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04 令嬢、友誼を結ぶ

 「こんにちは、お嬢さん。聞こえませんでしたか?」


 目を丸くして何も言わずにいる少女に改めて声をかける。少女に対する敵愾心を隠し、人好きのする笑顔を浮かべる。少し膝を折り、少女と私の視線を合わせた。


 突然に声をかけられた驚愕から我に返った少女は、「……こんにちは」と小さくつぶやいた。動揺から覚めきっていないのか、その声は若干震えている。


 年の頃は十歳前後だろうか。小柄で可憐な少女が涙目で見つめる姿は庇護欲を誘う。普段の私であれば、抱きしめて頭を撫でるくらいのことはしただろう。だが、今は慰める気はなかった。


 私はうまく笑えているのだろうか。ふいに疑問がわいたが、必死に頭の片隅に追いやった。私は笑みを更に深めた。


 「私は二年生のアルティエル・アガパンサスです。私も魔法の練習のために、旧校舎を訪れることが多いのですよ。こんなところで人に会うなんて思わなかったから、私もとても驚きました。……お嬢さんともお会いするのは初めてですよね?よろしければ、お名前を教えていただけませんか?同じ練習仲間として仲良くなれれば……と思うのです」


 なにが『仲良くなりたい』だ。嘘にまみれた言葉を少女に話す自分が嫌になる。才なき私が才ある少女と魔法の練習をすれば、劣等感で苦しむことなんてわかりきっているのに……。


 私の言葉の意味をゆっくりと噛みしめるように考えていた少女は、突然目を見開いた。顔を私に近づけてきた。急に距離を詰められた私は驚き、のけぞりそうになった。


 「お姉ちゃんは私とお友達になりたいの!?」


 満面の笑顔とともに少女がまた一歩と距離を縮める。私は軽くのけぞった。相手が少女とはいえ、目と鼻の先まで近づかれたことに動揺した。


 騙して近づこうとしたのは私からだけれども、距離があまりに近すぎる。私の困惑は表情に出ていたのだろう。少女は悲し気な顔を見せた。


 「……お友達になりたくないの?」と悲痛なつぶやきが聞こえる。


 どうやら少女は友達に飢えているらしい。突然に声をかけてきた不審な私でもかまわないくらいなのだから相当だ。だが、私も少女の問いに即答はできなかった。


 私は悪意を持って少女に近づいた。日頃の鬱憤を少女ではらそうとしたのだ。少女に声をかけたのは、純粋な気持ちからではない。


 一方で、少女の友達になることに魅力も感じた。情けないことに、私にも友達がいない。いなくなってしまった。私は裏切られることに辟易していた。


 「…………お友達になってくれるの?」


 私のふいに漏らした言葉に、少女は飛び跳ねるように顔をあげた。


 「うん!なりたい!お友達になりたい!お友達が欲しいの!」

 「………そう…」

 「私とお友達……嫌なの?」


 少女の勢いに押され、私は顔を引きつらせる。コロコロと表情を変える少女に追いつけないでいた。


 目に涙を浮かべた少女は、不安を耐えるようにギュッとスカートを掴んだ。


 「…………いいわよ。……お友達になりましょう」

 「本当?私とお友達?」

 「本当よ。今日から私はお嬢さんのお友達だわ」

 「お姉ちゃんは私のお友達!」


 それまでの弱々しい口調が嘘であったかのように、少女の言葉は弾んでいた。ニンマリと少女の口元が緩む。


 「お友達だ。お友達。やったやった」と嬉しそうに少女は飛び跳ねる。喜びを爆発させるあまり私の存在を忘れていた。


 「私はお嬢さんの名前をまだ知りません」


 嬉しそうな少女の言葉を遮るように、私は口を挟む。放っておくといつまで続くかもわからない。


 「お嬢さんの名前を教えてください」


 少女を落ち着かせるように、ゆっくりと話す私は言葉を区切る。不思議と当初に少女に向けていた悪意はなくなっていた。


 「私たちは友達になったのですから、ね?」


 偶然に出会った少女。少しぐらいならば、少女のお姉さんのように振る舞っても問題ないはず。素直な目で少女を見れば、魔法の練習を頑張るただのかわいい女の子だ。この子にはやさしくしたい。


 「ごめんなさい、お姉ちゃん」と名前を言わなかったことを謝罪された。少し上目遣いで私を見る姿が可愛らしい。私の笑みも自然と柔らかくなった。


 「私の名前はね、リーゼロッテ・ライラックだよ。私も二年生なんだ。お姉ちゃんと同じ学年だから、とっても嬉しい!」


 少女の正体を知り、ピクリと私の眉が動いた。


 リーゼロッテ・ライラックの名は学園では、私と別の意味で有名だった。学園創設以来もっとも魔法の才能に恵まれた神童である、と。


 リーゼロッテは八歳で学園への入学を果たし、歴代最年少記録を更新した。それだけに留まらず、学園入学以降の考査では常に一位を独走し、他の追随を一切許さない。講義の受講すら免除されており、人知れず魔法の訓練をしていると噂だ。


 伯爵令嬢でもあるが彼女はまだ社交界デビューを果たしていないため、夜会には参加していない。私とリーゼロッテ伯爵令嬢はこの旧校舎ではじめて対面したことになる。


 私はリーゼロッテへの態度を思い返し、顔を青ざめた。リーゼロッテ・ライラック伯爵令嬢?私は何て失礼なことを――。


 「リーゼロッテ様」私は姿勢を正し、笑みを消した。

 「……お姉ちゃん?」


 リーゼロッテの声には戸惑いが滲んでいた。和やかな空気は霧散していた。


 「これまでの失礼な態度をどうかお許しくださいませ」


 リーゼロッテは息を吞んだ。私は謝罪の言葉とともに深く頭を下げている。


 まあそうでしょう。リーゼロッテ様の様子から察するに、伯爵令嬢として扱われることには慣れていないのだろう。しかし、私はリーゼロッテ様に許しを請わなくてはならない。才なき私と、神童の誉れ高いリーゼロッテ様とではその価値があまりにも違いすぎる。


 エドモンド様の婚約者としての立場からも、魔法で将来の治世を助けるリーゼロッテ様の不興を買うわけにはいかない。優れた魔法士の卵であるリーゼロッテ様ならば、どの国からでも歓迎されるだろう。国外流出だけは避けなければならない。


 「……何をしているの、お姉ちゃん?」数舜の間を置いてリーゼロッテは口を開いた。


 「私たちはもうお友達だよ。……リーゼロッテ様なんて言わないで…」

 「よろしいのですか?」


 私はリーゼロッテ様を伺うように顔をあげた。


 「……いいよ。私のことはリーゼロッテと、呼んで欲しいの。様なんていらない。様なんてつけないで!」


 リーゼロッテは感情を私にぶつけ、少し伏し目がちに「お友達なんだから」とひとりごちた。


 私の表情は緩んでいた。素直な気持ちを向けられて嫌ではなかった。「リーゼロッテ」と気取らずに声をかける。


 「私のことはルティと呼んでくれる?お友達ならば、愛称で呼び合うものよ」


 私は悪戯っぽい笑みを浮かべる。


 「私にもリーゼロッテの愛称を教えてくれる?」


 俯くリーゼロッテの両頬をやさしく両手で包み、私と視線を合わせる。二人で顔を見合わせて笑った。


 「ルティお姉ちゃん、私のことはね、リーゼと呼んで!リーゼって呼んで欲しいの!」


 リーゼは今日一番の笑顔を私に見せてくれた。私の笑顔も今日一番だったに違いない。心の中の曇りが晴れた気がした。

読んでいただきありがとうございました。

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