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12 令嬢、幼女との学園生活を始める

  私がエドモンド様の婚約者として認められないのは、魔法の才がないからだ。スターチス王国の根幹は魔法が成す。軍事や政治、庶民生活にも魔法が根づき、魔法は必要不可欠なのだ。


 魔法の力で他諸国に対して優位に立つ以上、王族は優れた魔法士であることが求められる。そこに、性別は関係ない。王が病床につくなど、王の不在時には王妃が軍事の最高責任者となるのだ。魔法に秀でた戦える王妃でなければ、騎士たちは忠誠を誓いはしない。


 政治や語学をどれだけ身につけてもダメなのだ。魔法適性が低い、それだけで王妃として失格と見なされる。


 私の次期王妃としての立場は、ひとえにエドモンド様の御心次第だ。エドモンド様の「王太子妃はルティしか考えていない」との宣言に私は守られている。もし、エドモンド様が宣言を翻せば、私はあっという間に失墜するだろう。私はエドモンド様の信頼に応えなければならない。


 私はエドモンド様が大好きだ。エドモンド様が私と同じだけ想ってくれているとは限らない。例え、愛されていないとしても、少なくとも信頼はされているのだろう。私の立場を守ってくれているエドモンド様を想えば、胸にあたたかな炎が灯る。エドモンド様の期待に応えるためならば、私はまだ頑張れるし耐えられる。


 今日も頑張るぞ、と教室の扉に手をかけた。今、私にできることは魔法を少しでも上達させることだ。教室の中央右寄りの二列目に腰を落とす。学生が集う教室の中で、その席を中心にぽっかりと穴が空いている。いつものことではあるが、私の周囲だけが切りとられたように、人がいない。遠巻きにされることに慣れてはいるが、ため息がついて出た。


 「あらあら、あの偽物女、また一人ですわ」

 「公爵家の財力にものを言わせて、エドモンド様の婚約者の座を買った卑しい女なんて、誰も親しくしませんわ」

 「そうね、王太子妃の再選定が議論されてるそうですし、いつまで王太子妃でいられるのでしょうね?」

 「「全くね!」」


 これ見よがしに大声を出さなくてもいいのに……。あなたたちに言われなくても、私に後がないことくらいわかってる。


 子爵家に男爵家の令嬢かしら?王太子妃としての私を蔑ろにするあまり、私が公爵令嬢であることを忘れているみたいね。公爵家の力を使えば、あなたたちなんてどうにでもできるのよ。いや、私にはもう公爵家の後ろ盾がないから、どうにもできないわね……。


 私はどうしてもエドモンド様と結婚したい。だから、婚約解消を勧めるお父様に何度も逆らった。しぶしぶ折れたお父様が、婚約継続の条件として挙げたのが『公爵家の庇護から私を外す』ことだ。対外的には公爵家の娘としてまだ認められている。だが、お父様に見捨てられたのが実情だ。


 人の口には戸が立てられない。公爵家に見放されたことは、すでに公然の秘密となっている。私とお父様との私的な約束ではない。噂が広まるにつれ、私の立場は一層悪くなっていた。


 私は再び小さくため息をつく。開いた教科書に視線を固定した。




 「あの小さな子、誰?」

 「知らないわ。でも、制服を着ているから学生よね?」

 「私も見たことないわ」


 講義の開始時刻まで後五分となった頃、教室中がやけに騒めいた。私には関係のないことだから、と教科書を読んでいたがいつになく騒々しい。


 「誰か探しているみたいよ」

 「迷子ではなくて?声をかけた方がいいかしら?」

 「私に聞かないでよ!」


 ああ、うるさくて集中できない。少し苛立ちながら、私は顔をあげる。教室の入り口で鮮やかな桃色の髪の少女が、キョロキョロと教室を見渡していた。ふいに少女と私の視線が絡まった。


 「ルティお姉ちゃん!」


 満面の笑みを浮かべたリーゼが、私に駆け寄ってくる。いきなり走るなんてはしたないわ、と呆然とした私に言えるわけもなく、「お姉ちゃんの隣が空いていて良かったよ!」とジャンプして着席したリーゼを見つめていた。


