01 令嬢、絶望する
初投稿です。
楽しんでもらえたら嬉しいです。
よろしくお願いします<(_ _)>
私が迷子になったのはいつだったのだろう。
ただあなただけを見つめ続けてきた。あなたしか目に入らなかった。
笑った顔も怒った顔も好き。私を抱きしめてくれる腕が好き。
子供みたいだって笑われるかもしれないけど、頭を撫でられると嬉しかった。すごく安心できて幸せになれた。
いつからか隣にあなたがいなくなった。
いつからかあなたの背中を遠くから見つめていた。
私は自分でも我儘な女だと思います。あなたに私だけを見ていて欲しいなんて望んでしまうのだから。
本当は王太子妃なんでどうでもいいんです。
私はただあなたの隣にいたかっただけなんです。あなたに一番近い場所が王太子妃だった、それだけのことなんです。
私はあなたのことが大好き。
だから、模範的な淑女でありたかった。あなたに一番ふさわしい女でありたかった。……あなたに褒められたかった。
どうしてあなたの隣に私がいないの?
どうしてそんなに冷たい瞳で私を見るの?
どうして婚約破棄だなんて私に言うの?
どうしたら私はあなたの隣にいられるの?
私があなたにふさわしい女でないから、嫌いになったのですか?
勉学も魔法も一番になれない。会話も上手にできずに退屈をさせました。
足りないことがたくさんあることは理解しています。
今の努力では足りないのですよね。
もっと頑張ります。もっともっと頑張ります。一番になってみせます。
だから、どうかあなたの隣にいさせてください。
私は弱い女です。
あなたがいないと頑張れません。
あなたがいないと笑えません。
あなたがいないと安心できません
――私を見捨てないで。独りにしないで。置いていかないで。
「――ルティお姉ちゃんを虐めるな!ルティお姉ちゃんはずっと――」
にじむ視界の先に、小さな背中が見えた。
大切な友人の言葉を聞き終えることなく、私は意識を手放した。
『アルティエル・アガパンサス 総合順位 24/60』
私は成績表を握りつぶした。
春の考査では二十位だったが、また順位を落とした。
スターチス王国中の才ある者が集う王立魔法学園に私が入学したのは去年のことだ。学園の門戸は広く身分も年齢も入学条件には含まれず、能力のみが求められる。適正年齢は十四歳とされているが、十四歳で入学できるものはほとんどいない。魔法適性のある者が貴族に多いといえど、一年ないし二年遅れで入学する割合が高い。
五年間の学園生活の中で、魔法の基礎・応用を学び、各種専門知識を習熟させる。生活基盤を魔法が支えているスターチス王国において、王立魔法学園を卒業することはステータスだ。戦闘魔法を修めれば軍への入隊が有利となり、生活魔法を修めれば魔法省での魔道具開発への道が開ける。
スターチス王国において王立魔法学園が評価される以上、学園内での力関係は貴族社会にも影響する。将来有望なものとのつながりを深める場であり、婚約者のいない子息令嬢が婚姻相手を探す場でもある。また各家の威光を示す場である。これは王族でも例外ではない。
私の婚約者であるエドモンド様は十三歳で入学を果たした。エドモンド様はスターチス王国の第一王子であり、入学以降の成績は常に一位だ。次期国王が優秀であると王国内の貴族に示してみせた。
政務にも携わり隣国との貿易交渉において大きな利益をもたらすなど、実績を積み上げている。エドモンド様が次期国王となることに反対するものなど一人もいないだろう。完璧な王子だと、王国全土から称賛されている。
完璧なエドモンド様に傷があるとすれば、それは私だ。
私は王立魔法学園の入試に失敗した。それも一度ではなく二度だ。
社交界での私は嘲笑の的だ。いかに王立魔法学園が難関であれど、侯爵以上の子息令嬢で不合格となるものは過去に一人もいないのだ。王太子妃としても公爵令嬢としても私は恥を晒し続けている。
エドモンド様は四年生で私は二年生だ。
今年で十七歳となる王太子と王太子妃が同じ学園にいるが、同学年ではない。
王太子は常に一位だが、王太子妃は一位どころか十位にも入れない。
――完璧な王太子の傷
――王太子の足を引っ張る愚かな王太子妃
――アガパンサス公爵家の恥さらし
どれだけの言葉で罵倒されてきただろうか。
私がエドモンド様の婚約者となったときに喜んでくれた両親も兄もいない。
私とエドモンド様との仲を応援してくれた王様も王妃さまもいない。
私の居場所なんて、もうどこにもない。私がエドモンド様の婚約者であることを誰も望んでいない。……婚約破棄が望まれていることくらい分かっている。
私はエドモンド様が好き。エドモンド様と婚約破棄なんてしたくない。
だから、一番にならないといけない。一番でないといけないのに。
寮室に届けられた考査結果を見た瞬間、握りつぶしていた。
前よりも成績が落ちている。今回の考査では、これまで以上に準備を行ってきた。睡眠時間を削り教科書にかじりついて勉強した。魔法実技の練習も欠かすことはなかった。
それでも足りない。全然足りていない。
「――どうしてなの?どうしてどうしてどうして?どうしたらいいの?」
頭を掻きむしりながら室内を歩きまわる。わけがわからない。私は遊びほうけていたわけじゃない。自由な時間はすべて勉強に当てた。頑張った頑張ったのに、結果が出ない。
エドモンド様がまた一歩、私から遠ざかった気がした。
どれだけ絶望していたかわからない。
コンコン、とノックの音に気づく余裕すらなかった。
「お嬢様、失礼いたします。――お嬢様!」
返事をしない私を不審に思ったメイドのエリアルが入室し、私を見た瞬間に悲鳴をあげた。
「お嬢様、落ち着いてくださいませ。どうされたのですか?」と、ただならぬ様子の私をエリアルが抱きしめた。
「…………エリ、アル?」
「はい、エリアルでございます、お嬢様」
私の弱々しい問いに、エリアルは力強く答えた。
「……私、私………私…」と、言葉にならない声を何度も出す。壊れたオルゴールのように、不連続でまとまりなどありはしない。
そんな私にエリアルは何も言わず、ただただ私の頭を撫で続けた。学園に来る前から、ずっと私の傍にいてくれた。エリアルに情けない姿を見せるのは何度目だろう。
「………私……もう、どうしていいかが、分からないの。…………エドモンド様と、離れたく、ない。……離れたく、ないよ」
堰を切ったように涙を流し続けた。止め方なんてわからない。嗚咽を堪えることもできなかった。
気づけば私の意識は遠のいていた。