モテたい男の技勉強
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と、内容についての記録の一編。
あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。
ねえねえ、つぶつぶ。最近は切に思うんだけどさ、恋愛含め、人との交流とかを描いた作品って、現実世界で役に立つものが限られていると思わない?
食パンくわえながら「遅刻、遅刻〜!」って、走りながら曲がり角でぶつかって、運命の出会いとか、実際やってみたけど起こらなかったし。
あっ、笑ったわね。「実際にやるなんて、バッカじゃねーの」って顔!
物書きはひどいことするわね〜。いつもうんうんうなって作品作っているくせに、頭の片隅じゃ、「こんなこと絶対に起きるわけないだろ〜? せーぜー、いい夢見させてやんよ」って、どっかで読む人を見下してんじゃないの?
――そんなことはない、いつだって必死だ?
ま、物書きの弁明やご高説なんて、私、一切信用しない性格から。それらを作品で書ききれない、伝えきれないというなら、あんたの気持ちなどその程度というわけよ。
きついようだけど、どの作品にもそれが与える影響がある。作り手のあずかり知らないところで。だから真摯に作品に向き合って欲しいと私は思うわ。
そう思った、きっかけの話をしましょうか。
私が中学校に上がった時の話。
クラスの顔合わせ、自己紹介の段になったわ。
私は自己紹介、苦手な人なのよね〜。正直、何話せばいいか分からないの。
趣味? 映画とかアニメとか? いやいや、素直に話したら、ドン引き勢が多いでしょ。取り繕ったものを伝えたら、すぐにボロを出すし。
抱負? 抱えて背負えるほど、ご大層な夢も目標も持っていないわよ。
彼氏募集中です? うん、言える度胸があるなら、今ここに存在していないでしょうね、私。
とまあ、最終的に落ち着くのが自分の名前、出身校、「よろしく」の三点セットなわけでして。
不動、不毛の不干渉という奴よ。顔を合わせたばかりの他人に、突っ込まれるなんてまっぴらごめんよ。自分でスタートラインから距離を空けるせいで、仲良くなりたいと思っている本心に重荷を背負わせているのに、おバカさんねえ。
そうやって無難に通り過ぎていく時間。どうやらクラスに天然や目立ちたがり屋はいなさそうだ、と私は紹介が終わった後の机でボケボケしていたけれど、ふとある男子の声でハッとしたわ。
「自分、見ての通りのオッドアイ、ヘテロクロミアって奴です。でも、これ映画やアニメとかの見すぎで、目が疲れちゃったかららしいっす! それでも、懲りずに観ていきますよ!映画やアニメオタクの僕ですが、好きな方は友達になってくださると嬉しいっす!」
どっとクラスが湧いた後に、ひときわ大きい拍手が起こったわ。
「上手いことやったなあ」というのが、私の感想。下手をするといじられがちな、自分の珍しい身体的特徴を逆手にとって、ウケと趣味につなげた。
ツッコミ入れられるのも、笑い者になるのも嫌だった当時の私からしたら、印象に残る子だったわね。
眼鏡の奥にしまった瞳は、言葉にたがわぬ黄と青という組み合わせ。
友達候補として、マークしとこ。そう私に思わせたくらい、彼の自己紹介は成功していたと感じるわ。
彼は映画好きを謳っていたけれど、映画館で見る大映像、大音量というのは好きじゃなく、もっぱら家のビデオで鑑賞することが多かった。
さすがに男の子とサシでビデオ鑑賞できるような胆力、当時の私は持っていない。中学校の友達はまだ少なかったから、小学校時代の友達を巻きこんで、無理やりという感じね。いい迷惑だったと思うわ。
彼自身も女の子たちを親がいる家にあげるのは抵抗があるのか、家に自分しかいない時にしかお招きしなかったわね。お菓子とかの準備も自分でしていたし。
で、彼と一緒に観るビデオなんだけど、これが映画もアニメも、恋愛メインのヒューマンドラマがほとんどなわけ。
当時の男たちの間じゃ、恋愛ものどころか、ちょ〜っとヒロイン推しの場面があるだけで、その作品を「女々しいもの。観るべきじゃないもの」なんてみなしていたから、これがバレたら居心地が悪かったかもね。もっとも、男相手だったら、別のビデオを用意していたかもだけど。