 リーゼが同学年だとは聞いていたが、同じクラスだとは思わなかった。その驚きは私だけでなくクラスの総意であった。優秀ゆえに受講が免除されているリーゼは一度もクラスに姿を現さなかった。リーゼロッテ・ライラックの名は学内で有名でも、その人となりは知られてない。


 嬉しそうに真新しい教科書をカバンから取りだす姿は、ただの少女でしかない。この少女がリーゼロッテ・ライラック当人だと言っても、誰も信じないだろう。私だけが事実を知ることに、少しばかり優越感を抱いた。


 「リーゼも講義を受けるの?」

 「そうだよ!今日からはお姉ちゃんと一緒に受けるんだ!……実はね、お友達と一緒に講義を受けるのに憧れてたの!」


 リーゼは幸せそうな笑みを私に向ける。


 もしかして一人で講義を受けるのが嫌だから、出席していなかったの?なんとも子供らしい理由に私は小さく噴き出した。


 両頬を膨らましたリーゼは「ルティお姉ちゃん!」と咎めるように声を張る。目をいからせて身体全体を使い、『私は怒っているぞ』とアピールする。そんなリーゼを見て、私は自然と笑みを浮かべた。


 「ごめんなさいね、リーゼ。……そうね、一人ぼっちは寂しいわよね。私もリーゼと一緒に講義が受けられて嬉しいわ!」

 「本当!?私と一緒に受けられて嬉しい?」

 「本当よ。……私もお友達と講義を受けることに憧れていたんだから。私とリーゼの秘密にしてね」


 そっとリーゼの耳元でささやく。リーゼは目を見開いて私を見た。そして、嬉しそうに微笑むと小さく頷いた。


 学園生活を一人で過ごすことが私の日常だった。だから、私の隣にリーゼがいることは大きな変化だ。一人でないだけで心が弾む。今日一日は楽しく過ごせそうだ、と心の中でつぶやいた。




 学園でも歴代最優の魔法士、その呼び声に偽りなくリーぜは大活躍した。

 

 魔法哲学で気難しい講師を論破したことを皮切りに、生活魔法では講師の誤りを指摘し、魔法数学では難問を即答してみせた。小さなリーゼを微笑ましく見ていたクラスメートの顔が引きつるまでに時間はかからなかった。


 「一体、何なのあの子?」

 「知らないわよ!あの子のせいでめちゃくちゃじゃない!先生、落ち込んでるし!」

 「そもそも、あの偽物女とどういう関係なの?」


 クラス中の誰もがリーゼに注目し、誰もがリーゼのことを話題にした。しかし、誰もがリーゼを遠巻きに眺めている。唯一の例外は、私だけだった。


 初対面のときに火系統の上級魔法を成功させた姿を見ている。だから、リーゼの魔法士の才能を疑ってはいなかった。ただ、リーゼの才能は私の予想を遥かに凌駕していた。……私ではリーゼの足元にも及ばない。その事実に無力感を感じるには、充分すぎるほどの力量差だった。


 「ルティお姉ちゃんは、私の考えについてどう思った?」


 リーゼの真っすぐな瞳を見ていられなかった。私にはリーゼが話していることが理解できない。どこが理解できていないのかすらわからない。私の顔は強張っていないだろうか。平静でいられる自信は、私にはなかった。


 リーゼはずっと努力を続けていたに違いない。それを才能がある、その一言で片づけたくはない。それなのに、弱い私は『才能に差があるからしかたない』と言い訳したくなる。私の努力が無意味だとは思わない、思いたくない。


 「……ごめんなさい、リーゼ。私には難しくて理解できなかったわ。だから、もう一度、私に教えてくれないかしら?」


 私はリーゼに頭をさげる。リーゼの才能を妬んだりはしない。それは、ちっぽけな私の意地だ。


 こっそりと視線を向ければ、リーゼは目をまん丸にして私を見ていた。そして、急にニコニコと笑い出した。


 「私に任せて!ルティお姉ちゃんは、私にもっと頼ってくれていいんだからね!」


 軽く背中を反らし、自分の胸を叩いたリーゼは元気よく言う。リーゼの目に私を蔑む色はない。喜色満面にあふれていた。

読んでくださった方々、ありがとうございました。

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