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13 令嬢、幼女と食事をする

 「ルティお姉ちゃん、お昼だよ!お昼!」


 昼休憩が始まるや否やリーゼのはしゃぐ声が聞こえる。ああやっぱり、と私は苦笑した。


 講義終了の五分前から、リーゼは落ち着きなくそわそわしていた。時計と黒板を行ったり来たりする視線は大変にわかりやすい。小刻みに上下するリーゼの頭を見れば、誰でもわかるだろう。昼食が楽しみなのは別に構わないが、せめてもう少し隠せばいいのに……。


 「リーゼ、少し落ち着きなさい。はしたないわ」

 「ふぇ……あ、ごめんなさい」


 しゅんとした声を出すリーゼに、私はいたずらっぽく笑みを見せる。


 「リーゼは食いしん坊さんだから、我慢できなかったのよね?お腹の虫の音が漏れていたわよ」

 「え?ちが、違うよ!お腹なんて鳴らしてないもん!」

 

 「本当かしら?」私はつぶやき、小首をかしげてみせる。私の中の小悪魔が『からかってしまえ』と指示を出していた。リーゼは「本当だもん!」とリンゴのように真っ赤な頬を膨らませた。


 「ごめんなさい、リーゼ。少しからかいすぎたわ。……リーゼはお昼はどうするつもりなの?」


 不貞腐れるリーゼの頭をやさしく撫でながら、私は明るく言う。


 「――食堂!食堂に行きたいの!」


 リーゼは弾けるような笑みを浮かべた。突然の大声に私の肩が跳ね、頭を撫でる手が止まった。


 「食堂でルティお姉ちゃんとご飯が食べたい!」

 「え、食堂に行きたいの?」

 「そうだよ!……ルティお姉ちゃんは知ってる?お友達とは食堂で一緒にご飯を食べるものなんだよ!」


 堂々と宣言したリーゼは腰に手をあてた。


 お友達同士は食堂でご飯を食べると言われても……。人の多い場所を避けている私にとって、食堂は鬼門だ。学園で嫌われている私が行けば、針の筵に座るようなつらさを味わうだろう。だから、リーゼに悪いが食堂は避けるべきだ。私は行きたくない。


 「……リーゼ、悪いのだけれ――」

 「――ルティお姉ちゃん、ほら行くよ!」


 私の蚊の鳴くような声は、リーゼの楽しげな声に押しつぶされる。さっと私の手を掴んだリーゼは食堂に向かって歩き出す。満面の笑みを浮かべるリーゼに私は何も言えなかった。


 食堂に一歩一歩と近づくたびに、リーゼは笑みを深めていく。一方、私の表情からは色が失われていた。軽やかにスキップをするリーゼは時折ふりかえり「早く早く」と急かす。


 「食堂で何が食べられるのかな?前に読んだ小説ではね、クラスタシープの香草焼きが出てたんだ!その描写がね、凄く美味しそうだったの!食堂のメニューにあったりしないかな?」


 気持ちが高ぶっているリーゼの聞き役に私は徹する。不安を隠して相槌をうつのが私には精一杯だった。食堂から聞こえる笑い声が大きくなるにつれ、私の足どりは重くなっていた。


 「わぁ、食堂ってこんなに大きいんだね!」


 食堂をぐるりと見渡したリーゼは、その瞳をキラキラと輝かせた。半数の生徒が一つの場所に集う様子は、ある種の祭りを連想させる。人ごみを縫うようにメイドたちは給仕をし、生徒たちは食事に歓談と思い思いに過ごす。


 「……リーゼ、入り口で立ち止まるのは迷惑だわ。早く行きましょう」


 私は顔を俯かせてリーゼに話しかける。私とリーゼの方を見るや、ひそひそと話し始める集団がいくつもある。チラチラと盗み見るさまは不快だ。踵を返し食堂から立ち去りたくなった。


 「あそこの席が空いているわ」とそっと食堂の一角を指さす。二十人掛けのテーブルの中央が空いていた。まだ昼休憩も始まったばかり。タイミングよく席が空いているのは幸運なことだ。


