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15 令嬢、幼女に抱きしめられる

 食堂から逃げ出した私は、一直線に旧校舎を目指した。鋭い目つきですれ違う学生を威圧し、スタスタと歩き続ける。小走りになって私を追うリーゼのために、歩みを緩めたりはしなかった。時折、「早くしなさい」とリーゼを叱咤した。


 何人もの生徒が私へ憎悪に満ちた視線を向け、リーゼには同情の視線を向ける。予想通りの展開に私はほくそ笑む。リーゼは無言で私についてきた。


 リーゼは私のことをどう思っただろうか。恋愛小説のヒロインではなく、悪役令嬢として扱われる私に失望したかもしれない。……リーゼも私から離れていくのだろうか。既視感のある未来を想像して寂しくなった。


 「リーゼ、嫌な思いをさせてごめんなさい」


 旧校舎裏にたどり着き、ようやく私は足を止めた。そして、振り向き様に頭をさげる。臆病な私にはリーゼの表情を直視できなかった。


 「……ルティお姉ちゃんが、どうして謝るの?」不思議そうにリーゼがつぶやく。


 「謝らないといけないのは、ルティお姉ちゃんじゃなくて私の方じゃないの?」


 思わず私は顔をあげる。リーゼの目に私を蔑む色はなかった。悪戯を叱られるのでは、と姉に怯える妹のような表情をしていた。


 「リーゼが何か悪いことをしたかしら?」


 思い当たる節のない私は小首をかしげる。アレクセイが責めていたのはリーゼではなく私だ。その対処は本当は私がすべきだった。それなのに、リーゼを矢面に立たせたのだ。悪いのは私としか思えない。


 私が「説明してくれるかしら」と言うと、リーゼは顔を俯かせる。しばらく落ち着かない様子で手を組み替えていたが、意を決して顔をあげた。


 「あのね、あのね……」と言いにくそうに口をもごもごとさせる。リーゼの言葉は次第に途切れ、押し黙った。


 私は膝を折り、リーゼと目線を合わせる。そして、リーゼの頬を両手で包み、私と視線を合わせた。リーゼの瞳に写る私は揺れていた。


 「私はリーゼを大切に思っているわ」私は真っすぐにリーゼを見やる。


 「リーゼが私を守ろうとしてくれたこと、とても嬉しかったわ。……もうバレていると思うけど、私はね、学園で嫌われているの」


 私は一人では生きていけない女だ。罵られるのも冷たくされるのも嫌い。必死に下唇を噛み、涙をこらえるのはとても辛かった。


 エドモンド様への恋心を鎧に変えて全身を覆ったとしても、心が強くなったわけではない。鎧を着ていれば安全だ、と妄信している愚か者でしかなかった。エドモンド様さえいればいいなんて、ただの強がりだ。


 兜だけを手に取り、剣や盾を探しに行くべきだった。たった一つに固執するべきではなかったのだ。だから、アレクセイに責められて鎧を壊されそうになっただけで、私は何もできない迷い子になる。


 私はもっと肌を晒すべきだった。私自身の弱さを見せるべきだった。拒絶されることを恐れてばかりではいけなかったのだ。そうすれば、エドモンド様への恋心以外の支えを得られたのかもしれない。


 「私には大好きな人がいるの。でも、誰も私が大好きな人と結ばれることを望んでいない。……その人にふさわしくないから、私を悪役にしたいみたいなの」

 「……どうして?ルティお姉ちゃんは、お姫様なんだよ。悪役なんて、違うよ。そんなの、おかしい」


 私の告白に呆けた表情を見せたリーゼだが、ポツリと言葉を紡ぐ。私は小さく首を左右に振った。


 「ありがとう、リーゼ。でもね、今の私ではお姫様にはなれないの。私はね、大好きな人に寄り添える、そんなお姫様になりたいから」


 リーゼもそんなお姫様の物語を知っているよね。貴方の大好きな小説のヒロインも、王子様に守られることに満足してはいない。王子様を守ろうとしていた。それが、私の理想。エドモンド様に守られてばかりの私だけど、私もヒロインのように守りたいんだ。


