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sweety sweety homes

*sweety sweety homes

その街の探偵はくすんだ赤毛に灰青色の瞳で楽しげに笑うのだって誰かが聴いた。
ついでに言うなら、甘いものを報酬にしているのだって誰かが聴いた。
それでもって楽しげにこう名乗るのを誰かが聴いた、「自分はこの街のホームズだ」。


彼の革靴が石畳をカツンカツンと小気味良く打つ。
口笛の曲は彼の1番のお気に入りだ、最高音のところで右手のステッキが綺麗にくるんと回転する。
その芝居染みた動作に道行く人々がクスクスと笑った。
「先生、先生、笑われていますよ」
「んん?いいんだよ、あれは拍手と同じようなもんだ」
彼は道行く人々のさざ波のような笑い声をかき消す大声でケラケラと笑った。くたびれたチョッキの背中は案外遠ざかるのが速くって、わたしは小走りにならないとすぐに置いていかれてしまう。本当はこんな変人とは他人のふりをして目的地まで同行したいのに、それが出来ないのはこのせいだ。わたしが彼のあとを小走りで追えば、辺りの観衆がほらほら頑張れ!と声をかけてくる。わたしにとっての日常茶飯事は、彼らにとっても日常風景なのであろう。
休日の街にはポップな色がそこらじゅうに踊っている。家と家の間で風に揺れているシーツや衣服、すれ違う娘が抱える籠いっぱいのオレンジ。ああそうだ、当然澄み渡った空の青も忘れちゃいけない。もっとも、追いかける背中は貧乏くさい燕尾色なのだけど、カラフルな景色のなかではかえってそのほうが浮いてみえるというもの。
「どこまで行くんですか、先生」
彼は裏へ裏へと細い路地をゆき、人ごみからどんどん外れていった。周りに人が見えなくなったあたりでそう声をかけると、彼は唐突にピタッと足を止める。当然のこと走って彼を追っていたわたしはその背中に突っ込む形で止まるハメになる。ぐっ、とみっともない声をだすわたしを気遣うそぶりなど彼には微塵もない。ただくるりと振り返り、灰青色の瞳を細めて悪戯っぽい笑顔をつくる。
「良い質問だね、ワトソン君」
その呼びかけに、わたしは思いっきりしかめっつらをしてやった。
「誰がワトソン君ですか。このホームズ気取りの一般人」
彼はわたしの言葉を綺麗に無視して、再び路地を歩き出す。今度の歩調はいくらかゆったりとしたものだった。
「どこまで行くのかと言ったね?それは簡単だ、依頼主の猫が見つかるまでだよ」
「アテがあったわけではないのですか」
ぶつけた質問は、まとも華麗に無視される。
「猫って言ったらこういう裏道を好むだろ」
「街にこんな路地がいくつあると思ってるんですか」
彼の答えが返ってこないのには慣れっこだ。ただ疑問を口にしておけば、案外あっさりその答えが後から聞けたりもする。そこそこ長い付き合いで学んだことだった。
「それでもって、依頼主の女の子は彼女の家から右に左に右に曲がった通りでその猫を手放したって言ったろ」
「そうですけど、だいぶその辺りからは遠ざかってしまいましたよ」
彼は歩を進める。ただそのペースはさっきよりもずっとゆったりで、わたしが小走りになる必要はもう無さそうだった。口笛の曲も、彼が長らく4番目くらいに好んでいるゆったりとしたクラシックになっていた。
「確か雄の白猫だったね。しっぽを振って歩く癖のある猫だ」
「そうですけど、猫なんてみんな多少」
わたしはそこで言葉を切った。突然彼がふとかがんだと思ったら、その手にはいつのまにか白い大きな毛玉が抱えられていたからだ。その毛玉はビードロのような緑色の目を眠たそうに瞬かせて、ニャァと一声鳴いてみせた。
「よくぞ見つけた、だそうだよ。」
彼はそのまま猫をわたしに渡して、自分はチョッキについた猫の毛を几帳面に払った。そうしてさっさと元来た道を、またわたしの前を歩き出す。猫は大人しかった。時々耳をピクピク動かすのが、彼の話を聞いているみたいで面白い。
「依頼主の家から右に左に右に曲がった通りから少し入ったところに猫好きで有名なパン屋がいる。道端で彼女がこんなハンサムとすれ違ったら、放っておくわけもない。きっとお茶会にでも招待したんじゃないかな」
ふたたび人通りが賑やかになってくる。ああほら、例の二人組に今度は猫が加わってるぜ、と誰かが茶化す声がした。
「それから、依頼主がいつもならすぐ帰ってくるのにって泣いていた。それはつまり、猫が認知してる領域から出てしまったってことだ。ここまででどの方向に行って、どの程度遠くに行ってしまったのかがわかるね。」
燕尾色はカラフルな景色の中を漂って、一軒の家の前に立つ。レンガ造りに赤い屋根のその家の呼び鈴を鳴らせば、澄んだ音が軽く響く。それに続いて中から足音が近づいてくる。
「それとね、この街の裏道は全部で48だ。わたしが昨日の朝散歩したのはちょうど45番目の裏道で、そこで偶然出会った白くてふわふわしたメトロノームの姿はわたしの瞼に強烈な印象を残していってたってわけだ」
木製の扉が開いて、女の子が勢いよく飛び出してきた。彼女はわたしの手の中の猫に目をやるとぱぁっと笑顔をその表情に咲かせて、それを勢い良く抱きしめる。猫もそれに応えるように、機嫌良さげに鳴いた。
「探偵さん、探偵さん、ありがとう!」
ひらひらっと軽く手をふる彼の顔に微笑が浮かぶ。本人はどう思っているのか知らないが随分と胡散臭い。しかし女の子はもう猫を床におろして家の中に消えていくところで、幸か不幸か彼の顔をみてはいなかった。ついさっきまでわたしの腕のなかにいた毛玉もそのあとに続く。
ああ、確かにそのメトロノームはひどく正確に揺れている。