 「え、え、どこ?どこ?」とリーゼは小さな身体で背伸びをする。私はリーゼの手を握りなおし、ゆっくりと歩き出す。リーゼは私の背中にピタリと身体を寄せ、はぐれまいとした。


 私たちは人ごみをかき分けながら、目的地に向かって歩く。急がないと席を盗られてしまうのでは、と私は心配していたが杞憂に過ぎなかった。私の背に隠れてリーゼからは見えなかったのは、不幸中の幸いかもしれない。


 「大きなテーブルをお姉ちゃんと二人占めだね!」

 「……そうね」


 歓声をあげるリーゼに反し、私は小さくため息をつく。私たちは予定通りにテーブルの中央へ横並びに座った。ただ、私たちの前にも左右にも同席者がいないのは予定外だ。


 内心の動揺を隠し、メニューをリーゼに手渡す。豊富なレパートリーにリーゼは驚いていたが、すぐに食い入るように見始めた。食堂初体験のリーゼには見るもの全てが驚きなのだろう。沈みかけていた私の気持ちが少しだけ浮上した。


 私たちの周りを漂う違和感にリーゼが気づかなければいいのに……。


 「私はソードフィッシュの香草焼きにする!お姉ちゃんはどうする?」


 しばらくメニューとにらめっこをしていたリーゼが弾けるような笑みを見せた。「リーゼと同じものを注文するわ」と私が告げれば「一緒だね!」とリーゼが手を叩く。私がメイドに注文している間もニコニコと楽しげにしていた。


 「お姉ちゃん、お魚が美味しい!」


 リーゼと私は料理に舌鼓を打つ。魚料理に慣れていないリーゼのために、骨をとりのぞき食べやすいように身をくずす。いたずらっぽく「あーん」とリーゼの口に差し出せば、お魚のようにパクパクと食らいついてきた。


 「もう一口!」


 リーゼの催促に従い、即座に口へ放り込む。リーゼは満足気な顔で嚥下した。


 「お姉ちゃんも食べて!食べて!」今度はリーゼの番、と言わんばかりに私に食べさせようとする。私はゆっくりと首を左右に振った。


 「気持ちは嬉しいけれど恥ずかしいわ。それに……しっかりと食べないと立派な騎士様にはなれないのよ?リーゼは騎士様になりたいのでしょう?」

 「……騎士にはなりたいけど、お姉ちゃんにも食べさせたいよ」


 リーゼは不満そうに顔をしかめる。「二人きりのときに食べさせてくれるかしら?」と言えば、リーゼは小さく頷く。遠巻きにされているとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。幼子のように甘えた姿を公衆でさらすわけにはいかない。心の中でリーゼに謝罪した。


 リーゼとの食事会は穏やかに過ぎていく。それが、私には嬉しくてしかたがなかった。


 落ち目の私と親睦を深めようなどとは誰も考えていないのだろう。エドモンド様の側近たちには、エドモンド様を食事に誘うどころか声をかけることすら妨害された。そんな場面をどれだけ見られたのか。私が気づいたときには、一人きりでの食事が私の常となっていた。


 学園は小さな社交場だ。将来を見越して交友関係を広げようともしたのだ。だが、結果は惨敗だった。


 私が一歩近づけば、相手は二歩遠ざかる。どんどん悪くなる現状に耐えられなかった。私が何もしなければ今以上に遠ざかることもないだろうから、と慰めて自分の心から目を背けてきた。


 でも、今ならばわかる。私はただ寂しかったのだ。


 食後の紅茶をチビチビと飲むリーゼを見て私は微笑む。猫舌のリーゼは私の視線に気がついたのか、恥ずかしそうに俯いた。頬がゆるむのを感じながら、私もそっと紅茶に口づけた。


 「――二十人掛けのテーブルを占領するとは、全くいいご身分ですね」


 唐突に冷たい声が聞こえた。

読んでくださってありがとうございます。

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