12話 間違いだったのか?
コブの声を合図に、ヒカリとノーマは岩陰から飛び出した。仲間たちの背中が、視界に入った。
みんな自分の声を聞いて、再び武器を取ってくれたのだ。
みんなまだ諦めていない。だからきっと、大丈夫。
さっきだって三頭の龍を仕留められた。今度だってやれるはずだ。
コブはすでに龍へと迫りつつあった。達者な動きで攻撃をかわ、心臓に狙いを定めようとしている。
誰かが半ばやけっぱちになって投げた槍が龍の足を貫き、幾分勢いが削がれた。これを好機とばかりにヒカリは駆け寄り、もう一方の足へと切りかかる。
龍が鳴く。
険しい目、裂けた口、鋭い牙。それに似合わぬ繊細な響きを渡らせ、鳴く。
鳥肌が立った。
頭の芯が、びりびりと震えた。
なぜだかヒカリは唐突に、目の前の龍を抱きしめてあげたくなった。慈しみ、もう大丈夫だからと声をかけてあげたくなった。
「ヒカリ、何ぼうっとしてるんだ!」
コブの厳しい声が飛んできて、ヒカリは我に返った。
危なく、龍の声に意識を持っていかれるところだった。
龍は勢いを取り戻し、激しく身を捩っている。龍の横腹でイヌが弾き飛ばされた。ヒカリは叫ぶ。「イヌ……!」
地面を転がるイヌ。その周りではすでに何人かの仲間が倒れ、呻いている。
早くも、こちらの戦力が削られていっている。
ヒカリは思わず、龍から身を引いた。脳裏に丸山の言葉がよみがえった。
「あなたが一番の俊足ね」
「足が速いのは有利よ。頑張ってね」
言われたときはピンとこなかったけれど、今ならわかる。
龍狩りには、武器を使いこなし戦う技術とともに、逃げる技術が重要なのだ。つまりそれの意味するところは、引くべきときは引け。
今は、立ち向かってはならない局面だったのか。
わたしが先走って戦うことを煽ったせいで、仲間が負傷していっている。
この事態を招いた元凶は、間違いなくわたしだ。
ヒカリは顔を青くした。
怖い。
動くのが怖い。
また誰かを傷つけてしまいそうで、怖い。
自分のせいで仲間が死んでいくのが怖い。
襲ってきた後悔の念に、ヒカリの手元は狂う。
「危ないっ!」コブが叫んだ。
ヒカリの眼前で、光が走った。龍の鱗が反射する。
近い。
ああ、体当たりされるんだ。わたしはさっきのイヌみたいに弾き飛ばされるんだ。
そう覚悟した。だが――、
「ふざけんな、諦めるなよ!」コブがヒカリの腕を取り、ぐいと引き寄せる。
寸前で龍の体当たりをかわし、ヒカリは命拾いした。
「仲間の犠牲を無駄にする気かよ!」
コブに一喝され、ヒカリは弱腰の自分を恥じた。
今するべきは、くよくよと後悔することではない。
言い出したのは自分だ。最後まで責任をとらなければ。
絶対に、龍を仕留める。
残った槍手はコブひとり。後はヒカリをはじめ全員が剣手だ。とはいえ、立っていられているのはわずか数人で、それもすでに戦うより、龍の攻撃を避けるだけで精いっぱいという有様だった。
「俺がとどめを刺す」コブが宣言した。「だからみんな、頼んだぞ」
コブは槍を掲げ、龍から距離を取りはじめた。その間、剣手のみで龍の侵攻を防ぐ。
コブは槍を投げるつもりなのだと、剣手たちは理解した。投げることで勢いがつくぶん、当たったときに致命傷となる可能性が高い。
コブの攻撃を確実なものにするために、剣手たちは確実に龍の動きを抑える必要があった。ここまで来たら、負傷するのも覚悟の上だった。
龍との距離を詰める。少しの油断で、弾き飛ばされるか踏みつぶされるかしそうな距離だ。
ヒカリはもう一度、今度は深く龍の足に剣を突き立てた。体重をかけ、えぐるように差し込んでいく。当然龍は暴れたが、ヒカリは必死に食らいついて離れなかった。他の剣手もヒカリを見習い、それぞれ捨て身で龍の動きを封じにかかる。
「コブ!」
ヒカリが叫んだのと同時に、正確な軌道を描いて槍が飛んで来た。それが龍の胸に突き刺さるところを、ヒカリは目で確かめた。
龍の体が、ゆっくりと傾く。剣手たちはすぐさま龍から離れた。
重い音を響かせて、龍は地面に倒れ込んだ。それきり、龍が動きだす気配はない。
「すごい……やったよ、コブ。ねえ、終わったよ」
ヒカリはその場で飛び跳ね、コブを振り返った。コブは地面に片膝をつき、苦しげに背を丸めていた。
