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14 令嬢、旧友に責められる

 「随分と楽しそうにしてますが、いったい何を話しているのやら……。もっとも、他人の迷惑を考えられない狭量さは、いかにも『貴方らしい』ですがね」


 背中越しに感情のこもらない声が聞こえた。かつての友人アレクセイ・アリウムだと声だけでわかったが、私は振り向かなかった。アレクセイの向ける絶対零度の視線が私は嫌いだった。


 紅茶にもう一度だけ口をつけ、静かに眼を閉じ、まぶたの裏に陽だまりのようだったアレクセイの笑顔を思い描く。エドモンド様と私と、アレクセイ。幼なじみ三人で過ごした子供のころの記憶は、私の宝物だ。

 アレクセイと二人でエドモンド様を守る騎士になる、そう誓った幼き日が遠い昔に思える。騎士をあきらめて王太子妃を選んだ私は、裏切り者なのだろうか。


 もう貴方が私に笑いかけることはないのでしょうね……。アレクセイの中では色あせてしまった宝物を思い、私は小さくため息をついた。


 私はアレクセイとは話したくなかった。私の宝物はまだ輝いている。その輝きを失いたくない。これ以上に傷つけて壊さないで欲しい。


 「聞こえないふりですが……。それとも俺の言葉などは聞く価値もないと?」


 アレクセイは白々しく息を吐く。


 「殿下の婚約者であることをいいことに、自分勝手に振る舞うとは情けない。……貴方も落ちたものですね」


 混み合う食堂の中、二十人掛けのテーブルを私とリーゼが独占している。この状況だけを見れば、次期王太子妃の私が一番に怪しい。同席予定の学生たちが自主的に席を外したことを知らなければ、私が追い出したように思われても仕方がなかった。


 「……私は何もしていませんわ」

 「は、そんな言葉が信じられると?貴方の噂を私が知らないとでも思いましたか?」


 私はティーカップを置き振り返る。


 「――私は何もしていませんわ」アレクセイと視線を合わせた。

 「ふん、見えすいた嘘を……。……なんです、その眼は?あいもかわらず生意気な女ですね、貴方は」


 アレクセイの舌打ちの音が大きく響く。身体の震えを抑えるように私は拳を握りしめた。


 「貴方のような傲慢な女、殿下はどうお思いなのでしょうね」


 アレクセイは嘲るような笑みを浮かべる。いったん言葉を区切ると冷たく私を見下ろした。


 「貴方ならばその答えを知っているのでは?」


 握りしめた拳がジクジクと痛み出す。アレクセイの問いに私は即答できなかった。エドモンド様の気持ちが離れているとは思いたくない。私はエドモンド様を信じている。それなのに、もしかしたら、と嫌な想像が溢れ出す。アレクセイが私の不安を煽っているの明らかだったが、気づくと視線は足元に向かっていた。


 「――そんなの大好きに決まってるよ。私だってルティお姉ちゃんのこと、大好きだもん」

 「……リーゼ?」


 私は驚いて顔をあげる。それまで黙ったままでいたリーゼは眉を吊り上げていた。


 「お姉ちゃんもどうして我慢してるの?……お姉ちゃんは優しく、綺麗で、とっても可愛いんだよ。こんな男の人が言うことなんて無視しちゃえばいいんだ!」

 「これはこれは、随分と威勢のいいお嬢さんだ。礼儀知らずなところなんて、実によく似ている」


 アレクセイはちらりとリーゼを一瞥すると冷笑を浮かべた。


 「礼儀について教えてあげてはいかがです?もっとも、貴方に教えることができればの話ですけど」

 「礼儀を学ぶべきなのはそっちだよ!」


 勢いよく席を立ったリーゼがアレクセイに向かって指を突きつける。アレクセイは不快そうに顔を歪めてリーゼを見た。


 「おやおや、これはどういうつもりですか?」

 「礼儀を知らないのはルティお姉ちゃんじゃない、貴方の方だよ!私とルティお姉ちゃんが楽しくお食事しているところに割って入って、ルティお姉ちゃんを悲しませるなんてひどい!女性を慈しむのが騎士の務めなのに、全然できていないし!騎士としてのマナーを放棄して、ルティお姉ちゃんを傷つけるなんて変だもん!そんなのは騎士じゃない!私の憧れている騎士じゃない!」