 「私に何ができるかなんて、わからないわ。もしかしたら、何もできないかもしれない。それでも、頑張りたいの」


 リーゼの瞳にはっきりと私が写る。瞳の中の私は微笑んでいた。


 「まだ何もできていない私だから、大好きな人を縛りつけているように見えるみたい。私はただ、大好きだから、だから傍にいたいと思うのだけれど、誰もわかってくれないわ。……でも、もし私だけが愛しているとしたら…………まるで物語の悪役令嬢みたいだと思わない?」

 「だから、ルティお姉ちゃんが悪役なの?」


 私の言葉にハッとしたリーゼは、まん丸おめめを大きく見開いた。

 恋愛小説に出てくる悪役令嬢にはお約束がある。彼女たちは総じて一途だ。盲目的に一人を愛した結果、思いが届かずに絶望でがんじがらめになる。そして、悪事に手を染める。その先に待つのは、物語の悪役にふさわしい破滅の未来だ。

 恋愛小説を読んでいるときは、先の展開は見えていたのに、現実の自分に降りかかるとわからないものだ。間違いなく今の私は、悪役令嬢の沼に片脚を突っ込んでいる。いや、両脚を沈めているかもしれない。


 「お姉ちゃんは、お姉ちゃんは悪役なんかじゃないよ!大好きってだけで、悪役なんておかしいよ!」


 リーゼは頬を包んでいた私の両手を掴み、引き下ろす。リーゼに押さえられた両手首が痛い。


 「私も悪役になんてなりたくない、私もお姫様になりたいわ」私は何も飾らない気持ちをつぶやく。


 「でも、物語の悪役みたいに、悪いことばかり考えるの。私以外が大好きな人の傍にいることが、憎くてしかたないの。……それこそ、悪いことをしてでも私だけのものにしたい。そう思ってしまうのよ」


 お父様が私を『公爵家の庇護』から外したことは正しかったのだろう。もし公爵家の権威を自由に使えたとしたら、私はきっと過ちを犯していた。頼るすべのない私の最後のよりどころになるのは、公爵家の力だろう。

 権力で自分勝手な行いをする悪役令嬢なんて嫌いだ。恋愛小説を読むときもヒロインが幸せになるのは当然だとしか思わない。それでも、どうしてもあきらめられない恋心は、どうしたらいいの?

 エドモンド様が、大好きな人が幸せならば満足。そう考えられない私は間違っているの?傍にいたいと思うのは罪なの?

 リーゼから逃げるように視線が足元に向かった。


 「――ルティお姉ちゃんは悪いことをしたの?」


 リーゼの咎める声が響く。私は息をのんだ。


 「……まだ何もしてないわ」

 「まだ?」

 「…………これからのことは、わからないわ。もしかしたら、私は――」


 リーゼに力強く手を引かれ、私は言葉を続けられなかった。驚いて顔をあげると、リーゼは満面の笑みを浮かべている。


 「悪いことをしていないなら、ルティお姉ちゃんが気にする必要はないよ。それに、私が悪役になんてさせないから、だから心配なんてしなくていいんだよ」


 リーゼが何を言ったのか、すぐには理解できなかった。呆けた私が正気に戻ったときには、リーゼに抱きしめられていた。


 「私はルティお姉ちゃんの騎士だもん。もしお姉ちゃんが間違えたら、私が怒ってあげる。もしお姉ちゃんが虐められたら、私が守ってあげる」


 私の背中にまわされた小さな手に力がこもる。


 「私はお姉ちゃんが大好きだから、だから一緒にいるよ」 

 「……リーゼは、私と一緒にいてくれるの?」

 「当然だよ!私は騎士だもん!お姫様とずっと、ずっと、ず~と一緒なんだから!」

 「……悪いお姫様でもいいの?」

 「まだ悪いお姫様じゃないし、悪いお姫様をステキなお姫様に変えるのも騎士の役目だもん!ルティお姉ちゃんは、リーゼに任せてくれれば大丈夫なの!」


 恋愛小説の騎士様ならば、お姫様を更生させるのでしょうね。……リーゼは私を変えてくれるの?私は変われるのかしら?


 私もリーゼの背中に手をまわし、ギュッと抱きしめる。リーゼは答えるように、力強く抱きしめた。

読んでくださってありがとうございます。

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