「今回も無事に事件解決だね、ワトソンくん」
軽い声で歌う彼は上機嫌だった。空の色は暗いブルーとピンクをパレットの上でくるくると混ぜ合わせたような曖昧な色になっていた。日暮れの街はそれでも変わらず賑やかで、坂道を下る人々は踊っているようにみえた。そのダンスを無視するわたしたちのテンポはアンダンテ。
「こんな田舎街でホームズ気取って恥ずかしくないんですか」
言えば、彼は珍しく即座にそれに答えを出す。
「恥ずかしくないね。こう言うのは言ったもの勝ちという先人のお言葉もあることだ」
坂道を下った先、街灯の下の小さな扉はわたしと彼の家だ。ドアに彫られた「Arvind」と、その下の拙い「Phil」。
それがちょうど確認できるようになった辺りだったろうか、ふとポップな色彩に黒い男が飛び込んでくる。それを目にとめた瞬間、彼のテンポはアレグロになる。わたしは敢えてアンダンテのまま、彼のくたびれた背中を見送る。
「田舎街のホームズさん」
男と話す彼の声は小さくて、街の喧騒に掻き消されて聴こえない。こちらに背を向けられては、その表情だって伺えない。
彼がふとこちらを振り向いた。わたしが黙ってひらりと手を振ると、彼は強張った表情を一瞬緩ませる。灰青色が潤んだように見えたのは夕暮れの光の加減だろうけど。
-
Arvindは穏やかな男だった。ミルクたっぷりのまっしろろな紅茶が好きで、砂糖の塊のような甘いものばかりを好んで食した。くすんだ赤毛は癖があった。その髪の色と癖は娘にも受け継がれている。毎朝鏡の前で互いの寝癖を笑い飛ばしたのは懐かしい。
探偵だなんて怪しげな職業を大黒柱にしていたわりには、お金には困ったことのない家庭だったと思う。朝食のスクランブルエッグは時々じゃりっと言うほど砂糖が入っていた。それをふわふわのパンに挟み込んで食べる。そのうち誰か依頼人がやってきて、Arvindー父にお願いをした。依頼人は様々で、トレンチコートの警察官や指に宝石をたくさんつけたマダム。それに曲がり角の親子も、斜向かいの男の子も。依頼された仕事はなんでも請け負う探偵だった。
その日の夜は誰からの依頼だったんだろう。ふらりと家を出た父は笑顔で、わたしはベッドで何も知らないで眠っていて、それで、一体どうしたんだろう。目を覚ましたときに聴いたのはとりどりの風船が破裂するような音。どうしてか、いつだかのお祭りでみた、空に放した黄色の風船を思い出した。
外に出る。夜空に穴を開けたような星々が光って、騒がしい街もさすがに寝静まって。父とふたりで名前を刻んだ扉のすぐ脇、オレンジ色の街灯だけが道を照らしていた。
「お父さん?」
その声に応えたのは、赤い癖毛と青灰色の瞳。
「お前は」
振り返ったそのカラーリングは父とよく似て、でも、どうしてか全く違っていた。その彼の足元に横たわる赤のほうに、ひどく見覚えがあったなんて、そんなのは、もうずっと遠い記憶の夢。