「こういう風にしたら、モテるんかなあ」
彼はよくそんなことをつぶやきながら、何人も女の子に好意を持たれている男主人公を、色違いの瞳で、まじまじと見つめていたわ。妬みというより、純粋に疑問に思っているという口ぶりだったわ。
当時、私も男の子とのロマンチックな出会いと恋愛に憧れていたわけで、さっき話した「パンをくわえた曲がり角事件」も、すでにやらかしたあと。
そうそう上手くいくわけない、と思っていたから、少し彼を煽ってやったわ。
「な〜に? そんなに女の子にちやほやされたいの? もしかしてモテないとか?」
「ち、ちげ〜し! 昔はモテモテだったし! 何にもしなくてもモテモテだったし! ただ環境が変わったから、これらの作品で勉強しようと思っているだけだし!」
「はいはい、がんばれ〜」
必死に取り繕う彼の様子が、愉快で仕方なかった。
……モテモテ、ねえ。
私は彼の表現を微笑ましいとさえ感じたわ。
それは小さい頃なら誰でもアイドルだったでしょうよ。それが今じゃ、クラスメートどころが、親にさえうっとおしがられることも、珍しくない年頃。
愛情に飢える環境なのねぇ、と私は他人事のように眺めていた。
彼のことは何となく気にかけていたけれど、彼氏に欲しいとは思わなかったわ。
どうも、一線を引かれているように感じられて。所作が芝居じみている、といえばいいかしら。
ケガをした女の子を見かけると、すぐにすっ飛んで行って、ハンカチを差し出すなんてその最たる例ね。これが恋愛ものなら「胸キュン」でしょうけど、実際にクラスや学年の枠を飛び越えて、迫って来られたらどう思う?
私だったら、気味の悪さを覚えるわ。自分を気にかけてくれる嬉しさなんてのを感じるんだったら、いくらなんでも食いしん坊過ぎじゃない?
彼はスキンシップにも抵抗がなかった。
熱で顔が赤い女の子を見かけると、「どれどれ」とおでこをくっつけたがるし、明らかに不機嫌でむくれている女の子に近づいて、頬をぷにっとつまんでみたり。
「かなり、できる。でも相手とタイミングが悪すぎるわ。フラグなしの単発で繰り出したって、それらの技は効果が薄いんじゃ〜、どあほう!」
私は見かけるたびに、頭の中で野次を飛ばす始末。
案の定、彼はモテるどころか、ヒステリックなくらいデリケートなお年頃の女子たちによって、セクハラ野郎のレッテルを貼られてしまい、距離を置かれることに。
特徴的なヘテロクロミアであることも裏目に出て、彼は接したことのない女子からも、警戒されたわ。包囲網ね、まるっきり。
「ちゃんとモテるポイントは押さえたし、実践したのにどうして……」
私と二人っきりになった時に、彼は目に見えて落ち込んでいたわ。彼は彼なりに一生懸命だったのねえ。
「もっと時間をかければ? 女子陣は軒並み君を目の仇にしているし……じっくり善行を積んで、ほとぼりが冷めるのを待てば? それからでも」
「昔は、いつもモテモテだったんだ。向こうから寄って来てくれた。なのに今は、向こうから来てくれないし、こちらから近づけば嫌われるんだ。耐えらんないよ。人間なんて、同士には冷たいんだ」
身勝手な極論を残して、彼は足早に去ってしまう。そんな彼を「甘えん坊さん」と感じて見送った私は、冷たい女だったかしら。
ただ、その日から彼は学校に来なくなり、夏休み前に転校したという話を聞いたわ。彼の家も買い手がついて、別の人のものになってしまったわ。
手際の良さから察するに、あらかじめ話が進んでいたのでしょうね。
秋。学校の近くに、毛並みの整った一匹の白猫が姿を現すようになったわ。首輪はつけていなかった。
時に通学路を悠然と歩き、時にブロック塀の上でごろりと転がる猫の姿を見かけて、「おいでおいで」と招き寄せる子が後を絶たなかった。
誘われるがまま、彼女たちの腕に飛び乗り、手をペロペロとなめる猫。それを見て更に撫でまわす女の子たち……。
私は、触りはしなかったけど、何度か可愛がられている脇を通り過ぎたことがある。そのたび、猫は私の方を向いて「にゃ〜ん」とひとこえ鳴いていたわ。
黄と青のオッドアイを輝かせながら。