11 幼女父、歓喜する
リーゼのお父さん視点です。
父:クロード
母:エレーナ
娘:リーゼ
「お父様、聞いてください!」
玄関を開くと、愛しき娘が飛び込んできた。小さな体をしっかりと抱きとめれば、頬を紅潮させたリーゼが満面の笑みを浮かべていた。
愛らしい姿に一日の疲れが吹き飛んだ。
「ただいま、リーゼ。何か嬉しいことでもあったのかい?」
「そうなの!お花を貰ったの!」
リーゼを横抱きにし、ゆっくりと歩き出す。頬擦りをするリーゼに、私は目尻を下げる。
そんな私を可笑しそうに笑う妻が出迎えた。
「おかえりなさいませ、クロード様」
「ああ、ただいま、エレーナ」
「クロード様、聞いてくださいませ。リーゼにお友達ができましたの」
興奮した様子のエレーナが声を弾ませる。普段の淑やかさは鳴りを潜めていた。
エレーナの言葉に私は目を見開く。リーゼに友人がいないことは、私たち夫婦の心配の種だった。
父親としての贔屓目を抜きにしてもリーゼには天賦の才があった。魔法士の平均値の三倍もの効率で魔力変換が可能であったのだ。魔法の発動には、カードに魔法式を書き込み内部構成を変換し、構成通りに魔力を流し込むことが必要だ。
魔力の性質は誰一人として同じとはならない。それゆえに、同じ魔法式を書き込んだとしても、カードの内部構成の複雑さは異なる。構成が単純であれば、少量の魔力を短い時間注ぎ込むだけで十分だ。逆は言わずもがなだ。
カードの構成通りに魔力を注ぎ込めば魔法を使えるとはいえ、複雑な構成を把握して魔力を注ぎ込むのは簡単ではない。豊富な知識と経験が不可欠なのだ。
それを才能だけで覆されれば、面白く思わないものは出てくる。羨望と嫉妬の対象となったリーゼは遠巻きにされていた。
リーゼが友人をつくるために努力していたことは知っている。そして、友人を諦めて一人で過ごすことを選んだことも――。
娘を助けられないことに何度も憤りを感じていたのだ。
「リーゼ、友人ができたのか?」
「そうだよ!大切なお友達で、お姉ちゃんなの!」
リーゼの幸せそうな笑みに、肩の荷が下りた気がした。
お姉ちゃん……ということは年上の女性だろうか。リーゼは魔法の才能があるとはいえ、まだまだ子供だ。その女性が姉のようにリーゼを支えてくれるならば、父親としては安心できる。
「ルティお姉ちゃんはね、お姫様みたいにキレイなの!青色の髪がサラサラで、風にふわふわと浮いていて……お姫様みたいだった!」
興奮したリーゼが早口でまくしたてる。ちらりとエレーナを見れば「帰ってきてから、ずっとこの調子なの」とクスクスと笑っていた。
「その女性はリーゼに優しくしてくれたかな?」
私はリーゼの頭をやさしく撫でる。リーゼは大きく頷くと、その瞳を輝かせた。
「うん!お父様やお母様みたいに、リーゼの頭を撫でてくれたり抱きしめてくれたりしてくれたの!リーゼとたくさんお話ししてくれてね、このお花もお姉ちゃんに貰ったんだ!」
リーゼの髪にはアイリスの花が飾られていた。花言葉の意味を思い、私の頬はゆるんだ。リーゼは良き友人を得たのかもしれない。
そっと花に触れれば、かすかに魔法の残滓を感じた。私が視線を向けるとエレーナがいたずらっぽく笑っていた。
「リーゼの大切なお友達から送られたお花ですもの。保護魔法をかけて、大切にしたいと思いましたの」
「私はまだ保護魔法は使えないから、お母様にお願いしたの。お母様、とってもかっこよかった!」
リーゼの言葉に気をよくしたエレーナは得意気な表情をする。
魔法士の才はエレーナよりもリーゼの方が優れているが、今はまだエレーナに一日の長がある。ひそかにエレーナが娘のリーゼに対抗心を抱いていることを知っていた私は苦笑せずにいられなかった。
「リーゼの友人ならば、ぜひ挨拶がしたいな。……その友人を我が家に招待してくれるかい」
「お姉ちゃんをお家に連れてきてもいいの?」
「かまわないよ。リーゼにとって大切な友人ならば、私にとっても大切な人だ。エレーナもかまわないだろうか?」
「はい、クロード様。私もご挨拶したいです。盛大に歓迎いたしましょう!」
エレーナがあっさりと認めると、リーゼは嬉しそうにうなづく。
憑き物が落ちたかのように晴れやかな表情のエレーナに私は安堵する。リーゼは大丈夫でしょうか、と二人きりになるたびにエレーナは不安を漏らしていた。エレーナの自然な笑みを私は久しぶりに見た。
愛しい妻と娘に笑顔を届けてくれた『ルティお姉ちゃん』に私は感謝した。
「お姉ちゃんにお泊りしてもらってもいい?」
リーゼは期待に満ちた瞳を私に向けた。
娘のかわいらしいワガママを拒絶するつもりのない私は即座に首肯する。エレーナに視線を向ければ、同じく首を縦に振っていた。
