。私は少しかがみ、リーゼと目線を合わせる。


 「騎士様、どうか私を守ってください。私は魔物が怖いのです。ただのぬいぐるみでも怖いのです。だから、そばにいてくれますか?」


 少し芝居がかっているかな、と不安になった。魔物が怖いのは本当だけれども、さすがにぬいぐるみは怖くない。でも、そばにいて欲しいと思ったのは私の本心。寂しいのは嫌いだ。


 繋いでいた右手に左手を重ね、リーゼの手を包む。手の震えに気づかれないように、平静を装う。


 「……当たり前だよ。ルティお姉ちゃんは私の友達なんだから」


 リーゼはまた私から視線を外してぼそりとつぶやいた。リーゼの耳が赤くなっているのがよく見えた。


 騎士としてではなくリーゼとして答えてくれたことが嬉しい。きっと私の耳も真っ赤になっているだろう。リーゼと繋いだ手が温かかった。







 それからのリーゼは私の騎士を演じていた。魔物が怖い、と弱音を吐いたからだろうか。私へ寄り添うようにエスコートをする。当初の思いつくままに歩くような強引さは鳴りを潜めていた。


 私の右手は今もリーゼに握られている。エドモンド様とは違う小さな手のひらだけれども、どこか安心した。


 リーゼのエスコートに従い、ぬいぐるみ屋の後には書店に行き、遅めの昼食をいただく。恋愛小説談議に花を咲かせた。ヒロインに感情移入する私と騎士の立場で読むリーゼとでは、作品に対する視点が異なり話していて面白い。同じ作品を読みあい、意見交換する約束までした。


 「リーゼは街歩きをよくするの?」


 よどみなくエスコートを続けるリーゼに尋ねた。エリアルに送るプレゼントを買うのにふさわしいお店があるということで、二人で歩いていた。


 「街歩きはよくするよ。お父様もお母様も魔法の練習をした後なら、お菓子食べてもいいよって、許してもらっているの。街にはたくさんのお店があるから、いろんなお菓子が食べられて楽しいんだよ!」


 リーゼは満面の笑顔を私に向けた。


 「お菓子は頑張ったご褒美ということ?」

 「そうだよ!私の大好きなお菓子が食べ放題なの!街中のお菓子を全部食べちゃうんだから!」


 私の手を引いたまま前に出たリーゼは、もう一方の手を腰に当てて堂々と宣言した。街中のお菓子を食べつくすなんて不可能だと思いながら、私は口を噤んだ。お菓子は大好きだけど食べすぎれば太ってしまう毒だ、と私は実体験から知っている。しかし、それを告げることは無粋だ。


 黙ってしまった私だが、その眼は羨ましそうにしていたらしい。私の顔を覗き込んだリーゼは目を輝かせた。「あの店はクッキーが美味しい」「こっちはパウンドケーキのお店で、味が絶品なの」などとリーゼの講評を聞きながら、歩みを進める。……本当にいろいろなお店に出向いているようで、リーゼは饒舌に語っていた。


 「リーゼを学園の講義で見かけないのだけれども、講義には参加しないの?別のところで特訓とかしているの?」


 放っておくといつまでも話続けそうなリーゼの言葉を遮って、話題を変えた。リーゼと私は同じ二年生のはずだが、同じ講義を受講したことはない。受講免除されているリーゼの不参加は権利であるが、その間に何をしているかは学園でも噂になっていた。


 「……ルティお姉ちゃん、笑ったりしない?」


 ばつが悪そうな顔をしてリーゼは私を見た。快活に笑っていた先ほどの表情は一変している。予想外の反応に驚いた私は足を止めた。そんな私を見てリーゼは俯いた。


 「ちが、ちがうわ、リーゼ!私は笑ったりしないから、顔をあげて頂戴!」


 私は慌ててリーゼに声をかけた。リーゼは感情の浮き沈みが激しい。内容を聞く前から笑ったりしない、と約束するのは早計な気もしたが、気にしてはいられなかった。


 「リーゼのことを教えて欲しいわ。私たちお友達でしょう?」

 「……お友達」

 「そうよ、お友達だわ。笑ったりなんかしないから、ね」


 私と視線を合わせたリーゼに笑みを向ける。リーゼも安心したようで、私に笑みを返した。


 「ルティお姉ちゃんだから、言うよ。笑わないで欲しいのだけど……」


 リーゼは言いにくそうに口をもごもごとさせる。悩むそぶりのリーゼに私も動揺した。そんなに話しにくいことを私が聞いてもいいのだろうか。


 内心の動揺を押し隠すように、中腰となってリーゼと目線の高さを同じにした。


 「……私、ね。……お友達が、いないの。……学園の講義は、二人で受けたりする、でしょう?……ひとりぼっちは嫌だから、出たくないの」


 ぼそりと話し出したリーゼの言葉には、寂しさが滲んでいた。天才と称されるリーゼに気後れする生徒は多いだろう。……私もリーゼに対して劣等感を持っているから、気持ちは理解できるし。彼らを責める資格は私にはない。リーゼの孤独は私の罪だ。


 私は「リーゼ」とやさしく呼びかけた。繋いだ右手に少し力を込め、リーゼの手をしっかりと握った。


 「これからは私と一緒に講義に出ましょうか?私はリーゼと講義に出られたら嬉しいわ」


 ゆっくりと私は言葉を紡ぐ。リーゼの肩がピクリと震えた。


 「実はね、私もお友達がいないの。だから、お友達のリーゼが一緒にいてくれたら楽しいわ」


 友人だった人たちは、もう私の傍から離れている。だから、私もリーゼと同じひとりぼっちなんだよ。私の本心がばれてしまわないように、声が震えてしまわないように、悪戯っぽく笑う。私も寂しかったのだ。


 「……一緒に出てもいいの?」

 「リーゼと一緒がいいわ」

 「ルティお姉ちゃん、ありがとう」


 そう言うと、リーゼは私に抱きついてきた。リーゼが私を離すまで、頭を撫で続けた。

読んでくださってありがとうございます。

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