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16 令嬢、幼女を叱りつける

 「リーゼ、手を放して。貴方まで目をつけられてしまうわ」


 リーゼに手を引かれ、私たちは魔法演習場へと向かう。困惑した表情で見やる学生たちの視線に耐えられず、思わず私は抗議の声をあげた。リーゼは繋いだ手に力をこめるだけで何も言わない。私だけが戸惑うように、キョロキョロと視線をさまよわせた。


 少女を無理矢理につき従わせている、と新たな噂は伝わっていたのだろう。学内で悪目立ちをする私が少女に連れ出されている光景に、「噂と違う」と困惑の声がそこかしこで聞こえる。遠巻きに見ることしかしない彼らにすれば、予想外の展開に違いない。胸のすく思いだったが、すぐに後悔した。


 もう手遅れかもしれない、とリーゼが一緒にいることに安堵を感じながらも、不安に押しつぶされそうになる。すれ違う学生の中にリーゼにも侮蔑の表情を向ける学生を見つけ、私の顔は蒼白になっていた。


 「ルティお姉ちゃん、心配しないで」


 私の前を歩くリーゼは速度を緩めることもなく、顔を後ろに向ける。小さなつぶやきは私にしか聞こえていなかった。


 「私はお姉ちゃんと一緒にいるし、お姉ちゃんも私と一緒にいてくれるでしょ」


 リーゼは満開の笑顔を私に向ける。私が小さく首肯すると、リーゼはクスリと笑った。


 「演習場までもう少しだよ」リーゼは元気よく言うと、前に顔を向き直す。


 私の答えを疑いもしないリーゼの態度に、自然と頬が緩む。リーゼと私を繋ぐ右手でしっかりと握り返した。


 私たちが演習場に到着したのは、講義開始時刻の五分前だった。すでに多くの学生たちが集まり思い思いに過ごしていたが、私を一瞥すると離れていく。私にとってはいつもと変わらない光景だった。

 ただ、隣にリーゼがいることだけが違っていた。


 「魔法演習、楽しみだね!私のカッコイイところ、見せちゃうんだから!」


 リーゼは自信満々に宣言すると、腰に手を当てる。輝くばかりの笑顔に周囲を気にしている様子はない。周囲の視線を気にしている私が、まるで馬鹿みたいに思えるほどだった。


 「お姉ちゃん、無視しないで!」頬を軽く膨らませたリーゼが私の袖を引く。リーゼの瞳に呆けた私の姿が映る。情けないその姿が可笑しくてたまらなかった。


 「笑うなんてひどい!」リーゼは口をすぼめる。

 「リーゼを笑ったりはしていないわ」

 「お姉ちゃんの嘘つき!リーゼはお姉ちゃんの騎士なんだよ!それを笑うなんてダメなんだから!」


 リンゴのように頬を真っ赤に染めたリーゼが目をいからせる。「リーゼのことを笑ったわけじゃないの、本当よ」とリーゼの頭を撫でた。

 自分らしく振る舞うリーゼを笑ったりなんてしない。本当に滑稽なのは、周囲からどう見えるかばかりを考えている私自身だ。

 頭を撫でる私の手を払いのけようと、腕を上げては下ろすリーゼの姿に気がつかないふりをする。講師が演習場に現れるまで、リーゼの頭をやさしく撫で続けた。



 「ルティお姉ちゃんはどんな魔法が使えるの?」


 魔法演習も終盤にさしかかったころ、リーゼが朗らかな笑みを浮かべ近寄ってきた。講師が実演した水魔法を再現するべく、演習前に配布されたカードに魔法式を書き込んでいた私は手を止めた。

 演習は前半と後半の二部構成となっている。講師による実演形式の前半と、各個人による自由演習の後半だ。本日の講義では水魔法の基本制御について学んでいた。

 水魔法で生成されたシャボン玉の大きさや形を変幻自在に変える。すべきことは明確だが、実際にやるとなると簡単にはいかない。薄膜を割らずに変形させることが難しく、私はすでに何度も失敗していた。