 リーゼは一息に言い切った。いつになく強い口調に私は目を白黒させる。

 アレクセイはそっとリーゼの腕に触れると下におろした。


 「私はアリウム侯爵家の嫡男、アレクセイ・アリウム。お嬢さんのお名前を伺ってもかまいませんか?」

 「…………リーゼロッテ・ライラック」


 急に態度を変えたアレクセイは、リーゼに礼をする。呆けたリーゼはおずおずと自分の名前を口にした。


 「ライラック様は私が騎士ではないとおっしゃりました。それは、私が彼女を蔑ろにしているから……そうですね?」


 アレクセイはリーゼだけを真っすぐに見つめ、小さくささやく。リーゼは首を縦に振った。


 「ライラック様、貴方様がお話しされたように騎士は淑女を大切にするものです。だから、私は淑女の卵であるライラック様を慈しみましょう。しかし、残念なことに、あちらの女性は淑女ではなく、毒婦にすぎません。そのような女性にどうして騎士として振舞えましょうか」


 幼子に言い聞かせるようにアレクセイはやさしく言葉を紡ぐ。ただ事実を告げるかのような口ぶりに、リーゼは「違う、違う……」とつぶやくのが精一杯だった。


 「ライラック様もご友人は選ばれた方がよろしいですよ。私でよければいつでもご相談ください。騎士としてライラック様の力となりましょう」


 アレクセイは再び私に冷たい視線を向けると、小さく舌打ちをする。そして、ゆっくりと視線を周囲へと向ける。アレクセイの視線を追った私の頬は引き攣った。


 「――申し訳ございません。どうかライラック様の非礼をお許しくださいませ。全ては私の不徳の致すところ、どうかご容赦くださいませ」

 「――お姉ちゃん!?」


 慌てて席を立った私は深く頭をさげる。背中越しに多くの視線を感じ、ひっそりと安堵した。こちらの様子を窺っていた野次馬たちの視線が、リーゼから私へと移った。


 リーゼよりもアレクセイの方が家格は上だ。だから、問題が大きくなればリーゼの将来に影響する可能性が高い。学生同士に身分差はない、と学園は標榜するが卒業後は違う。家格はスターチス王国での力関係そのものだ。財力も発言力も位が一つ異なるだけで、大きな格差がある。


 リーゼが魔法士としての才に恵まれてると言えど、個人では限界がある。何かを成そうとリーゼが決意したときには、周囲の協力が必要だろう。リーゼが侯爵家に睨まれた、そんな事実はあってはいけない。私のせいでリーゼに不名誉なレッテルを貼りたくない。


 悪評にまみれるのは私だけで十分だ。まだ幼いリーゼを利用してアレクセイに恥をかかせようとした、そう周囲には思わせておけばいい。私が黒幕であり、リーゼは被害者なのだ。

 野次馬たちも私が悪役であることを期待している。それならば、リーゼのために私は悪役を演じてみせよう。


 「アガパンサス様、愚かな貴方の謝罪を受け入れましょう。……ライラック様を利用する下劣さ、貴方もいいかげんに恥を知ったらどうですか?」


 「お姉ちゃんが――」反論しようとするリーゼの手を私は引っ張る。リーゼの言葉が途切れた。


 「ライラック様、楽しい一時をお過ごしください。貴方様に良い出会いがあることを願っています」


 リーゼにだけ礼をし、アレクセイは踵を返した。私はリーゼを掴む手のひらに力を込める。追いかけようと一歩を踏み出したリーゼだが、私を振り払いはしなかった。


 「……お姉ちゃん」リーゼの泣き出しそうな声を聞き、私は顔をあげた。


 「ごめんなさい、リーゼ。せっかくのお昼だったのに台無しにしてしまったわ。……すぐに食堂を出るから、何も言わず私についてきて」


 リーゼにだけ聞こえるように私はささやく。リーゼはキョトンとした顔をした。

 私はテーブル上のティーカップに手を伸ばすと、小さく息を吐く。そして、床に叩きつけた。


 「ふん、気分が悪いわ」


 周囲に聞こえるように冷たく言い放つ。私がぐるりと視線を左から右へと向ければ、コソコソと覗き見る学生たちが顔を背けた。


 真っすぐと背筋を伸ばし、堂々と歩く。私を避けるように、食堂の出口までの道が開いた。小走りでついてくるリーゼの足音だけが、私を安心させてくれた。

読んでくださってありがとうございます。

今後ともよろしくお願いいたします。

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