「お父様、お母様、ありがとう!ルティお姉ちゃんに外泊申請してもらうようにお願いしておくね!」
リーゼの弾んだ声を聞き、私とエレーナの笑みが固まった。
「……リーゼの友人は、学園の寮に住んでいるのかい?」
「そうだよ!今日の帰りもね、リーゼが寮までエスコートしたんだよ!」
リーゼの友人は貴族ではなく平民なのか。お姫様と形容していたから、高位の貴族令嬢だと予想していたが間違いだったか……。
王立魔法学園の生徒であれば寮に住むことは可能であるが、実際に住んでいるのは平民たちだった。貴族の多くは王都に邸宅を持っているため、寮には住まずに学園へ通っている。
余程の理由がなければ貴族は寮住まいなどしない。今、寮住まいをしているのは公爵家の庇護から外された次期王太子妃だけだが、嫉妬に狂う公爵令嬢をリーゼが姉と慕うことはないだろう。
私は気持ちを落ち着けるように息を吐いた。
「リーゼがエスコートをしたのかい?まるで騎士みたいだな」
「騎士みたい、じゃないもん!リーゼはルティお姉ちゃんの騎士になったんだもん!お姫様をエスコートするのは騎士の役目なの!リーゼがお姉ちゃんを守るんだから!」
頬を膨らませるリーゼを見て、私の口角はあがる。
リーゼが恋愛小説の騎士に憧れていることは知っているが、友人と騎士ごっこに興じているとは想像もしなかった。リーゼの友人はごっこ遊びにつきあったのか。まだ見ぬ『ルティお姉ちゃん』に対して好感を抱いた。
「リーゼの友人が騎士に任じたのか?」
「そうだよ!笑うなんてひどいよ!」リーゼは目を怒らせて、そっぽを向く。
「ごめんよ、リーゼ。想像したらとても微笑ましくて……」
「リーゼはお父様のような騎士になるんだもん……だから、笑うなんて……」
いじけたリーゼは弱々しくつぶやく。救いを求めるように、私はエレーナを見やった。
口元を手で隠したエレーナが私の隣に並んだ。
「クロード様、私は騎士に憧れるリーゼの気持ち、とても理解できますわ」
エレーナはそっとリーゼの頭を撫でながら微笑んだ。
「賊に襲われていた私を救ってくださったことを覚えていますか?……あの時、恐怖で震えることしかできない私を、やさしく抱きしめてくださいました」
言葉を区切ると、エレーナは目をつぶる。私も倣うように、まぶたにエレーナとの出会いを思い描く。
「ただ何も言わず、私を抱きとめてくださいました……どんな言葉をいただくよりも、クロード様のぬくもりの方が、安心できました」
エレーナの澄んだ声が私の耳朶を叩く。
「私は思うのです、騎士とは守るための存在だと……。クロード様は、私の命だけでなく、私の心も救ってくださいました。だから、私は今も笑えているのです」
「……エレーナ」
私が目を開くと、愛しい妻が満開の笑みで迎えてくれた。私もつられて笑った。
「リーゼの好きな恋愛小説を私も読みました」
「お母様?」
唐突なエレーナの言葉に、リーゼが呆けた声を出す。
「王子様だったり、騎士だったり、時には商家の子供だったり……。いろいろな登場人物が出てきますの」
年甲斐もなく私もドキドキしました、と恥ずかしそうにエレーナが漏らす。
隣のリーゼは力強く首を縦に振っていた。
「彼らが素敵なのは、心を守るからだと思います。ヒロインにはトラブルがつきもの、そんなヒロインが悲しんだり落ち込んだりしたときに、寄り添ってくれる……クロード様のようなあたたかさを私は感じるんです」
エレーナは悪戯っ子のように笑うと、リーゼを見つめた。
「リーゼは、クロード様のことが好き?嫌い?」
「リ、リーゼは……お父様、好き」ちらりと私を見て、またそっぽを向く。
「私はクロード様が大好き。それはリーゼも一緒よ」
エレーナはリーゼの頭を軽く小突く。
「だから、リーゼは騎士に憧れるし、クロード様みたいになりたいと思うの。もしリーゼとクロード様が落ち込むことがあれば、私だって守りたいです。あの時のクロード様のように守りたい」
「エレーナも私に憧れるのか?」
「はい、クロード様。私は力も弱くて、戦ったりはできません。でも、クロード様のように、誰かの心を守れる騎士になりたいのです。だから、リーゼが騎士になりたい、そう思ってくれたことが誇らしいの」
私は小さく息を吐くと、小さな騎士にゆっくりと顔を向けた。
「リーゼは騎士になりたいのかい?」
「うん!リーゼは、ルティお姉ちゃんの騎士になりたい!お父様も、お母様も、皆を守る騎士になりたい!」
「よし、リーゼは騎士として、困っている人を守りなさい。まずはリーゼの友人を支えてあげなさい」
リーゼは力強くうなづく。愛しい娘をエレーナと二人で抱きしめた。
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