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05 令嬢、幼女と街に出向く

 「――ルティお姉ちゃん、一緒にお出掛けしよう!私が連れていってあげる!」


 隣り合って座っていたリーゼは突然立ち上がり、腰に手を当てて堂々と宣言した。胸を張り小さな体を精一杯に大きく見せる。「私に頼って、頼って」と全身で示すところがかわいらしい。


 「……リーゼが私をエスコートしてくれるの?」

 「うん!私がエスコートする!」


 軽く胸を叩くリーゼのテンションは上がっていた。


 「ルティお姉ちゃんは、今からお姫様なの!そして、私が騎士!だから、私がルティお姉ちゃんを連れて行くの!ステキなプレゼントを渡せば、メイドさんとの仲直りは間違いなしだよ!」


 満面の笑顔のリーゼを見上げ、私の右手をそっとリーゼに向かって差し出す。リーゼは得意げに微笑むと私の右手を両手で包み、私を立たせてくれた。


 「ありがとう、リーゼ」と小さな騎士様にお礼を言い、頭をゆっくりと撫でる。リーゼは私にされるがままだった。


 神童と呼ばれていてもリーゼは九歳の子供だ。物語の騎士に憧れを抱いてもおかしくない。私も女だてらに騎士を目指していた時期があったから、騎士の真似をしたがる気持ちもわかる。もっとも、エドモンド様に恋をしてからは騎士よりもお姫様に憧れるようになったけれども……。


 残念なことだけれども、騎士は男性にこそふさわしい。体も小さく力も弱い女性では誰かを守るのは難しいだろう。私が騎士をあきらめたように、リーゼもいずれは騎士をあきらめることになる。魔法に才があるリーゼは魔法士以外の道を選べはしない。だからこそ、今だけでも騎士になる夢をリーゼに見て欲しい。そう思ったのだ。


 それにしても、リーゼの趣味が恋愛小説なのは予想外だった。それもヒロインではなく騎士に感情移入しているとは思わなかった。恋愛小説を切っ掛けに、騎士に憧れるところは少し変わっている。私も恋愛小説は好きだから、リーゼがヒロインを助ける騎士の姿を好むのならば、私はヒロイン役を演じてみせよう。


 今日の演目は『護衛騎士による令嬢とメイドの仲直り大作戦』と言ったところでしょうか。メイドを傷つけてしまい落ち込む令嬢を護衛騎士が励まし、令嬢とメイドの仲を修復するためにプレゼントを用意する。……やはり、令嬢と騎士の恋物語は定番すぎるかしら。


 令嬢役が私、護衛騎士役がリーゼ、メイド役がエリアルという配役で即興劇の幕があがる――少し恥ずかしいですね。思わぬ展開に私も動揺しているのかもしれない。


 リーゼの前で気落ちした姿を見せたのは、私の失態だった。裏表のないリーゼに思わずに気が緩んでいたのだろう。私は甘えてしまったのだ。


 自分たちに仕えるメイドの話題が出た際に、今朝のエリアルとの会話を思い出して目尻に涙がにじんだ。我慢できずに「エリアルに嫌われたかもしれない……」と弱音を吐いてしまった。リーゼを困らせることにしかならないのに。


 強引な騎士ごっこはリーゼのやさしさなのだろう。リーゼが私を元気づけようとしてくれることが正直に言って嬉しい。私もエリアルとの仲違いなんて望んでいない。仲直りができるのならば、すぐにでも仲直りしたい。でも、どうしていいかが私にはわからない。


 だから、小さな騎士様お願いしますね。どうか私の背中を押してください。私に勇気をください。


 リーゼにすっかりと絆されている私自身を可笑しく思いながらも、私に頭を撫でられるままにしている騎士様へ微笑んだ。






 「ルティお姉ちゃん、あのお店に行ってみようよ!……あっ!あっちのお菓子も美味しそう!早く早く!」


 手を引かれる私はリーゼの勢いに押されていた。リーゼは年相応の無邪気な笑顔を浮かべ、見るもの聞くもの全てが楽しいと言わんばかりに、街中を闊歩する。


 街の喧騒に飲まれるのは久しぶりだ。お兄様とお祭りに参加したとき以来だから、約五年くらいだろうか。エドモンド様の婚約者となってからの日々は、息をつく暇もなかった。エドモンド様の婚約者としてふさわしくあるために、私自身の自由時間を削ってきた。……他の令嬢よりも劣る面の多い私には倍以上の努力が必要だった。


 それでなくとも、次代の王太子妃が自由に街を歩くことなどは許されない。大勢の護衛を連れて街を歩くのは視察とかわらず、気を緩めることなどできはしない。王都の治安が安定しているとはいえ当然の措置であった。


 だからこそ、学園からの外出申請がすんなりと下りたことに少なからず私は驚いた。以前は当日申請は許可できないと、突っぱねられていた。もう守る価値がないと考えているのだろうか。脳裏に『エドモンド様との婚約解消』という言葉が浮かび、気が遠くなっていた。


 「ルティお姉ちゃん、ボーっとしていたら危ないよ!」私へと振り返ったリーゼが頬を膨らませている。


 「ごめんなさい、リーゼ。……あそこのぬいぐるみ屋に行きましょうか?ほら、店頭にあるセレストドラゴンのぬいぐるみがかわいいわ!」


 不安を振り払うように、私は大きな声を出す。指差しをした先には、色とりどりのぬいぐるみが鎮座している。その中でも、美しい空色が目を引いた。


 わずかに紫がかった青色の体に、眠たそうな目が警戒心を薄れさせる。見かけだけなら、人類の脅威である魔物とは思えないが、実際にはとりわけ危険なドラゴンの一種だ。危害さえ加えなければ攻撃してこない温厚さを持っているため、被害報告はほとんどない。


 やる気のないだるそうな姿が私の好みだった。見かけに違わず、一日を寝て過ごすほどの緩さが実にいい。眠たそうな顔を見ていると、頑張るのが馬鹿らしくなるからリラックス効果は抜群だ。


 「あっ、クラスタシープのぬいぐるみもある!」


 ぬいぐるみ屋に視線を向けたリーゼも嬉しそうな声を出した。クラスタシープは私たちにとって身近な生き物だ。体全身を覆う体毛は衣服に使うことができ、食用としても美味だ。


 草食であることから人に危害を与えることもなく、足が遅いため逃げ出すこともない。騎士を目指す子供にとっては、騎乗前の練習台でもある。だから、騎士に憧れを持つリーゼはクラスタシープに興味を示したのだろう。


 「ルティお姉ちゃん、早く行こうよ!」リーゼが私の右手を引っ張った。


 逸るリーゼに「すぐに行きましょう」と微笑めば、リーゼも満足そうに笑った。騎士として私をエスコートする、と言ったことはすっかり忘れてしまったようだ。

読んでいただきありがとうございました

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