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03 令嬢、遭遇する

 ただ衝動のままにエリアルから逃げ出した私に行く当てはない。寮室から飛び出した私はひたすらに走った。


 謝罪の言葉を呟きながら、涙目で走る公爵令嬢など注目をあびて当然だ。すれ違う人は目を丸くして私を見ていた。淑女にあるまじき振る舞いをするな、とかろうじて残っていた私の理性が忠告していたが無視した。


 短絡的な私の逃走は悪評にしかならないのでは、そう気づいたのは人気のない旧校舎にたどり着いてからだ。無意識に人気のない方へと向かっていた。


 旧校舎は王立学園の北端に位置し、新校舎や学園の門から遠く離れている。創立当時と比べれば、学園の敷地は三倍以上の広さだ。自然と新しい建物が南側に集中し、北側の建物は捨て置かれている。人目を避けたい今の私には、旧校舎は好都合だった。


 私は旧校舎の中をとぼとぼと歩いていた。


 「…………エドモンド様に、全くふさわしくない……か。………エリアルの言うとおり…なのかしらね……」


 かすれた声がやけに大きく旧校舎の廊下に響いた。一歩一歩の足どりがやけに重く感じた。


 また蔑まれるのだろうな、とぼんやりと思った。ただでさえ評判の悪い私が、涙目で学園を走っていたのだ。休日の朝とはいえ、どれだけの人目にさらされただろうか。どんな噂が飛び交うかを考えるだけでも恐ろしい。


 直接的な暴力こそ受けてはいないが、罵りや蔑みの言葉で私の心は何度も切りつけられてきた。学園の生徒にとっての私は、ストレス発散の玩具としか見られていない。弱みを見せれば、虐めが増長することは分かっていたはずなのに。


 「………自分の部屋から逃げ出したって、バレたら……。………あはは、メイドにすら泣かされたって………笑われるのかしら……」


 自嘲するように微笑んだ私から、乾いた笑いが漏れた。


 エリアルの立場を悪くしたことが、より私の気を重くする。嫌われている私の専属メイドというだけで、貴族はもちろん同じメイドにも、口さがなく言われていたことを知っていたのに。


 主である私がエリアルを守らなければならない。私が立派な王太子妃であれたなら、エリアルが責められることはなかったのだ。


 それなのに、実際は真逆だ。私がエリアルに守られている。エリアルがいなければ、私の心はとっくの昔に折れていた。……私は弱い女だ。


 涙はもう出し終えたと思っていたが、どうやらまだ足りないらしい。視界がぼやけて、何も見えなくなった。




 あてもなく歩き続けた私は、屋上へと向かっていた。

 

 両親も兄ももう私を愛してはくれない。私を実の娘のように大切にしてくれた王様も王妃様も失望を隠そうとしない。エドモンド様は私よりも聡明で美しい令嬢たちに囲まれ、エリアルからの信頼すら失った。


 屋上へと続く階段を昇る私の足どりは怪しい。もう私には何もない。仮に私がいなくなったところで、誰も悲しんだりはしないだろう。どんなに努力をしてもエドモンド様にふさわしい淑女にはなれなかった。もう楽になりたい。


 「…………もう疲れた」


 屋上に出るべく、ドアノブをゆっくりとまわす。やっと解放されると安堵する一方で、胸がしめつけられるような息苦しい。


 開けた視界の先には先客がいた。こちらに背を向けているため、私にはまだ気がついていないようだ。


 学園の制服を着ているのだから、同じ学生なのだろう。ただ背丈があまりにも小さかった。遠目からは判断が難しいが、私よりも頭一つか二つは低い。桃色の髪を後ろでまとめていた。


 この少女は何をしているのだろう。旧校舎に立ち入る生徒は珍しい。私のように人目を避ける理由でもあるのだろうか。屋上に来た目的も忘れて、私は首をかしげた。


 おもむろに少女は動き出す。右手を頭の上へと突き上げ、何かを呟いた。


 「――――――」


 少女が魔法を発動した。その事実に気づいたのは、少女の頭上に突如として巨大な火球が出現してからだ。屋上の温度は急激に上がった。


 ああ、ここで魔法の練習をしていたのか。少女が発動した火属性の上級魔法に驚くことも忘れて、私は一人で納得していた。やはり私には魔法の才能はないのだな、と思わずにはいられない。


 私には火属性の初級魔法しか使えない。上級魔法の魔法式を理解することが私にはできないのだ。


 魔法の発動には、魔法発動用のカードに魔法式を書き込む必要がある。書き込み処理を行うことで、該当魔法を発動する形態へと組成変形する。カードの組成を理解し、体内から適切な量の魔力を流し込むことで、魔法は発動される。


 各個人が所有する魔力は同質ではない。そのため、同じ魔法式にも関わらず、カードの組成は全く異なる。魔法を扱える者と扱えない者が生じるのはこの為だ。魔法が扱えない者は、カードの複雑な組成を読み解くことができない。


 誰もが魔法を扱えるように抽象化することも不可能ではないが、その魔法自体は弱体化する。それゆえに、抽象化した魔法を生活に採り入れるべく、生活魔法が発展した。


 私は魔法の才能がない人間だ。私のカードの組成はどうしても複雑になる。それでも、組成を理解さえできれば、魔法は発動できるのだ。だから、必死に勉強してきた。エドモンド様の隣に立つことをあきらめたくなかったから。


 現実は非情だ。魔法の発動に成功し、喜ぶ少女が不快だった。


 「……魔法の才能がないだけで、こんなにも差がつくのね。……私の努力が劣っていると言いたいの?」


 私よりも年下の幼い少女。この少女はきっと魔法の才能に恵まれたのだろう。私のように魔法を発動するために、苦しむこともないのだろう。


 確かに、私はエドモンド様にはふさわしくない。そうはっきりと自覚したのは初めてだった。幼い少女の才能に嫉妬し、憎いと思っている。私は醜い女でしかなかったのだろう。


 私は少女に気づかれないように息を殺して近づいた。


 「やったやった、はじめて成功した」と喜ぶ少女の声が私を苛立たせる。明るく弾む声など聞きたくもなかった。


 「こんにちは、お嬢さん」


 私は醜い心を隠し、笑みを浮かべた。突然に声をかけられた少女は、体をビクッと震わせ、驚いて振り返る。旧校舎で話しかけられるなど思いもしなかったのだろう。その目に驚愕の色が見えた。


 私は少女の目を一心に見つめた。視線を逸らす気は一切なかった。

読んでくださり、ありがとうございました、

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