 「私のことよりも自分のことはどうしたの?」私はリーゼをねめつけた。

 「お、お姉ちゃん?怒っているの?」

 「不真面目なことをしていたら、私だって怒るわ!」


 私が鋭い声で咎めると、リーゼは顔を俯かせる。

 講義中のリーゼの態度には腹に据えかねるものがあった。リーゼが魔法を得意としていることは知っている。けれども、それは講義を真剣に受けない理由にはならない。

 リーゼは少し離れた位置から私をジッと見つめるだけで、魔法の練習をしなかった。リーゼは練習しなくてもいいのかな、と思ってはいたが私は何も言わずにいた。リーゼにとっては簡単な初級魔法であっても、一生懸命に頑張るだろうと信じていたからだ。


 初級魔法など自在に使えて当然。そんな態度をリーゼだけはとらないと勝手に期待していたのだ。魔法の苦手な私を見下したりはしない、と。私自身の身勝手さを理解はしていても、憤りを抑えることができなかった。


 「……ごめんなさい」リーゼがボソッとつぶやく。

 「私がどうして怒っているか、わかるかしら?」

 

 私が感情を抑えながら言うと、リーゼはうなづいた。


 「私が魔法の練習をしていないから……」

 「そうね、リーゼは魔法の練習をサボっていたわ。あなたの右手にあるカードはお飾りではない、そうでしょう。……それで、リーゼはどうするの?」

 「魔法の練習を頑張る……」


 リーゼは叱られた子犬のように小さく震えている。私に応える声も弱々しく聞きとりにくい。

 少し怒りすぎただろうか?

 小さな体をこれでもかと縮こませるリーゼに、罪悪感を覚えた。


 「……リーゼはどうして私のことを見ていたの?」


 私は気を取りなおすように質問をする。リーゼは恐る恐る顔をあげた。


 「……お姉ちゃん、怒っていない?」

 「私は怒って、リーゼは反省した。それで充分よ。……リーゼがずっと私を見ていた理由を教えてくれるかしら?」


 私はリーゼに向かってウィンクをする。下手っぴなウィンクにリーゼは小さく笑って「お姉ちゃん、ありがとう」とつぶやいた。


 「お姉ちゃんが、なんだか辛そうに魔法を使うからどうしてかなって思ったの」

 「……私のことをずっと見ていたなら、リーゼにもわかったでしょう?私は魔法が苦手なの。だから、少しでも上手くできるように、私は努力しないといけないのよ」


 リーゼの問いに、私の声は尻すぼみした。自分で話していても情けない気持ちになる。どれだけ練習を積み重ねてもちっとも魔法は上達しない。私の視線は逃げるように足元へ向かっていた。


 「ちが、違うよ!」


 リーゼは慌てた声を出すと、私に抱きつく。泣きそうな顔で私を見上げるリーゼと、目線が合った。


 「お姉ちゃんを悲しませたいわけじゃないの!リーゼは、ただね、おかしいなって思っただけなの」

 「おかしい?」私はいぶかしげに復唱する。

 「そうなの!ルティお姉ちゃんの魔法はすごく綺麗なのに、なんだか苦しそうで、辛そうで……」


 リーゼは小さく頭を左右に振った。気を取りなおして「だからね、あのね……」と口にするが、言葉は途切れていく。リーゼに掴まれていた私の服にはしわができていた。


 「リーゼ?」

 「リーゼもわからないけど、ルティお姉ちゃんが無理してるみたいに見えたの。リーゼはルティお姉ちゃんの笑顔が好きだから、だから辛そうな顔は見たくないの!笑っていてほしい!」

 「……私はそんなに辛そうな顔をしていたかしら?」


 リーゼは小さくうなづくと、私から後ずさりする。私の顔は強張った。


 「リーゼは魔法が大好きだから、ルティお姉ちゃんにも好きになってほしい!魔法はね、とっても楽しいんだよ」


 リーゼが左手で上から下に向かってカードの表面を撫でると、小さな手のひらの軌跡に沿って薄青く光り出す。瞬きする暇もなくカード全体が青く発光し収束した。

 一瞬で魔法式を書き込んだの?

 目を見開く私に気づくことなく、リーゼは右手を前に突き出した。


 リーゼが「ルティお姉ちゃん、見ていて」と口にすると同時に、カードに魔法陣が浮かびあがる。魔法発動に向けてカードは再び青白く発光する。

 私は思わず両手で顔を隠し、身を固くした。

読んでくださってありがとうございます。

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