静かにドアの開く音がする。時刻はきっとちょうどあのときと同じ頃だ。机の上のろうそくの灯りが心地よくていつの間にか眠っていたわたしは、木の軋む音に顔をあげる。そこにはくたびれた燕尾色に身を包んだ、疲れた表情の彼がいる。青灰色はかつてこの街にいた探偵によく似ているけれど、あの探偵は彼のようなたれ目ではなかったように思う。だって、鏡に映るわたしの目はどちらかと言えばつり気味だし、なんて思う。
「おかえりなさい、先生」
呼びかければ、彼は口元を引き上げる。
「やぁ、ただいま」
彼の纏う燕尾色も、くすんだ赤毛も、青灰色の瞳も、街の人々からみたらきっとなにひとつあの探偵と変わらない。だから誰も気がつきはしない。本当にただ他人の空似なのだけど、ポップな街並に身を埋めることを決めた彼は、人々に笑顔と発見を振りまいたあの探偵にその姿を重ねるのだった。
「少しばかり疲れたよ」
微笑む彼は躊躇いがちにわたしの前の椅子に腰を下ろした。
「ホームズ先生」
わたしが唇からこぼす様に言えば、彼は少しばかりその目を見開いた。
「田舎街でホームズを気取るなとあれだけ言っていたのは君ではないかな」
「ホームズらしいですから、それ」
わたしは彼の口元を指差した。ろうそくの火とはまた別種の何かにみえる、赤い小さな火。彼がくわえる煙草の先端のそれは、ひどく人工的なものに思われた。
彼はわたしに言われてはじめて煙草をくわえていたことに気がついたかのような顔をする。
「ホームズは、こんなものくわえやしないよ。彼が好んでくわえてるのは煙管だったはずだからね」
彼は言いながらゆっくり煙を吐く。
「わたしにゃあんな身体にいいもの、身体に毒なのだがね」
煙管の煙は煙草のそれよりずっと悪いものを含んでいないのだと、いつだかきいたことがある。軽いのだともきいた。
「...ごめんよ、フィル」
煙草を消すと同時に、彼はぽつりとそう言った。なにが、は聞かなくても知っている。
「この街にいた君のホームズの代わりになると決めてからずいぶん経ったのに。わたしはまだ、駄目なんだ。彼等との関わりをどうしたってたてやしない。彼等はどこまでもわたしを追って、依頼を持ち込んでくるのだよ。」
かつてのホームズ、あのArvindを殺めたその手で、現行ホームズは顔を覆った。その爪に暗い赤を拭き取った新しい跡が残っている。
「君にはどれだけ恨まれたってなにも言えないんだ、今この場で心臓を刺されてしまったってなにも言えないのに」
あの日、仕事で殺した田舎街の探偵の小さな娘を、なんの気まぐれか殺さなかった殺し屋は。探偵に成り代わって街に暮らし、赤い癖毛の娘に罪を贖い続けて、今日も芝居じみた動作で街をゆく。ただし彼を完全にカラフルな街に溶け込ませてしまわない、あの黒に追いかけられながら。
「...なんの音?」
互いの言葉を無視してしまうのは、わたしたち"親子"の共通項かしら、なんて思いながら言ってみる。ふと耳に入ってきたのは、からころと硬い何かが転がる音。
「ああ、これは」
現行探偵は顔を上げて、自嘲的な笑みを浮かべる。
「ほら、ね。昼間の成功報酬だよ」
舌を出してみせたそこに転がる、小さなピンク色の球体。半透明のそれは彼の熱で少しばかり溶けていた。
「メトロノーム猫の」
「そう、メトロノーム猫の」
そういえば、今夜はどこかから弱い風でも吹き込んできているのか、ろうそくの灯りがよく揺れる。それこそ昼間のあの白い毛玉の尻尾みたいに。
「報酬、それしか貰わなかったんですか」
聞けば探偵は、懐から小さな紙袋を取り出す。そしてその口を開けてこちらに見せてくる。中身は青、ピンク、黄色、黄緑、ああそれこそこの街の色彩を球に固めて閉じたような、そんなものが溢れていた。
「これで十分すぎるくらいだよ」
探偵は再びそれを懐に戻す。かりそめの探偵は、トレンチコートの警官やゴテゴテ宝石マダムからの依頼を受けるのはいつの間にか辞めていた。彼が受ける依頼はオレンジ売りの娘だとか、道で泣いている少年だとか、そんな依頼主からのものばかりだった。
「ねえ、」
それなら今夜のお仕事は、どれだけの報酬をもらったんですか。
舌の上、ちょうど探偵が飴玉を乗せていたあたりまで転がりでたその問いかけは、さすがに飲み込んだ。きっと彼の、その青灰色が溶け出してしまうと思ったから。

わたしは、あなたのことを、もうとっくにずっと許してるんですよ。


机の上の冷めたホットミルクで、この言葉も一緒に飲みこんだ。ねえ、わかってますか先生、田舎街のホームズさん。だって、ねえ、



煙草の香りをさせながら飴を舐めるこの人は、なんてずるくて愛おしい。
展開が急すぎてあんまり気に入ってない。
ただ設定と描写は勝ってる

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