「……嘘……でしょ……ねえ、コブ!」
慌てて駆け寄った。
「大丈夫だ、ちょっとヘマしただけだよ……」
しかしコブのこめかみには脂汗が滲んでいる。無理をしているのは明らかだ。
コブの背中には、龍の爪痕が残されていた。いつの間にこんな怪我を負ったのか。
「この傷は……」ヒカリは唇を震わせた。きっと龍に体当たりされそうになった自分を、助けてくれたときだ。龍に背を向ける格好になったから、そこを狙われたのだろう。「ごめん、わたしのせいだ。ごめんコブ……」
「いいや、ヒカリは悪くない。俺が鈍かっただけだ。それより早くここを離れないと……」コブは呻きながら言った。
「ヒカリ!」ノーマがひょこひょこと片足を引きずりながら近付いてくる。
「ノーマ、その足は……」
「ちょっと挫いたみたい」
ノーマは力なく笑ってみせた。心配をかけないように気を遣っているようだが、足首は異様な程赤く腫れ上がっていた。
あちこちで、呻き声やすすり泣きが上がっている。みんな傷ついている。疲弊しきっている。仲間の遺体に縋りつき、涙を流している者もまた、ひどい怪我を負っているという状態だった。
「負傷者が多い。これからどうしよう……」
「ひとりくらいなら、俺が肩を貸して一緒に動けるけど」すぐさまコブが言う。
「駄目だよ。コブ自身も怪我してるのに」
「じゃあ動けない奴をここに置き去りにして、動ける奴だけで逃げるか?」
「そんなことできないよ。全員が助かるために、龍と戦ったのに」
「そうだろう。じゃあ動ける奴でなんとか負傷者に手を貸して、山を下りよう。すぐに医療棟に運ばないと手遅れになりそうな重傷者もいるぞ」
コブがそう言ったとき、ノーマが上空に目をやり、あっと声を上げた。「鳩が飛んでる」
「鳩がどうかしたの?」
「あの鳩は、支部が飛ばしているの。もう支部を開門したから、狩りを引き上げて戻ってきてもいいという合図だよ」
コブが小さく頷いた。「よし、ちょうど開門したところだし、さっさと移動しようぜ」
コブがすぐにでも動き出しそうだったので、ヒカリとノーマはひとまずじっとしているよう説得し、自分たちだけで負傷者の状態を確認して回った。その際、負傷者の所持する布袋から、矢尻印を預かった。
時間の余裕がないのはわかっていたが、負傷してまで龍を狩ったのに、その成績が残らないのは悔しい。狩子が頑張りを認めてもらうには、矢尻印を残す以外ないのだった。
全員分の矢尻印を龍の体に刺し、コブの元へ戻る。
「動ける者だけで、負傷者を支部まで運ぶのは難しい」ヒカリは報告した。
「もっと人手が必要なのか」コブが思案顔になる。
ノーマが懐から、折りたたんだ紙を取りだし、広げた。「とりあえずこれ、山の地図なんだけど……」
「地図? そんなものあるのか!」
「これはわたしの手作り。地形を理解することは、狩りをする上で役に立つと思って、ちょっとずつ歩いたところを記録しているのだけど、まだ作り途中で……。だけどここを見て」ノーマは地図の中央辺りを指差した。「休憩所があるの。そしてわたしたちが今いるのが、だいたいこの辺り」
「休憩所まで近いな」
「うん、だから休憩所を確認しに行って、そこに他の班がいたら、事情を話して負傷者を運ぶのを手伝ってもらえないかなと思って」
「うーん、もし休憩所に誰もいなかったらと考えると、確実性に欠けるな。それに近いとは言っても、ここと休憩所を往復するには、やはりそれなりの時間がかかる」
「ねえ、この黄色い線は何?」
ヒカリは尋ねた。
地図に、黄色く蛇行したが線が書き込まれている。
「それはトロッコの線路を示してるの」
「トロッコ……」
「そしてここがトロッコの終着点」ノーマが地図の上で、指を滑らせた。
現在地からは、休憩所よりも終着点のほうが近い。
麓からトロッコに乗って移動していた者たちがいることを思い出した。
厚い雲の隙間から太陽が覗くかのように、ヒカリの表情に光が射していく。「そうだ、トロッコを使おうよ!」
トロッコなら、自分たちの足で歩くよりも早く麓へ辿り着けるだろう。下りだからさほど動力を必要としない。それに一度に多くの負傷者を運べる。
ヒカリの提案に、ノーマとコブは同時に目を輝かせた。




